アーニャの興味と気持ちの変化
「ねぇ、そういえば夜会というのに誘われたのだけれど、私どういうものか分からないから行っても迷惑をかけるんじゃないかって断ってしまったの。ルールも全然わからないしって。本当は参加した方が役に立てたのかしら?」
魔女との面会の前、旦那様に夜会に興味はないかと声をかけられたアーニャは、夜会というものが分からないと答えていた。
旦那様が貴族たちの集まりで、社交の場、仕事をしている自分を見てもらういい機会だと説明したので、アーニャは自分が一緒だと仕事の邪魔になると断ってしまったのだ。
けれど良く考えたら、旦那様は無意味な質問はしてこない。
もしかしたら自分が拒否できるよう、そのような聞き方をしてくれたのではないかと後から気になってしまったのだという。
「それは微妙ですね。貴族の夜会はアーニャの言う通りルールもたくさんありますし、それを守って参加しないといけません。しかも旦那様は人気のある方ですから、行ってもやっかみを受けるだけで良い思いはしないでしょう。ですが夜会というのは旦那様には仕事の一つでもありまして、そこにパートナーの女性を連れていくことを要求される場合があります。おそらくアーニャの噂を聞いた貴族たちが、アーニャ見たさに旦那様に声をかけたのでしょう」
もしかしたら参加した方が役に立てたかもしれないと最後に魔女が付け加えると、アーニャはそれを違う方に捉えてため息をついた。
「それって、ここに私がいるだけで迷惑をかけてるってことになるわよね。私がいるから誘われてしまった、行きたくもない夜会に参加しなければならなくなった、のでしょう?」
元々あまりそのような場所が好きではないと聞いている。
それなのにアーニャがいるせいでお誘いが増えたらしい。
今までは断れるような相手だったり、分量だったりしたかもしれないが、それが断りきれなくなってしまったのかもしれないとアーニャが言うと、魔女は首を横に振った。
「前提として、夜会の出欠を決めるのは旦那様なので、参加しないという選択肢はあります。ですからそこは心配しなくてもいいと思います。それに、旦那様はアーニャにいてほしいって思っていると思います」
「一度旦那様に聞いてみた方がいいかしら?」
夜会の事だけではなく、自分が本当にここにいてもいいのか、その辺りも確認した方がいいだろう。
別にアーニャもこの件に無関係の旦那様をずっと巻き添えにしたいわけではないのだ。
「そうですね。旦那様にもお考えがあるでしょうし、もし本当に必要なら、アーニャに選択させるようなことはしなかったでしょうから、もしかしたら欠席するつもりだけど、アーニャがそういうところに行ってみたいのなら参加しようと声をかけたのかもしれませんよ」
「だったらいいのだけれど」
単にアーニャを新しい場所へ連れていきたいと、その場所に夜会を選んだだけかもしれないし、自分が仕事をしている姿を見せたかっただけかもしれない。
でも旦那様の意図することは分からないので、自分では代弁できないと魔女が言うと、アーニャは少し考えてとりあえずうなずいたのだった。
「それより、アーニャは随分と旦那さまの事を楽しそうに話すようになりましたね」
「そう?でも、最初のように怖いとは思わなくなったわ」
最初は自分が魔獣の一種だとばれたら、捕まって殺されてしまうかもしれないと怯えながら生活をしていたが、彼らがそんなことをしないと分かれば、安心できるようになった。
そして旦那様に関しては、一緒にいるだけで、新しい世界をたくさん見せてくれる。
そのおかげで人間の世界の楽しみ方も少し理解できるようになってきて、自分も同じように楽しめるようになってきたところだ。
アーニャがそう伝えると、魔女は笑みを浮かべた。
「そうですか。それならアーニャをこちらの旦那様に託してよかったです。ここに来てからアーニャにとって旦那様がとても大切な方になったようですね」
「それはそうよ。私がとても大切にされているもの。だからそれに報いたいと思っているわ」
「そうなのですね……。それはとても大切なことですし、良い兆候に思います」
「私が旦那様に報いることが?」
アーニャが驚いていると、そういう感情が芽生えたことは大きな変化だと魔女はうなずいた。
「ええ。だってアーニャはうちに来た時、私にそうしたいと考えなかったでしょう?」
今ならば違うと言われても納得できる。
でもそれは、魔女にもそれだけの事をしてもらっているし、信頼関係もそれなりに構築されたからだ。
でもあの時は、こんなことになったのは魔女のせいだと思っていたし、気を使ってもらったこと全ては、やってもらって当然くらいに思っていた。
「確かにそうね。でもそんなに長くはいなかったじゃない。それに元々私はあなたのせいだと思っていたもの……」
最初から善意で保護を申し出てくれた旦那様と比較すると、魔女の方が劣ってしまう。
最初の思いこみが、魔女に対してなかなか感謝の気持ちを起こさせなかったのだとアーニャは言う。
「大丈夫ですよ。アーニャは旦那さまの側にいて、一緒に食事をしたり、話し相手になったりしてあげればいいんです」
「でも、こんなにしてもらっても私は何も返すことができないわ」
食事や服だけではなく、アーニャの生活全てを旦那様が見てくれている。
不自由な事も多いけれど、困ることは少ない。
衣食住を心配することなく、生きていられるのは非常にありがたいことであると、その日暮らしをしていた魔猫の時と比較して実感している。
それをただの話相手程度で望むのは、いくらなんでも贅沢だろう。
「まあ、しばらくこのまま様子を見ましょう。夜会のことは、どのような場のものを示したのか分からないですから、私ではなく旦那様に聞いてみてください。アーニャの話なら喜んで聞いてくれますよ」
「わかった。そうするわ」
確かに旦那様の事を魔女に聞いても、それは魔女の想像した答えにすぎない。
本人に聞いた方がいいというのはもっともだ。
一度断ってしまった話を蒸し返すのは気が引けるが、確認しないのも後味が悪い。
だからアーニャは魔女が帰ってから、もう一度旦那様と話をしてみることにしたのだった。