外出の目的撹乱と監視
魔女はアーニャとの面会を終え、今度アーニャと二人で外出する旨を伝言してほしいと頼んで帰ると、数日後、アーニャと魔女の二人の外出が決まった。
連絡が翌日にこなかった事を考えると、貴族の男性が監視の人員を準備するために時間をとったことが推測される。
しかしそれも織り込み済みだ。
魔女がアーニャを迎えに行くと、アーニャは上質なワンピースに身を包んで待機していた。
すぐに出られるようにと斜めがけできる小さなカバンを下げてる。
「玄関先でお迎えをしてくれるなんて、よほど楽しみだったのですね。準備ができているのなら、行きましょうか」
中に案内されてお茶など出されていたらその分外出の時間が短くなってしまう。
それもあってアーニャには事前に入口近くで待機をしておいた方がいいとこっそり伝えていたのだが、それを本当に実践したらしい。
「ええ。楽しみにしていたの。早く出かけたいからここで待っていたのよ」
アーニャはにっこりと笑って魔女にそう言ったのだった。
とりあえず見た目は二人だけという形で、魔女とアーニャは歩いて貴族の屋敷を出た。
二人が最初に向かったのは依頼主の家だ。
寄り道をして遅くなって、目的地に行く前に帰る時間になってしまっては意味がない。
だから不自然な行動かもしれないが、その目的を最初に果たしてしまおうということになったのだ。
「ここが例の依頼主の住むお宅です」
もちろん家の中に入ることはせず、塀の近くで立ち止まり、魔女がアーニャにこっそりと告げるだけだ。
アーニャは足を止めてその家をじっと見た。
しかし人間よりも視力がいいはずのアーニャでも、さすがに家の中までは見えない。
建物との間に手入れされた庭があり、距離があるからだ。
しばらく目を凝らしたが、確認を諦めアーニャはつぶやいた。
「今いる家も立派だけど、この家も随分と大きいわね」
「そうですね」
「すでにこれだけのものを持っているのに、あんな物騒なものを作らせてまで欲しいものがあるのね。人間の発想はよくわからないわ」
アーニャがため息交じりにそう言うと、建物の方を向いたまま魔女は苦笑いを浮かべる。
「まあ、人間なんて、欲にまみれてますからね。強欲なんですよ。その時欲しい物を手に入れたら、また次々と新しいものを手に入れたがる。そういう生き物なんです」
魔女の言葉を聞いたアーニャは不思議そうに首を傾げた。
同じ人間であるはずなのに魔女からそのような欲が感じられないことに気が付いたからだ。
「あなたもそうなの?」
全然わからないとアーニャが言うと、魔女は遠くに見える邸宅の方を見たまま目を細めた。
「私は……そんな人たちの中で生きることに疲れてしまいました」
「ああ、だから人間の寄り付かない森の中に住んでるのだったわね」
欲にまみれた人間の依頼を受けることに疲れたから魔女は森に住んでいる。
そういえばそんな話を聞いたと思い出したようにアーニャは言うが、魔女はため息をつく。
「それでもたまに、今回の依頼主のような人間が押しかけてきますけどね」
例のご令嬢は自分を探しだした揚句、自ら森の中の魔女の家まで赴いてきた。
実は魔女の家の場所は、調べようと思えば簡単に調べることができる。
ただ人間が訪ねて来ないのは、比較的魔獣が多く生息するエリアにその家があるからというだけだ。
そこまでして人との距離を置いているのに、わざわざそこに危険を顧みず踏み込んでくる人物というのは、依頼内容も厄介なことが多い。
厄介な依頼を持ってきたのは彼女だけではなかったと、その時の事を思い出しため息をついた。
「そう……。色々あるのね」
「そうですね」
二人はいつご令嬢が目の前に現れるか分からないため、立ち止まり、遠くからその邸宅を見守っている状態だった。
けれど、ここで立ち止まったことに多くの意味を持たせるのは、得策ではない。
「そろそろ歩きましょう。あまり長くいるのは不自然です」
「わかったわ」
魔女がそう言いながら歩き始めたので、返事をすると彼女の後ろにアーニャが続く。
「これからどうするの?」
全てが魔女任せになってしまっているが、アーニャでも歩いて行く方向に店などがないことはわかる。
その状態で目的地が分からないまま歩くのは不安だし、この後何をするのかもよくわからない。
アーニャが不安そうに言うと、魔女はその不安を察したのか、足を止めることもせず言った。
「もう少し、違う家も見て歩いてから、お茶でもしましょう。買い物をしてもいいですけど、アーニャに特別欲しいものはなさそうですし、その状態で行っても楽しめないでしょう。だからといって、あの家だけを見に街に出てきているような行動は、記憶を辿るために歩いている設定であるにしても、あまりに不自然です。ですから、家の多い地域を歩いて、あの家が目的であることを悟らせないようにするんですよ。会話も同じようにいろんな話を混ぜてするようにした方がいいでしょうね」
魔女の話では目的があって歩いているというより、本来の目的を隠すために歩いているということらしい。
彼に外出の許可をもらう時、二人は、歩いているうちにアーニャの記憶が戻るか、街歩きをすることで、アーニャ本人か家族に関して知る者に出会えるかもしれないから、馬車の移動ではなく姿が見える徒歩での移動がいいと申し出ていた。
実際は馬車だと必ず御者がつくので会話は今以上に筒抜けになるし、馬車だと目的地を指定してそこで止めてもらうことになってしまうので、あまり良くないため、そういう良い訳を使ったのだ。
設定を思い出したアーニャは、とりあえずその説明に理解を示す。
「まあ、私は目的の半分を達成できたからいいわ。本当は例の人間の顔も拝んでおきたかったけど、不自然な行動をして魔猫だって知られて狩られては、元も子もないもの」
アーニャを保護してくれている旦那様は、家で客人ともてなしてくれて、とても親切に気にかけてくれるけれど、もともと森で狩りをするような人間だ。
アーニャが人間ではないと分かったらどう扱われるか分からない。
外に放り出されるだけなら良い方で、運が悪ければ殺されてしまう可能性があるのだ。
改めてその事を思い起こしたアーニャは周囲を気にしながら身ぶるいするのだった。