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運命と思いこみ

彼の家に滞在している女性の存在を確認したご令嬢は、戻るなり彼女について調べるよう命じた。

そうしてやっとそれらしい報告がもたらされることになったのは、さらに数日経ってからのことだった。

それも詳細が分かったからという訳ではなく、しびれを切らしたご令嬢が命令していた者たちを呼び付けたからである。


「もう数日経っているのだけれど何かわかったのかしら?」

「はい、それが……」

「はっきり言いなさい!」


はいと言いながら内容を明らかにしようとしない男をご令嬢は堂々と叱り飛ばす。

物おじせず気の強いご令嬢である上、中途半端に地位のある親を持つ娘というのは子のように歪んで育つのかと思うほど、その形相は恐ろしい。

彼女が懇意にしている男性だってこんな本性を知っていたら逃げ出すだろう。

男はそんなことを思いながらも、とりあえず分かっている事を話すことにした。


「どうやらかのご令嬢は、森で彼に保護されてきた者のようです。素性までは残念ながら」

「そう、森で……。つまり彼があの日、森にいたのは間違いなかったということね」

「そうなります」


彼が森に仮に出かけた日が異なるから出会えなかった訳ではなかったらしい。

つまり自分の準備の流れに不備はなかったということになる。

やっていることが間違っていなかったのならまだチャンスはあるかもしれない。

ご令嬢は歪んだ認識を持って納得した。


「じゃあ、私たちが彼と遭遇する前に偶然にも彼女が先に出会ってしまった、だから女性を放っておけなかった彼は、彼女と森を出てしまい、私は彼に会えなかった。何て切ないすれ違いなのかしら。運命の悪戯とはこういうことを言うのね!」


男たちは呪いに頼っている時点でかなり歪んでいると気づいていたが、そこには触れずにいた。

せっかく機嫌が良くなったのだから、そのまま思いこませておいた方が自分たちの身は安全だろうと考えたからだ。

しかしこの次の報告は彼女の気分を害するかもしれない内容である。

それを口にするのは憚られたが、今の時点で報告をしておかなければ後がもっと怖い。

それにまだ詳細は不明とワンクッション置くことができれば、その後の調査で間違いが分かったとしても言い訳が立つ。

そう考えた男は、言いにくそうにしながらも、再び口を開いた。


「あと、かのご令嬢を知るものが周りにいないことから、彼女はおそらく平民ではないかと推測されます」


男がそう言うと当然のようにご令嬢は不機嫌になる。


「まあ!平民があの家でもてなしを受けているの?貴族の私が受けたことのないもてなしを?あの女が他国のご令嬢の可能性があるからあの場では黙っていたけれど、平民?」


自分が我慢したのは理がないと判断したからであって、勝てる相手なら早々に退散させておきたかった。

こうしている数日の間も、彼と彼女が一緒に過ごしている。

そう考えただけで苛立ちが収まらない。

先ほどとは一変してきりきりした様子を見せ始めたご令嬢をなだめるように男はまだ未確定の情報だと付け加える。


「そ、そればかりは分かりかねます!いかんせん素性が知れないものですから」


平民だろうが貴族だろうが、あの容姿なら噂になるはずだ。

仮に平民だったとしても、どこかの貴族に見染められる可能性は大いにある。

けれどそれが、長年懇意にしていた彼というなら話は別だ。

それを認めるわけにはいかない。


「まあそうよね。見た目は良いのだもの。それに彼女の連れがどこかに滞在しているかもしれないわよね。それならそちらから素性を探ることもできるのではなくて?」

「それが……」


アーニャが森で発見された際、同行していたのは女性一人だったという。

男性の護衛や付き人はおらず、それもあって彼は彼女の保護を決めたらしい。

けれどそのお付きの女性というのを、その後見かけた者がいないという。

もしかしたらその女性はお付きの者ではなく、たまたま通りがかって女性を見かけて声をかけただけの人かもしれないし、恩義を感じて中で下働きをしているため目立たないだけなのかもしれないが、その付き人から素性を探るのも無理そうだった。

男がそう報告をあげると、ご令嬢は首を傾げた。


「発見された時は一人で、連れはいなかったというの?」

「そのようです」

「それじゃあ探りようがないじゃない」


捜査は行き詰まった。

ご令嬢はそう理解して苛立ちをぶつけたが、少し考えて何かを思いついたと言ったように笑顔になった。


「ねぇ、さっき森でと言ったわよね」

「はあ」

「森で会ったというのなら、もしかしたらあの森に住む魔女が何か知っているんじゃないかしら?」


今回の計画のために矢を依頼した魔女。

この依頼がなければ行く事もない森の奥までわざわざ自分は彼女を訪ねていった。

普通なら入口で躊躇してしまうような森の中に一人で住んでいるようなもの好きなら、きっと女性が一人で森を歩いていたら気にかけるのではないか。

そうでなくとも、森で変わったことがあったら、毎日見ている場所なのだからその変化に気付く事もあるかもしれない。

とにかく今は手掛かりが欲しい。

やみくもに探すより有益な情報がありそうではないか。

ご令嬢が素晴らしい提案だと自分の意見を述べると、男は苦笑いを浮かべた。


「確かにその可能性はありますが……矢を依頼した魔女ですか?彼女に実行の詳細や日時などは、特にこちらから伝えていないと思いましたが……」


魔女にはあくまで矢の製作を依頼しただけで、その後どのように使うかの詳細は話していない。

ご令嬢がどこまで喋ったかは分からないけれど、そもそも人間に関わりたくないと森に引きこもった魔女なのだ。

たとえそれを知ったとしても自ら関わりに行くようなことはないだろう。


「あら、でもあの森に住んでいるのでしょう?知っていてもおかしくはないのではなくて?それに、矢の利用目的を一番良く知っているのは彼女よね。必要ならまた作るように言わなければならないし、そもそも私には使われていないのよ?話が違うのだから、対処に協力させるべきだわ」

「魔女にですか?」

「ええ」


全ての者は自分の言う事を聞くのが当たり前といったようにご令嬢はそう言い放った。


「それは難しいのでは……。依頼はあくまで矢を作るというものでしたし、その先は関与しないという話だった気が……」


それにまた同じものを作れと言われて引き受けてもらえるとも限らない。

仮に引き受けてくれたとしても、またあの材料を一から集め直さねばならない事を考えると気が重くなる。

だから魔女は受けてくれないと思って諦めてくれた方が、後が楽だ。

そう考えて男はそう伝えるが、どこから来るのか、ご令嬢の方は自信満々で続ける。


「そんなもの、私自らが行けば、魔女だって言う事聞くはずだわ。話してみた感じ、随分と気の弱そうな女性だったもの」


どこからそのような自信が出てくるのか分からない。

そもそも本当にその自信を持って行動できるのなら、懇意にしている男性を、呪いになど頼らず振り向かせようと動く方がよっぽどまともだ。

今まで動いていたけれど振り向いてもらえなかった結果、彼に執着を見せるようになっただけかもしれないが、懇意にされている側も迷惑でしかないのではないかと思える。

自分の望みが何でも叶う金持ち貴族という環境、我儘な育ちから出てくる行動なのかもしれないが、それを彼らが口に出すことはしない。

男たちは頭を下げながらも隣の様子を探り合いながら、ご令嬢に気付かれないようため息をつくのだった。

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