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アーニャと公園

街の中にあるというが、どんな場所かは全く分からない公園というところにとりあえず向かうことになった。

歩いていけるというけれど、何を目指して歩いていいのか分からないので、最初に手を引かれた状態のまま、アーニャは旦那さまの後についていく。

そうして十分も歩かないうちに、目的地に到着した。

そこが目的地だと分かったのは、旦那様が入口で足を止めたからだ。


「到着です。こんなに歩いて大丈夫でしたか?」

「ええ。全く問題ないわ」

「それならいいのですが……」


貴族の女性でこんなに長く歩いて文句を言わないどころか表情すら変えない女性は初めてだ。

そうなると、記憶をなくす前の彼女は元からかなり長距離を歩くような生活をしていたと考えられる。

もし、元々歩くことに慣れない生活を送っていたのなら、まず体力が足りなくなるはずだ。

しかし彼女はそんな表情を見せることはない。

むしろ余裕があるようにすら見える。

もしかしたらとは思っていたが彼女は貴族ではないのではないか。

彼の脳裏にそんなことがよぎったが、それは今考えることではないとその思考をすぐに隅へと追いやった。


「それより、この大きなお庭みたいなところを公園というのね」


アーニャが公園と言われた場所を見回してそう言うと、旦那様は少し黙りこんだ。

そもそも、公園というのは当たり前にこうしてあって、この範囲であると知っている者からすればここですと説明すれば済むが、発言を聞く限りアーニャには公園というものの概念がない様子だ。

これが記憶を失ったことによるものなのか、異国にいて文化が違うことによる概念の違いなのかは分からないが、今分かるのは、目の前の彼女にその概念がないということだけだ。

それならば、彼女の言葉を肯定するだけではなく、きちんと説明を加えておくべきだろう 。

少々うっとうしいと思われるかもしれないが、彼女にとっても、知識として公園というものを知ってもらうことに損はないはずだ。



アーニャは旦那さまの返事がないため、何かまずいことを言ったのかと不安になって声をかける。


「旦那様?」


自分の考えをまとめるために黙りこんでしまった結果、アーニャが不安そうにしていることで彼は我に返った。

連れ出しておいて彼女を不安にさせるなどよくないことだ。

魔女と一緒の時、彼女はそんな不安を持った様子はなかったと聞いている。

これでは楽しいデートが台無しだ。

とりあえず自分の考える公園について説明して場を繋ごう。

そう考えた彼は穏やかな口調で


「申し訳ありません。アーニャさんのおっしゃる通りです。この敷地の中が全て公園になっています。ちなみにお庭との最大の違いは、こうして誰でも入ることができるところでしょうか。お庭は住んでいる人が管理していますし、家の中に上げるようなものですから、誰でも入っていいという案内はできません。ですが公園は違います。正に名前の通り公に解放されている園、皆のお庭です。お庭が家によって違うように、公園もそこを手入れする人によって全く違う状態になりますから、この場所そのものが、庭師の作品といってもいいでしょう」


彼がそう説明すると、アーニャはその場で周囲を見回しながら言った。


「これらが作品というのなら、隅から隅まで見た方がいいわね。とりあえず入って歩いてみたいわ」


アーニャの発言から、見た目通りまだ体力が残っていることがうかがえた。

それにアーニャの言う通り、公園の入口で会話をして中に入らないなど、何のためにここに来たのか分からない。

どうせなら中でアーニャと花を同時に愛でたい。

花と並んだアーニャはさぞ映えるだろう。

想像しただけで楽しみになる。


「そうですね。入口から眺めるだけなんてもったいない。行きましょう」


旦那様はそう言うと、再びアーニャの手を引いて公園の中に入って行くのだった。



たわいもない話をしながらとりあえず手当たり次第歩いてみたが、そもそもこの公園はさほど広い場所ではない。

いくつかのブロックに分けられた場所に、花や木々が植えられていて、それぞれ花の種類や色が異なるため、とても華やかだ。

ちなみにこのブロックごとに数人の庭師が、公園の維持と管理を依頼されているので、この庭を作品というのなら、一つのブロックが一つの作品といっていいだろう。

ちなみにこの公園、常に手入れが行き届いていて、今ある花が枯れると、別の咲いている花に植え替えがされるため、よほど寒い時期でもない限り、多くの花を楽しむことができるようになっている。

季節が変わると植物も入れ替わることが多いので、いつ来ても目新しさを感じることができるのも長所だ。

そんな説明をして立ち止まっては歩きを繰り返したが、公園を一通り歩いて見て回るのにさほど時間はかからなかった。


「ここの公園はこの広さなのであまり見ごたえはないかもしれませんが、あちらに座って休んでいる方々のように、のんびりするのには良い場所なのです」


派手ではないけれど窮屈ではない。

服やアクセサリーなど派手な物の好きな女性からすれば、何もない場所など退屈でしかたがないかもしれないが、ここにいる者は皆、開放感を求めてやって来る。

だから何もないけれど、それが憩いの場としてちょうどいいのだと旦那様が言うと、アーニャはそれに同意した。


「私はこうして木々がたくさんあって、植物の多いところはとても落ち着くから好きだわ。だから、旦那様の家のお庭のテラスもお気に入りなの。あのお庭、とても大切にされているのが伝わってくるし、ここも同じね。しかもいつでも誰でも来られるなんてとてもいい場所だと思うわ」


アーニャは元々あまり人間が好きではない。

だから街にも最低限の買い物のためにしか来ないし、行く場所も比較的決まってしまっていた。

でも今日来た公園という場所は、アーニャにとって特別なものになった。

街を歩いて疲れたら、ここに来て休めばいい。

そのために買い物が増えてもいいくらいだとアーニャは考えていたのだが、そんなこととは知らず純粋にこの場所を気に入ってもらえたのだと考えた旦那様は嬉しそうな表情を隠さない。


「そうでしたか。それはよかった」


公園は各家の庭よりは広いし多彩だが、誰でも入れるため人が多い。

現にすでに公園のベンチはそれなりに人が座っていて埋まっているので、自分たちが座るためには場所探しをしなければならないだろう。

本当はアーニャとゆっくり二人の時間を過ごしたいと考えていたが、貴族たち御用達の店周辺の雰囲気をあまり良く思っていなかったようなので、渋々ここに来ることにしたのだ。

けれど予想に反してアーニャからこの場所は好評だった。

旦那様はやはりアーニャは今まで自分に言い寄ってきた他の女性たちとは違うのだなと改めて感じたのだった。

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