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魔女との再会と贅沢の代償

アーニャを男に預けた翌朝、魔女は一通の手紙を受け取っていた。

その手紙には男の家に来てほしいと、招待する旨が書かれているが、魔女がこれに従わない訳にはいかない。

自分一人でも拒否権のなさそうな手紙ではあるが、今回はアーニャの件もある。

もしかしたらアーニャに何かあったのかもしれない。

魔女は手紙を持ってきた伝令の人間を、準備ができたら向かうと伝えてほしいと追い返すと、出かける準備をして、すぐさま彼の家に向かった。



魔女が貴族の男性の家に行くと、すぐ応接室に通され、そこにほどなくしてアーニャが姿を見せた。


「アーニャ!」

「さっそく来てくれたのね!」


一日離れていただけなのに、とても寂しかったと言わんばかりの勢いで抱きついてきたアーニャを受け止めると、魔女は尋ねた。


「アーニャが会いたがっていると伝令が来たのよ。何かありましたか?」


するとアーニャは顔を上げてきょとんとした表情で答えた。


「特に困ってないわ。強いて言うならこの貴族の服が窮屈で辛いくらいかしら」


そう言うと、服を見せようと魔女から少し距離を取った。


「そう。とてもすばらしいドレスね。とても似合っているわ。良くしてもらっているなら何よりだけれど、それで……」


魔女は周囲に気を使ってアーニャがそう言っているのかと思い、声をひそめてもう一度困っていることはないかと尋ねると、アーニャは首を横に振った。

そして少し考えて思い当たったことを口にする。


「あ、もしかしたら……、特に呼んだ訳ではないんだけど、もしかしたら私があなたと離れるのが不安とか言っちゃったからかもしれないわ。森でここの旦那様に言われたのよ。あなたも一緒で良かったのにって」


魔女は男性に配慮してさっさと彼らの前から姿を隠した。

アーニャからすれば自分も彼も出会ったばかりの人ということに変わりはないと思ったからだ。

確かに彼と自分、異性と同性の違いはあるけれど、アーニャは魔獣だし、彼のことはそれなりに知っていたから問題ないと判断した。

しかしそんな彼だからこそ、同性である自分も少なくとも女性がいる家まで同行した方がアーニャが安心すると察したのだろう。

その質問にアーニャが、魔女である自分がいた方が良かったと答えた結果がこれなのだろう。


「なるほど、そういうことでしたか。それなら早めに顔を出して欲しいと言われたのも納得ができます」


困ったことがあったという訳ではなく、アーニャの不安を取り除いてほしいという依頼だったようだ。

さすが評判の良い貴族、気遣いが行き届いている。

ただこれもきっと相手がアーニャだからだろう。

魔女が感心していると、アーニャが声をひそめて言った。


「ねえ、せっかくだから、例の依頼主のとこに連れて行ってよ。本当はそれが目的で街に向かっていたんだもの。このままっていうのも違う気がするの」


この内容が誰かの耳に入ったら、本当は記憶を失くしていないことが知られてしまう。

そのためアーニャは周囲に聞かれていないかを気にしながらそう言った。

魔女もアーニャに合わせて声のトーンを落とす。


「そうですね。こちらの許可が出るようなら外出いたしましょうか」

「そうしたいわ」

「ですがそれには確認と、さらに出かける準備も必要ですから、今からではあまりゆっくりできませんし、外出は日を改めた方がいいかもしれません」


アーニャは魔女が外出することにすんなり同意してくれたことを喜ばしく思っていたが、魔女が今すぐという訳にはいかないだろうと説明を加えると少し落ち込む。


「そう……」

「たぶん外出の日が決まったらまた呼んでもらえるはずですから、その時はすぐに出られるよう、外出の準備をしておいてください。今からでは目的地に着く前に暗くなってしまうかもしれません」


まず、アーニャが外出をしたいといったら、間違いなく準備に時間を取られてしまう。

まだ日は高いけれど、これから準備をして出かけると外にいられる時間が短い。

それでは歩いて遠出はできないし、依頼主の家にたどり着く前に暗くなると声を掛けられてしまうかもしれない。

それならば、早い時間から外出ができるよう準備を整えた状態で、長く外にいられる方がいい。

ここで外に出られたとしても、目的を果たせなければ意味はないし、早いうちでなければ二人で出かけるというのは難しくなる可能性が高い。

きっとアーニャがここの生活に慣れてしまったら、ご当主がついてきてしまうだろうことが容易に想像できるからだ。

けれどそれはアーニャには分からないだろう。

だから魔女は、外に出ても目的を達成できなければ意味がないということをメインに話をしたのだ。


「わかったわ」


今日は無理でも、近々確かめることができるのならと、アーニャは納得することにした。



「でも、この様子だと、護衛というか、監視が付きそうですね。なので外でも会話は小声でした方がよさそうです。お出掛けと称して依頼主の家も案内できますが、そこで依頼主が出てくるのを待つのは不審ですから難しいでしょう」


魔女が周囲に聞こえないようさらに声をひそめて言うと、人間より聴覚の優れているアーニャは、それを聞きとってうなずいた。


「それでも構わないわ」


本当は依頼主の家に行って、その相手を見るのが目的だが、それは半分しか叶わないかもしれない。

運が良ければ本人が家から登場するかもしれないが、そんな偶然はなかなかないだろう。

魔女がそう言うとアーニャはそれでも少しは前進したことになるので構わないという。


「それでは、こちらの方に、アーニャが記憶を取り戻すヒントを得るために、少し街を歩きたいとお願いしてみましょう。許可が出たら私が案内するためにまたここに来るということでどうですか?きっとアーニャが私と二人で出かけたいと伝えたら、それが叶うと思いますよ」


彼は間違いなくアーニャを気に入っている。

だから自分がお願いをするだけではなく、アーニャから二人でと口添えをされたら、きっと彼は二人での外出を表面的に叶えようとしてくれるはずだ。

けれど実際は女性二人で、ましてや貴族が保護している女性が護衛もなしに外出するなどあり得ないし、それなくして外出の許可は出ないだろう。

きっと陰から見守る護衛、もしくは監視役がついてくるはずだ。

アーニャに細かい貴族の習慣は理解できないだろうが、そういうものが常に周囲にいるので発言に気を付けた方がいいということは知っておいてもらった方がいい。

魔女が今後の方針と、アーニャは大きく息をついた。


「ええ。監視がつくというのは気になるけれど、二人で出かけたいわ。その方が気兼ねしなくていいもの」


正直護衛などいらないので自由にさせてほしいのだが、きっとそれはここに部屋を借りている以上無理なのだろう。

きつい服を着せられたり、面会の間もずっと人に見られているのは落ち着かないが、部屋に、高価な服に、おいしい食事を与えられて、充分贅沢をさせてもらっているので、それは仕方がないのかもしれない。

けれど外出くらいは気兼ねなくしたい。

そのためには魔女を頼るしかないのだ。

アーニャは自分だけではうまく頼めないと判断し、外出許可の依頼を魔女に一任することにしたのだった。

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