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1話:仮説

寝ている時に谷底へ落とされる感覚で起こされることがある。まさに、それで今起きた。あれって名前なかったっけとか思ったけど、数秒後にはどうでもよくなった。



身体を起き上がらせて辺りを見回す。欠伸と同時に視界に広がったのは青々とした緑。厳密に言うと、異世界系の漫画でよく見るあのめっちゃ綺麗な景色。なんかこう、自然だあ、きれーって感じの。……本を読まずに生きるとこうも語彙力が育たないものなのか、、



…しかし、まさかこんなにもいい夢が見れるとは。大いなる大地にもう一度寝転び、大きく深呼吸をする。

夢の中であのひゅんって起きるやつで起きて、また二度寝するっていうのも変な話だが、こんなに心地の良い空間を利用をしないというのはあまりにもナンセンスだ。



……そういえば、新商品のプレゼンどうなったかな。田村の初プレゼンだし、上手くいったならいいが…、会社で聞くかー。コーヒーの一杯くらいは奢ってやんないとな。




……………、……………………。





「__俺、生きてる???」





入眠時の不思議な浮遊感と線路に飛び込んだあの浮遊感がリンクした。確かに覚えている。あのクソ警官と貧乳の女狐。人を見せもんみてぇにパシャパシャ撮りやがる野次馬共。目の前に迫り来る鉄の塊。苦しいような、眠いような、あの死の感覚。全部鮮明に覚えている。



ぺたぺたと顔を触る。聴覚、触覚に異常なし。死ぬ間際開かなかった瞼はぱちぱちと瞬きができる。きっとちぎれていたであろう手足も、お別れをした下半身と上半身も、すべて綺麗にくっついていて身体に異常がありそうな所はなかった。



ふと、頭に浮かんだ。「全て夢だったんじゃないか」と。一年で一回見るか見ないかのリアルすぎる夢。あの日のことも、今日も、すべて夢の中で起きていたとしたら。そう思った俺は、ある手段に出てみることにした。



ふうーっと大きく息を吐く。両手を頬にかまえた。古典的な方法だが、夢ならばたぶん痛くはない、はず。思いっきし行こう。躊躇いはいらない。



左右に大きく振って、フルスイング。




「__ぃい"ってぇぇえ"え"え"!!!」




大自然に男の雄叫びとかわいた音が響き渡った。

悶える程の痛さに涙が出そうになる。そして悟る。



これは夢ではない。



大地に転げ周り、唸る。俺の今の現状と引かぬ痛みに唸る。どうにもこうにも思考回路は進まないし、頬に刻まれた痛みと熱は取れない。うわ、草口に入った。



「…ん?いたく、ない?」



先程までじんじんと残っていた頬の痛みが急に消えた。不思議な事だが、本当にすっと消えたのだ。俺が知っているような痛みの引き方では無い。



「……まさか、これか?」



口に入った草を手に取る。まさかなとは思ったが、好奇心旺盛な俺の少年の部分が食えと言っている。見た感じ普通の草だし、消費期限切れのヨーグルトを食べても腹をくださなかった俺ならいけるはずだ。




もう一度両手を頬にかまえ、フルスイング。




「__ぃい"ってぇぇえ"え"え"!!!」




大自然に男の雄叫びとかわいた音が響き渡る。そして、すぐさま草をひと房口に放り投げた。瞬間、痛みが消える。



「……これ、まじだ。」



ここがどこなのか、俺は一体どうなってしまったのか。多くのことが理解できない中で与えられた情報は、この草は薬草で鎮痛効果があること。そしてもう一つ。



「こんな薬は、存在しない。」



ここが、俺の知っている現実世界ではないということ。風が強く吹いた。まるで、正解だとでも言うように。立ち上がって、心地のいい日差しを放つ太陽と遠くに見える海の狭間を見つめた。俺の住む世界に、こんな美しい場所はあっただろうか。あったとしても、俺は知らないまま、死んだのだ。



……もしかしたら、ここは天国と呼ばれる場所なのかもしれない。もっと雲とかふわふわした場所なんだと思っていたが、存外悪くは無い。大きく深呼吸をする。思っていた以上に肺に空気が入って噎せた。どうやらアメリカン映画の朝のような爽やかさは俺に合わないらしい。




「__貴方、そこで何をしているの?」




鈴を転がしたような声だった。また、強く風が吹く。噎せて生理的に出た涙を拭いながら振りかえると、そこには一人の少女が立っていた。色素の薄い水色の長髪、目鼻が整った顔立ち。



そして、細身の身体にそびえ立つ二つの大きな丘。




「最高か?」



「え?」



俺の溢れ出た本音が少女に届いてしまったらしく、困惑の表情を見せた。それはそうだろう。おっさんが開口一番に「最高か?」とガン見しているのだ。俺なら引くね。



「…なるほど、ここは天国なんだな?俺の都合がいいように出来てやがる。…ったく、神様もひでぇな。俺をあんな目に合わせておいて今度はご機嫌取りか。…まあ?このまま一揉みさせてくれんなら許さねぇこともねぇけど?」



ぺらぺらとまわる口で神に欲求をぶつける。答えはかえってこない。返事があったらあったで困るが。




「……なるほど、だんまりか。言っとくが、俺は無言も肯定と見なす派だ。」




死ぬ前、俺は女性経験が0だった。いや、マイナス寄りかもしれない。母以外の異性に触れたのは、あの日、痴漢ですと俺の腕を高々に掴み挙げたあの手だけである。



ここがもし天国というところならば、俺がこれからすることをどうか見逃してほしい。俺の俺が叫んでいる。俺を使ってくれ、あんたを男にしてやるぞと。

ロリコンと言われようが、犯罪だと言われようが、俺は…、俺はこの機会を逃すことは出来ない…!





「安心してくれお嬢さん。俺は、新品だ。」




アラサー渾身の走りで、少女に向かって飛び込んだ。夢のダイブまで残り数メートル。




「__隔てろ。《大地の壁(グランド・ウォール)》!」




少女の声と同時に、大きな土壁が出現した。大自然に鈍い音が響き渡る。俺はまた新しい仮説を得た。






「ここは天国ではなく、異世界である」と。


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