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知らぬ方が幸せなこと

そうしてアーニャが貴族男性の屋敷で生活をするようになって落ち着いたと安堵していた頃、魔女の元に連絡もなく高飛車な貴族のご令嬢が押し掛けてきた。

仕方なく中に入れた魔女は、彼女たちを座らせるとお茶も出さず、立ったまま彼らに向き合った。

そもそもご令嬢がやかましく騒いでいた事もあり、これから言われるであろう内容については察しがついていた。

だから魔女は先にどういう状況になったとしてもこちらに責任はないと、事実を知らないフリをして先手を打つ。


「私は言われた通り、美人なる呪いをかけるための矢はきちんとお渡ししたじゃありませんか。それに矢の先に生き物が触れたら発動するときちんと説明いたしましたよね」


だからあなた方が誰に使おうが自分には関係ない。

それ以降の事も含めてだ。

それはそちらの失点だ。

まさかそんなくだらない用件で来た訳ではないですよねと冷たく突き放す。

けれど我が道を行くご令嬢に、それはあまり効果がなかったようだ。


「だからちゃんと扱っていたでしょう。でもその矢は私に使われることなくどこかへいってしまったわ。あと最近、彼に悪い虫がついて困っているの。それでね」

「そう言われましても、その彼と呼ばれる人間のことは何とも。私には関係のないことですし」


別にアーニャを見捨てるつもりはない。

でもそれは彼女は本物の被害者だからだ。

一方このご令嬢は違う。

自分のわがままと家の財力と権力を利用して呪いの矢を作成させた本人であり、加害者の一人である。

きちんと扱えず被害を出したのも彼ら側なのに、こちらにそんな申し立てをされても迷惑でしかない。

けれどご令嬢は話すのを止めなかった。


「とにかく聞いてちょうだい!本当だったら、今頃あの方の側にいたのは私だったはずなのよ!それなのに、どこの者かもわからない女が囲われてるの!しかもとてつもない美人よ!……ねぇ、あの女に矢が当たったってことはないの?」

「それは判り兼ねますね。私が射たわけじゃないので」


当然知っているが、魔女はそんなことは言わずしらばっくれる。

彼の家に呼ばれることがあるし、この先アーニャと再び出かける事もあるだろうから、いずれアーニャとの関係は知れてしまうかもしれないが、それだって矢と関係があるとは断定できないはずだ。

自分はここに住んでいて、偶然見つけた美人を保護しただけ。

それはまったくの嘘はないし、旦那様側から見ればそれが真実なのだ。


「間違いがなければ、あの女のところに私がいるはずだったのに、それが叶わなくなったのは、あなたのせいよ!あれを作ったのはあなたでしょう?なんとかしなさい!」

「文句があるならそちらが派遣して指示を出した人に言ってください。私が矢をその方に使った訳ではありません。そちらのミスをこちらに転嫁されても迷惑です」


魔女は同じような答えを何度もご令嬢に伝えてお引き取りを願うが、彼女も同じような言葉を何度も使ってはどうにかしてほしいと訴えるのを止めなかった。


「だって相手が違うわ。どうしてくれるのよ」


ご令嬢は泣きそうな声で訴える。

ずっと懸想してきてやっとそのチャンスが来たと思ったのに他の女に取られたのだから当然と言えばそうかもしれないが、それだって自業自得だ。


「知りませんよ。それは私ではなく矢を預けた相手に言ってください。でも仮に、他の人物に当たったのであれば、真実の愛で解ける美人になる呪いですからね。どんなものでも美人になるのでしょうし、その方が真実の愛に目覚めなければこのままになるでしょう」


魔女もまさか魔獣の一種である魔猫が美しい人間、文字通りの美人になるとは思っていなかったが、不慮の事故で言い伝えに偽りがなかったことが立証されてしまった形である。


「じゃあ今からでもいいから私を同じ状態になさいよ」


もう一本矢があればできるのだろうから同じものを作って渡せと彼女は主張するが、そもそもそんなものを何本も作るつもりはない。

何より本人に使うものだから他人に害はないと言っていたのにアーニャをしっかり害している時点で、そのような者を渡すに値しない人物と魔女は判断していた。

もしこの事実を知らなくても、そのような危ない者を簡単に失くしたと言えるような人間なのだから、作らないという魔女の答えは変わらなかっただろう。


「意味がわかりませんね。他をあたってください。とばっちりもいいところですよ」


こんなのに関わりたくないからこのような場所に住んでいるのに、事あるごとに押し掛けて来られるなど迷惑でしかない。

そういうのはお金で動く他の人間に依頼してもらいたい。

魔女がそう暗に告げても、ご令嬢の耳には入らないらしく、その主張を止めることはない。


「ちょっと!それができないなら、せめてあの女を元に戻しなさいよ!どうせ元はそんな美人でもなかったのでしょう?」


彼女の言う通りアーニャは美人ではなかった。

なぜなら人間ではなく見た目が猫だからだ。

ちなみに猫のアーニャは美猫だと思うが、それをこのご令嬢に言っても通じないだろう。

それにこのキンキンとした声を聞くのもいい加減つかれた。

魔女は声を低くして、立ったまま座っている彼らを冷たい目で見下ろした。


「こっちは言われた通り仕事しましたからね。文句を聞いてあげただけありがたく思ってもらいたいですよ。呪いは女性が真実の愛に目覚めたら勝手に解けます。それがいつになるかは知りませんけど。そろそろお帰りください。力づくで追い出すのは好みません」


力づくで、その言葉を聞いた付き人たちは慌ててご令嬢の説得をはじめた。


「あの、お嬢様ここは一旦引きましょう」

「何よ!」

「魔女様、お気を悪く……、されていると思いますが、どうか穏便に……」


そうしてしばらくご令嬢と付き人との問答は続き、時々彼らは魔女の事を気にして、謝っているが、そもそも力づくでどうにかするのなら、初めから来なければ、少なくとも魔女の機嫌は損ねないですんだはずである。

どうして彼らがそうしないのかといえば、やはりご令嬢を納得させるためだろう。

結局彼らはこのご令嬢を甘やかしているだけなのだ。

当然だがご令嬢は彼らの言葉に納得しない。

だからそのやり取りはしばらく続いた。

魔女がもう一度、そろそろと口を開くと、最後は付き人たちが彼女を立たせて引きずるように家を出ていった。

どうやら彼女の親から、魔女を怒らせないよう、もし怒らせるような事態になったら強制的に連れ帰るよう言い遣っていたようだ。

どうにか傷つけることなく彼らにお帰りいただくことに成功した魔女は、ようやく静かになった家の中で大きくため息をついた。


「はぁ……。あのお嬢様は、もしかしたら呪いであの方にお近づきにならなくて正解だったかもしれないわね。本気なら呪いが一瞬で解けたでしょうし、美人のままなら、そこに真実の愛はないということだもの。あの説明をきちんと理解していないのだから、そもそも今のままの方が幸せだと思うわ」


彼らが去って行くのを窓から見ながら、魔女はそうつぶやくのだった。

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