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ワインとジュース

とにかく、お世話になっている家の人間にアーニャが魔猫だと知られるのは、現時点では避けなければならない。

とりあえず、住宅の多そうな道を歩きながら、二人は会話をしつつ目的もなく歩き回った。

そうしてしばらく無駄に歩き回り、疲れが出てくるだろうくらいの時間が過ぎた頃、とりあえず二人は街に戻ることにした。

道すがら色々なお店があるという話をしている時、魔女は思い出したように言った。


「あ、そうだ。街にはお茶以外の飲み物もありますよ!果物を絞ったものとか。それなら熱くないので猫舌のアーニャも飲みやすいかもしれないです」


せっかく外にいるのだから、食べたことのないものを食べたり飲んだりして見るのはどうかと魔女が提案した。

アーニャとしては依頼主を知ること、あわよくば呪いの解き方の情報を手に入れられたらというのはあるけれど、実際に歩き回っている先にも、街にも目的はない。

一方で新しいことに触れるのが嫌いということもない。

魔女が一緒にいて勧めてくるものなのだから、初めて聞いた飲み物はきっと安全だろうと、アーニャはうなずいた。


「そんな飲み物もあるのね。人間は水がお茶かお酒しか飲まないと思っていたわ」


アーニャが貴族の家で出されているのは大別するとその三種類だった。

気を聞かせてお茶に関しては香りの微妙に違うものを用意してくれているが、水は特に変わらないし、酒はその味よりも酒の持つ特殊な臭いの方が勝って味わって飲むようなものではないと思っている。


「あら、ワインとか出されましたか」

「ええ、夕食で。初めてだったし少し飲んだけど、口に入れたら中が焼けそうになったわ。人間がなぜあんなものを好むのか理解に苦しむところだわ」


魔女に聞かれたアーニャは答えた。

過去、それを飲む機会はなかったけれど、ワインという飲み物の名前は聞いたことがあったので、出された時にすぐにこれが実物かと思って口を付けた。

お世辞にもとてもおいしいと言えるものではなかったのだが、旦那様はなぜか好んで飲んでいる様子だった。

人間と魔獣の味覚の違いなのか、それとも別の要因があるのかは分からない。

少なくともアーニャの口に合わなかったのは間違いない。

話をしながら味を思い出して渋い顔をしているアーニャに魔女は言った。


「あれは、飲んだ後、気持ちが大きくなったり、幸せな気持ちになれる、解毒しなくても時間が経つと抜ける毒みたいなものが入っているんです。貴族としては飲めることも、お客様に提供するのも義務みたいなところがありますから、おもてなしの気持ちをあらわすために出したのでしょう。歓迎の証です。ですが苦手なら無理に飲まなくても大丈夫ですよ」

「そうなの。毒なら飲まないようにしたいわ」

「それでいいと思います」


お酒が呪いに影響するとは考えにくいが、お酒が本人に及ぼす影響は分からない。

アーニャがもしこの先、あの貴族やその周囲の者に気持ちを許すようになった時、お酒を飲んで気持ちを大きくするようなことがあったら、自分の事を離してしまうことは考えられる。

普通に聞けば信じてもらえる話ではないだろうが、魔女が一緒にいることがその言葉の信用の担保になってしまう可能性はあるのだ。

アーニャのお酒の強さや酔い方が分からない以上、飲まない方に誘導しておくのが安全だろう。

そのため魔女はアーニャが嫌なら飲まないのがいいと強く推すのだった。



そうして商店のない住宅の密集する場所を目的もなく歩いた二人は、街に戻るため道を引き返し街中へと戻ってきた。

そして魔女が休憩を兼ねて、若い女性の入りやすそうな店を選ぶと、案内されたテーブルにつく。

そして魔女はすかさず彼女のためのジュースと、自分のお茶を注文した。

それからテーブルに届いたジュースをアーニャに勧める。

アーニャはワインとは少し違うけれど、お酒に似た色の飲み物を不安そうに見ていたが、魔女にお酒ではないと言われ、勇気を持って口を付けた。


「いかがですか?」

「果物より甘くて、果物の実がない感じね。お酒やお茶より飲みやすいわ」


お酒のように口の中が焼けるような感じはしない。

そしてお酒より甘くて、完熟したフルーツを絞って飲んでいるような味だ。

こういう飲み物もあるのかとアーニャは感心しながら、その飲み物を飲み干した。


「気に入ってくれたみたいで良かったです」


魔女はそう言うと、今とは違う味のジュースをアーニャのために頼むのだった。



店にいる間、お茶やお菓子の話を普通の声で、今後のことを小声でと、会話の内容を色々と織り交ぜて話した。

それを繰り返し、とりあえずアーニャはしばらくあの貴族の家に留まり、時々魔女に会いたいと言って連絡をする。

その連絡を受けたら魔女がアーニャに会いに行き、もし何か情報があれば伝え、困ったことを都度相談する。

決められたのは大ざっぱにそういった事だけだった。

特に今は監視が聞き耳を立てている可能性も高く、具体的な内容をまとめて話すのを避けた方がいいと判断してのことだ。

きっと日を変え、時間を変え、情報を細切れにすれば、話題が変わっただけと思われるだけですむ。

それならアーニャが呪いをかけられた魔獣という話を聞かれたとしても、多くの話題の中に紛れさせてしまえばほんの冗談と取ってもらえるだろう。

あまり長居をするのも変な目で見られかねない。

そこで程よい時間が過ぎたところで店を出ると、魔女はアーニャを貴族の家まで送り届けたのだった。



「あの、これは?」


魔女と外出をした翌日、アーニャが朝食の席につくと、お茶ではなくジュースが出された。


「昨日、アーニャさんはジュースがお好きみたいだと報告を受けたので、お茶だけではなく、こちらも用意してみました」 


魔女の言う通り、彼らは二人の会話に聞き耳を立てていた、もしくはしっかりと観察されていたようだ。

小さな声で話していた内容はさすがに聞こえていないだろうが、普通の会話は筒抜けと思っていいだろう。

今朝のジュースについては、お茶をしている時に飲んでいるのを見て判断した可能性もあるが、今晩の夕食にワインが出なければ、外出時のお茶の席での会話を聞かれていた可能性が高い。

ワインを出すのは貴族のマナーだというし、今までも毎晩出てきていた。

魔女とのお茶の席で二人とも酒は飲んでいなかったのだから、会話を聞いていなければ知らないはずだ。



そしてその晩の夕食から、ワインも提供されなくなった。

魔女の言っていた通り、会話は聞かれていたのだろう。

そう考えると少しこの家にいるのは怖い。

アーニャは再び警戒を強めたのだった。

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