真実の愛と呪いの矢
それにしても彼女は何もわかっていない。
呪いはどういう条件で発動すると思っているのか。
何のために道具を用意しろと言っているのか。
再度ため息が出そうになるのを抑えながら、魔女は呪いをどうやってかけるのかを説明しなければならなかった。
そして自分では彼女の言う通り、そのタイミングで呪いを与えることは無理だということも正しく伝えなければならない。
「申し訳ありませんが、私にそんな腕はありません。まず呪いを受けるためには、呪いの矢をその相手、今回の場合はあなたに当てなければならないのです。私がその矢を作って、あなたに直接矢先を、確実に当てることでなら成立させられると考えておりましたが、私は弓の名手ではありませんので、そんな器用なことはできません」
自分にはできないし、これ以上ご令嬢の妄想には付き合えないと魔女が告げようとすると、ご令嬢は珍しく内容に沿った質問をしてきた。
「まあ。呪いを受ける条件はその矢に当たることなのね!その矢を射るのはあなたでなければいけないの?」
「いえ、どなたでも問題ありません。ですが矢の先が当たってしまうと、そこで呪いが発動してしまいますので取り扱いが……」
渡した時にどんなものかと先に触れただけでも発動する。
魔女自身、射た事も受けた事もないが、発動するとその矢は消滅すると言われている。
だから人の手を介する回数が増えるほど、途中で発動する可能性が増し、矢が手元に届かないという可能性があるのだ。
そう伝えたがおそらく実感がないのだろう。
ご令嬢は微笑んでうなずくだけだ。
「問題ないわ。つまり弓の名手を雇えばいいのよね。簡単じゃない。そういうことならその矢ができたら、使いの者に渡してくれたらいいわ。その時に支払もさせましょう。矢の大きさは先に分かるものかしら。そんなに心配なら、専用の入れ物を作らせて先に触れないようにすればいいだけでしょう?」
矢の呪いについては、矢の先が生き物に直接触れないようにすれば問題ない。
ご令嬢の言った通り、先ではない場所や、間接的に触れることは可能なのだ。
その入れ物の中に虫が紛れていたりすれば矢が消えてなくなってしまう可能性はあるが、少なくとも第三者が被害に合うことはなくなるだろう。
「わかりました。そこまでおっしゃるのなら承りましょう。ですがくれぐれも取り扱いにはご注意ください。まずはこちらを」
そう言って魔女は呪いの矢の材料を書き終えた紙をご令嬢に手渡し、お引取り願うのだった。
後日ご令嬢の使いを名乗るものから必要な材料を受け取った魔女は、彼女に言われた通り呪いの矢を作成する羽目になった。
あのご令嬢はよほどこの力を頼りにしているのか、条件の厳しい材料も含めて全てを数日で用意してよこしたのだ。
正直、材料が揃えられなかったと諦めてくれればよいと考えていたが、その考えは甘かったらしい。
使いの人間も最短で用意したのだから、最短で完成させろと言い残していった。
そして指定した日、完成品を取りに来た使いの人間にお金と引き替えでその矢を渡す。
するとそのものはご令嬢に言われていたのか、その矢一本だけが入るケースを肩からはずし、矢を入れると蓋をしてまたそれを斜めに背負った。
魔女はその人物に扱いを気をつけるよう、特に矢の先には触れないよう何度も注意を促した。
前の商談の席ではご令嬢と二人だったので、彼らがどこまでこの話を知っているのかはわからない。
だから彼女がこの矢を何に使うのか、またその使用方法については説明しなかった。
そうして取引を終えた魔女は、もうこのようなご令嬢がこないよう祈るのだった。
最初の交渉後、魔女と別れたご令嬢は、早速材料の手配と弓の名手探しを始めていた。
材料についてはまとめて一人に頼むことはせず、多くの人手を使って短時間で集めることですぐに揃える事ができた。
そのため残ったのは弓の名手と呼ばれる人間への依頼だけとなった。
自分に仕えている者たちにも今回の計画は知らせていない。
魔女に自分を美人にする薬を作ってもらう事になったので、それに必要な材料を早急に集めてほしい、そしてその姿で意中の人に会いたいのだと伝えれば、周囲は迷うことなく動いてくれた。
だからこそ、この依頼だけは自分で行わなければならない。
どうにか情報を集め、無関係な人間を介して相手との対面の機会を作ってもらわなければならなかったのだ。
そうして弓の名手と言われる裏家業の男の一人と遂に会う事が決まった。
対面するなりご令嬢は、指定した男の前に飛び出した令嬢に向けてこの矢を打つように、毒があるのでくれぐれも矢の先には触れないようにと説明し依頼を出した。
彼は始めて面会する相手であるし、信用ならない男だ。
仕事はきちんとこなしているようだが、表舞台で活躍している人間ではない。
そんな相手に呪いの矢などということを正直に告げて面白半分に使われては困る。
だから虚偽の説明をしたのだ。
このために雇われたのは暗殺を得意とするもので、金を積めば言われたことをやる男だった。
暗殺が得意なら、毒矢の扱いにも慣れているだろうし、不用意な事はしないだろうと考えたのだ。
その際、指定の毒矢という危険物を扱っているのだからと、男は前金を要求したが、彼女からすればその程度のことはどうということではなかった。
これで自分の想い人が手に入るのなら前金を惜しむつもりはない。
けれど彼女はその対象の女性というのが自分である事は伝えなかった、否、伝える事ができなかった。
自分に向けろと伝えるのは不自然だとためらったためだ。
もしそれを伝えて、理由を聞かれたら、その矢が何かも話さなければならない。
協力はしてくれるかもしれないが、この話そのものを広められては困るのだ。
結局ご令嬢が虚偽の説明をしたこともあり、彼はどの男の前に飛び出してくるのかは教えられていても、どのご令嬢が対象の人物であるかを知ることができなかった。
それに依頼主のご令嬢が、自身で毒矢を受けたいと考えているなど想像するのは困難だ。
男は、このご令嬢が対象の男性を他の女に取られないようにするため、このような策を練ったのだろうとそう判断した。
もしかしたらそのような行動に出るご令嬢が複数いて、最初の一人で牽制すれば後は不要、そういうことなのだろう。
彼がそんな勘違いをするなどと想定していないご令嬢は、今後この男とお金を置いて交渉の席を離れたのだった。