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アーニャとワンピース

この場所を気に入ってもらって褒められたのは嬉しいが、ずっとここにいても仕方がない。

肝心の買い物はできていないし、街の他の場所も見て歩いた方がいいだろう。

運が良ければ歩いている最中にアーニャの欲しいものが見つかるかもしれない。


「そろそろ別の場所も見に行きましょうか」

「そうね。せっかくの外出だもの。色々な場所が見たいわ」


アーニャがそう答えたことで公園を出た二人だが、相変わらず手をつないだまま周辺を歩いていた。

そして旦那様の予想は見事に的中した。

手を繋いでいたアーニャの動きが一瞬ゆっくりになったのだ。

おそらく気になるものが目に入って、それを見ようとしたためだと察しながらも、いきなりそれを買ってあげようなどといえば遠慮されてしまって彼女が見ていた者が何か分からないままになってしまう。

だから慎重に、まずは彼女のほしいものを探って、最悪ここで買うことができなくても、後で注文できるように情報を得ようと決めた彼は、足を止めて言った。


「どうかされましたか?」

「あ、何でもありません……」


自分の歩調が乱れたことで、彼が他のものに気を取られたことを察したのだと気がついたアーニャは、すぐに観ていたものから視線をそらして彼を見て答えた。

けれど彼はそんなことはないでしょうとアーニャに詰め寄る。


「ですが何か気にされていましたよね」

「それは……」


旦那様との外出中に他のものに気を取られたなど失礼に違いない。

そう考えたアーニャが答えにくそうにしていると、彼はあえて、違うとわかっていることを質問する。


「もしかして、何かを思い出しかけたとか」

「いえ、違います」


アーニャが彼の質問に反射的に答えると、彼は微笑みながら言った。


「では、何か欲しいものを見つけた、といったところでしょうか?」


旦那様に良い当てられたアーニャは、少し口ごもりながらもその言葉を口にした。


「欲しいと言えばそうですけど、すでに手元にありますから」

「そうなのですか?あの、差し支えなければそれが何かを伺っても?」


やっとアーニャの欲しいものの糸口を見つけた旦那様はそれを離すまいと思いながら、その糸が切れないよう答えを手繰り寄せるため慎重に尋ねると、アーニャは観念して答えた。


「服です」

「服……ですか。アーニャさんにしては珍しいですね」


今まで欲しいものを聞いても答えなかったので、こちらで全て見繕っていたが、実はお気に召さなかったということかもしれない。

間違いなく似合っているのだが、好みではないのだろう。

それなら好みで似合う服を作ればいい。

そんな遠慮は不要なのにと彼が考えていると、アーニャが言いにくそうに続けた。


「はい。あのように身軽に動ける服が恋しくて。こちらに来てから高級な服ばかり借りているけれど、そうではなくて、もっとシンプルで締め付けの少ないものが着られたらと思ったので」

「ああ、なるほど。女性が皆、きらびやかな服を好むわけではないということですね」


今まで出会った女性はいずれも、高価なものや流行の先端をいくもの、きらびやかなものや豪華なものを好んでいた。

そういうものを身に付けるのが貴族のステータスということは自分も理解していたので女性はそのようなものを与えれば喜ぶものと思い込んでしまっていたようだ。

それなのに、そんな女性たちとは違うからこそ惹かれたアーニャに、同じものを与えていた。

それ自体が間違いだったのだ。


「他の女性についてはわからないけど、私はたぶん着飾るような生活をしてなかった……んじゃないかと思います」


していなかったと言いきっては記憶があるとばれてしまうため、アーニャは咄嗟に、かもしれないと付け加えた。

旦那様は別にそれを不審に思う様子もなくうなずく。


「確かにそうかもしれませんね。ドレスを着るのは初めてのようだと侍女たちからも聞いていますし、そうなると着慣れないものをご用意したので窮屈な思いをさせてしまいましたね」


アーニャに言われて気がついたのは、侍女たちの報告だった。

その時に気がついていればよかったのかもしれないが、それも不確定なことだったし、相手が言い出さないのに格を下げたものを提供することは、彼女に対して失礼に当たるためできなかった。

ただ、確認しなかったことで彼女の居心地が悪くなっていたのなら申し訳ないとしか言いようがない。

旦那様がアーニャに謝罪すると、アーニャは首を横に振った。


「いえ。とても大切に客人として迎えてもらっているというのは感じているわ。ただ私がよくわかっていないのと、おそらく着慣れていないのが原因な気がするの。慣れた方がいいのなら努力するけれど、部屋から出ないのなら楽な服の方が嬉しいわ」


ワインも服も、魔女がアーニャを大事な客人として扱われている証拠だと言っていた。

それに皆がアーニャに親切だ。

客人として大切にされているのは間違いない。


「わかりました。アーニャさんはあのようなシンプルな装いもお似合いだと思いますから、今度はそちらを用意させてください」

「でも新しいものは……。あの女性から借りた服があるのでそれを着られたらいいんです。あの服はくれるって言ってくれたので」


今までも多くの服を部屋に用意してくれていた。

サイズもぴったりだったので、それだっておそらくアーニャのために用意したものだろう。

それなのにここでさらに新しい服を用意してもらうのは申し訳ない。

部屋にある服だって、まだ袖を通していないものがたくさんあるのだ。

アーニャが新しいものを買う必要はないし、魔女からもらった服を着ればいいと言うと、旦那様は出来れば自分の選んだものも着てほしいという。


「そう言わずに。私がしたくてしているのです。それにあなたは本当に欲のない人なのか、本日のお出かけも買い物と言っているのに、何もねだってくれないものですから、どうしたものかと思っていました。今日はあなたの欲しいものが知れてよかった。その記念にプレゼントさせてください」


こちらで用意したものではなく、魔女からの服をずっと着ているアーニャを見ることになるのは複雑な気分だ。

それなら同じものを用意して着てもらった方が精神的にいい。

それにアーニャはデザインが気に入らないと言っていたわけではなく、締め付けられる服が苦手だと言っていた。

それなら締め付けの少ない服でデザインの良いものを選べばいい。

今日購入する服が参考になるだろう。


「そこまで言うなら、じゃあ一着……」


アーニャが断る事をあきらめてそう言うと旦那様は嬉しそうにうなずいて方向を変えた。


「よかった。ではあのお店に入りましょう」


アーニャが足を止めた店をしっかりと特定していた旦那様はそう言うと、アーニャの手を引いて店の中に入って行くのだった。

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