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旦那様と謎の美女の噂

そんなことになっているとは知らない旦那様に、彼の支度を手伝っていたばあやは脈絡なく質問した。


「旦那様、夜会にアーニャ様を伴われますか?」


アーニャを夜会という社交の場に出すのならそれなりの準備が必要だ。

衣装など外見を飾り立てるものはもちろんのこと、所作や言葉遣いも学んでもらわなければならない。

自由を好むアーニャには好まれない話だろう。

けれど彼も、夜会にいつまでも一人で参加しているわけにはいかない。

何より、フリーであると期待する令嬢が増えて、彼の周りに群がるのだ。

けれど隣にアーニャがいれば、彼のその苦労は大幅に減るはずだ。

別の形での対応は必要かもしれないが、大多数はアーニャを見れば諦めるだろう。

アーニャはそれだけの美しさを備えている。


「悩ましいな。アーニャがどこのご令嬢かわかっていないから、あまり社交の場には出したくないと考えているのだが」


アーニャと夜会に出れば、自分により付く有象無象は排除できるだろう。

けれど、今度はアーニャに悪い虫が付きかねない。

それに彼女には社交の薄汚れた空気に染まることなく、まっすぐ純心な今のままでいてほしい。

それが自分の癒やしなのだ。

彼はそう考えていたが、ばあやはそれを見透かして言った。


「ですが、アーニャ様の噂は広まっておりますよ」


浮いた噂がひとつなかったこの家の主と、見たことのない美女が親しげにしていて、どちらかと言えば男性の方がご執心のようだ。

そんな噂が社交界で流れ始め、相手の素性を探っている者もいるという。

当然その程度の話は本人の耳にも届いている。


「そのようだね。どこから漏れたのか」


彼がため息混じりに言うと、ばあやは呆れたように答えた。


「アーニャ様とテラスでお茶をしたり、お忍びで買い物へ行くのを見たものがいるということです。しかも家に仕立て屋や商人も呼んでいますし……。お忍びと言いましても、隠れていたわけではありませんし、旦那様もアーニャ様も目立ちますから仕方がないでしょう」

「そうか」


夜会という社交の場には出したくないが、アーニャと自分が噂になるのは悪くない。

それが他者への牽制になる。

一方で、次の夜会に注目が集まっているのも間違いない。

ちなみに自分がどうするかは決めかねていて、今まで通り、夜会はすべて断るというのも選択肢としては残ったままだ。


「ですから旦那様が次の夜会で、アーニャ様を伴うと考えている者も多いようです」


ばあやに答えを催促される形で、彼は結論を出した。


「わかった。アーニャが行ってもいいというのなら彼女を伴って参加しよう」

「もし参加されないと申されましたら?」

「私も参加しない」

「それでよろしいのでございますか?このまま旦那様が出ていかなけばアーニャ様に関してあらぬ噂を立てられかねませんよ。そうならないよう、表に出て証明しておいた方がいいんじゃありませんか」


アーニャの返事次第で参加を決めると言う彼にばあやは苦言を呈する。

けれど社交とは無関係の世界で生きてきたであろうアーニャを、自分たちの都合で引きずり込む訳にはいかない。


「夜会は強制招集ではないのだ。いっそ、その噂のせいで参加をやめたとでも思わせておけばいい」


そもそも、アーニャを盾にするつもりはない。

だから自分の中で対策が浮かばなければ、アーニャを参加させるつもりはない。

ただ一度、アーニャには確認が必要だと彼はため息をつくのだった。




「アーニャ、今日は新しいワンピースなのですね。お似合いですよ」


魔女が訪ねてきたと聞いて嬉しそうに迎えたアーニャの姿を見て、魔女が言った。

服も旦那さまの配慮なのだろうことが察せられる。


「そうなの。この間旦那さまと街に買い物に行った時に偶然似たようなのを見つけて、ああいう服がほしいって話をしたら用意してくれたのよ。おかげで体を締め付ける物がなくなってとても体が楽になったわ」

「そうだったのですね」


それにしてもよく似合っているし、サイズもぴったりだ。

きっと彼はアーニャの選んだワンピースの形を伝えて特注で作らせたのだろう。

変わらず大切にされているのなら何よりだ。

魔女がアーニャの話を聞きながらそんなことを考えていると、アーニャは魔女に尋ねた。


「ところでその後、進展はあったの?」


魔女としては、自分が動いて進展する可能性がないことは重々承知している。

むしろアーニャが旦那様との関係において進展した方が早いというのもあるのだが、それを今説明すれば話がこじれる。

そう考えた魔女は、当たり障りのない答えを用意し、別の話題で彼女の気を引くことにした。


「特にないですね。アーニャさんに関係あることといえば、依頼主が失敗に気づいてうちに怒鳴り込んできたくらいでしょうか」

「あら、そんな事があったの……」


がっかりした訳ではなく、むしろその場にいて、文句を言ってやりたかったとアーニャが憤っていると、魔女は笑みを浮かべて言った。


「どうやら、さきほどお話になっていたお買い物を、例の依頼主が目撃されたようでですね。それで私になんとかしろと」


アーニャにそう伝えると魔女の思惑通り、話題はそのご令嬢に移った。


「それを依頼主が言うの?一番迷惑しているのは私だというのに」


魔女の話を聞いてなお憤りを隠さないアーニャに魔女は同意した。


「本当にその通りですよ。ですからこちらに責任はないと追い返してしまいました」


正に諸悪の根源とも言えるご令嬢を魔女が追い返したと聞いたアーニャは、ふと思いついた事を口にする。


「もし私があなたの家にいたら、その人に会えたのかしら?何だか複雑だわ」


わざわざ外出の機会まで設けた時はその姿を確認することすらできなかったというのに、時間が経ったら相手から魔女のところに来たという。

それなら窮屈な思いをせず、住み慣れた森の中にある魔女の家に厄介になっていたかった。

今の魔女との関係がいいからこそ、なお、そう思う。

アーニャがそう言うと、魔女は首を傾げた。


「それはどうでしょう。アーニャがずっとうちにいたら、旦那さまと買い物をすることはありませんでしたし、それを目撃して怒鳴り込むということにはならなかったでしょうから、どちらにしても会えなかったかもしれませんよ」


失敗をしたことに対してのクレームをつけに来る可能性はあっても、焦ってアーニャをどうにかしてくれという怒鳴りこみはなかったはずだ。

だからアーニャが今の状態でなければ、彼女が魔女の家に来たかどうかは分からないし、ご令嬢に焦る要素がないのだから、たとえ向こうが訪ねてきたとしても、それがこんなに早い時期になったかどうかは分からない。


「それなら仕方がないわね」


アーニャは魔女の説明を受け入れて、今度は少し悩んでいる事があるのだと相談を持ちかけるのだった。

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