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美しき令嬢と森の魔女

「あなたに依頼したいことがあるの」


わざわざ森の奥まで魔女を訪ねてきた高貴な令嬢はそう言った。


「あなたは人を美しくして真実の愛を叶える魔法が使えると聞いてきたの。それを私のために使ってくださらないかしら?」


小首をかしげて優雅な仕草でお茶を飲んでいる彼女はそう言って微笑みかける。

彼女は典型的な貴族のご令嬢で、魔女は無理を平然と要求してくる彼女にお茶は出したもののそれ以上をするつもりはない。

当然依頼を受けるつもりもなかったので、魔女は言った。


「私はそのような魔法は知りません」


しかしこのご令嬢は更に笑みを深めて返してくる。


「そう……。それじゃあ、似たような条件の魔法は知らないかしら?それを使える人がいるなら、その人に関する情報もいただきたいわ。もちろん、情報料は別に払うわ」


ご令嬢の条件を聞いて、ふとあることが思い浮かんだ。

試したことはないけれど、同じような条件を満たすもの。

しかし他人にできるかはわからないし、その条件を満たすためには代償が必要だ。

でもこの話をすれば、恐れをなして帰ってくれるかもしれない。

そこで対応が面倒になった魔女は、彼女にそういうものは存在すると告げることにした。


「魔法はありませんが、似たような呪いなら聞いたことがあります」


魔女がそう口にすると彼女は嬉しそうに口に手を当てた。


「まあ!博識なのね」

「ですが魔法ではなく呪いです。当然ですが、代償を伴います。オススメはいたしませんけど……」


あなたのそれはぬか喜びだ。

魔女がそう続けようとしたのを遮ってご令嬢は言った。


「まずは詳しく話を聞かせてちょうだい」


呪いといえば恐ろしさを感じて引いてくれると思ったが、このご令嬢はそうではなかった。

逆に自分の願いを叶える方法があるのなら、呪いでも何でもいいという、後先考えない人間だったようだ。

もしかしら呪いというものを信用していない、あるいは魔法はあると考えているのに、呪いは存在しないと都合よく解釈しているのかもしれないが、こうなってしまっては、もうどちらでも変わらない。

読みを外した魔女は、仕方がないとため息をついて、彼女に呪いについて話し始めた。



「……わかりました。その呪いは、かけられたものを美しいにしてくれます。ですが、呪いを解くためには真実の愛が必要です」

「真実の愛?」

「はい。呪いをかけられた本人が真実の愛に目覚めなければ解けない呪いです。逆に……」


魔女の言葉を遮ってご令嬢は感嘆の声を上げた。


「素晴らしい呪いだわ!私が受けるに相応しいものじゃない!」

「どういうことですか?」


自分に相応しい呪いとはどういう意味なのか。

呪いを自分にかけてほしいと頼むようなご令嬢だから、きっとその発想も突飛なものなのだろうが、大きな勘違いをされていても困る。

それに彼女は一応依頼者、つまり客としてここにいるのだ。

だから少しは話を合わせたほうがいいだろう。

魔女がそう考えてご令嬢に問うと、彼女はうっとりと自分に酔ったように言った。


「私が美しくなりたいのは、愛しい彼を手に入れるためなのよ」

「しかしそれだと……」

「そうして結ばれた二人は幸せになるはずだわ。だって真実の愛で結ばれたのでしょう?その愛は永遠のはずだもの」


先程からこのご令嬢、肝心なことは言わせてくれない。

何度も言おうとしたが、その都度遮られてしまう。

魔女はその説明を諦めることにした。


「まあそういう考え方もできなくはないですね。いいでしょう。それでまず、呪いを受けるためには、呪いをかけるのに必要なものを用意しなければなりませんが……」

「そう。こちらで準備できるものならどうにでもするわ。それをリストアップしてちょうだい」

「わかりました」


魔女は紙とペンを持ってくると、ご令嬢の前で紙にペンを走らせた。

ご令嬢はその様子を見ながら、やはり優雅な仕草でお茶を飲み、そのリストができるのを待つのだった。



魔女が必要なものとその入手方法を書き出していると、思ったより待ち時間が長く退屈になったのか、ご令嬢が魔女に話しかけてきた。


「それにしても、どうしてこんな不便な所に住んでいるの?お金がないのなら、私があなたをお抱えにしてもよくてよ?」


何かと思えば自分の願いが叶うと機嫌を良くしたご令嬢はそんな事を言いだした。

しかし魔女はそもそも金で誰かに飼い殺しにされるような生活を望んでいない。

金持ちは魔女を利用しようと金を積む。

最初は金でできることが多いため、魔女も利用されてやろうと思っていた。

けれど彼らの役に立てば立つほど、その要求は過度なものとなり、金を払えば何でもやる道具のような扱いをされるようになってきたのだ。

その扱いに耐えかねた魔女は、生涯の生活に困らないだけのお金を稼ぐと、人のあまり近づかない、魔獣の住む森に隠居することに決めたのだ。

それでも時折、こうして訪ねてくる人間がいる。

本当に困っている人は助けるが、正直欲望のままに願いを叶えろと言ってくる者に対してはあまり寛容になれない。

ここまで訪ねてくるくらいなのだからと、来れば茶を出すくらいはする。

でもそれだけだ。


「いいえ、それは不要です。発展した街は非常に煩わしいので、こうした場所に居を構えているのですから」


ため息をつき、暗にもう来るなと魔女が伝えると、ご令嬢は家の中を見回して言った。


「そうね。ここには面白いものはなにもないようだし、森には魔獣も住んでいるのだから、魔法で退治ができるあなたと違って、必要がなければ私のくるようなところではないわね。私が森に来るのはあと一度になるでしょうね」

「どういうことでしょう?」


本来なら自分の来るところではない。

その言葉によくわかっていると関心しかけたが、結局彼女はまた来るという。

来る日がわかっているのなら、その日は留守にすればいいかもしれない。

魔女がそう考えていることを、悟られないよう警戒していると、ご令嬢はそんなことはお構いなしといった様子で言った。


「私、美しい状態で彼に会いたいの。だから彼の目に触れるところで呪いをかけてもらいたいと思っているわ」

「はぁ……」


やはり自己中心的なご令嬢だ。

呪いの発動タイミングなどを、こちらに提案一つなく勝手に決められていた。

説明をしないにも関わらず、思い通りに事が運ばなければ、きっと彼女は烈火の如く怒り狂うのだろう。

正直面倒な人物だと思いながらも、魔女が適当な返事をすると、彼女は更に妄想を広げた。


「それで二人は運命的な出会いをするの。この森で」

「この森で、ですか?」


なぜ運命の出会いの場所にこの森が選ばれるのか。

彼女は用事がなければここには来たいと思わないと言っていたはずだ。

魔女が思わず聞き返すと、彼女は楽しそうに話を続ける。


「ええ。今度か、彼が狩りのためにこの森にやって来るわ。私が彼の前に飛び出すから、そのタイミングで美しくしてもらいたいの。美しい乙女が森の中で迷っていたら、きっと彼は助けてくれるはずだもの」


そうして自分はその相手と相思相愛になって幸せに暮らすのだと、彼女の話はまるで夢物語のように締めくくられたのだった。

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