お爺さまの言う通りに
莫大な富を手にした祖父と孫がいた。
いよいよ寿命尽きるときが迫る中、祖父の脳裏によぎる気掛かりは、やはり溺愛するたった1人の孫のことだった。
不慮の事故により両親は既に他界しており、祖父だけが孫の唯一の肉親であったのだ。
まだ幼い孫は、これから道を踏み外すことなく、正道を歩んでいけるだろうか。
つまずくこと無いよう、これから先、一体誰が小石を退けてやるんだ、と。
神に祈ればよいのか、もしくは悪魔か。
死の淵で、祖父はそんな事ばかりを考えていた。
『傲慢だね、実に傲慢で人間らしい。
愚者は小石を退けるのではなく、立ち上がる力を求めるもんだ。
だが、お前は正しい。神は乗り越える強さを求めよと言うだろうが、厄介ごとなんて、賢い奴は転ける前に回避しちまうもんだ。
よしよし、気分がいい。
お前の望みを叶えてやろう。
ただし3回だ。3回で、お前は地獄に来てもらう』
悪魔との契約に、祖父はなんの躊躇も無かった。
信仰を裏切ることも含めてだ。
魂を含めて、文字通り祖父はすべてを孫に捧げる覚悟があった。
「いいか、よくお聞き、私のものはすべてお前にやる。
ただし、私の愛用品であるラジオは、決して捨てるな。
お前が人生の決断に迷うことがあれば、ラジオに耳を澄ませ。
ワシが必ず答え、正解に導いてやる。
ただし、3回だ」
まもなく祖父は息を引き取り、孫は幼いながらも莫大な資産を手に入れた。
しばらくは困る事なく、孫は生活していたが、少し困ることが起きた。
祖父の代からの顧問弁護士が、資産について相談してきたのだ。
なんでも孫が成人するまでの間、税金対策として、資産をとある法人に移せと言う。
内容は幼い孫にはさっぱり理解できなかったし、弁護士は信頼していた。
なら、サインするだけでいいものを、孫は祖父のラジオに訊いてみることにした。
本音を言うと、祖父が恋しいだけでもあった。
ラジオの電源をいれ、無作為に基地局を探す。壊れているのか、不思議とどのラジオ局の電波も受信しない。
がっかりして諦めかけたそのとき、ノイズ越しにもはっきりと分かる、優しい祖父の声があった。
周波数は1059、ああ、祖父は天国にいるのだと、孫は涙した。
「いいかい、泣かずによくお聞き。
弁護士を解雇して、新しい弁護士を雇いなさい。
商売がたきだったが、腕は確かな弁護士を知ってる。
執事もメイドもコックも家庭教師も、みんな首を切ることになるだろう」
孫は言われた通り新しい弁護士に連絡を入れて、顧問として契約した。
内情は悲惨だった。
前弁護士は資産をすべて横取りしようとしていたし、執事も主人が幼い事をいいことに、好きがって横領していた。
メイドやコックは屋敷の備品を横流していて、家庭教師は法外に授業料を釣り上げていた。
危ういところであったが、被害は最小限に抑えられ、欲をかいた大人たちは牢獄へと連れて行かれた。
これも祖父のおかげと、孫は天に向かってお礼を言った。
それからしばらくは困ることはなかった。
しかし、孫が成人したころ、少し困ることがあった。
孫は画家を目指しつつ、優雅に世界を旅しようかと思っていたのだが、祖父の立ち上げた企業から、代表取締役として契約して欲しいと言われたのだ。
なんでも昨今は経営不振で、創設者一族の威光を借りたいとのこと。
実際は何もせず、旅していても構わないとまで言われた。
それならば迷うこともないはずだが、孫はラジオに訊いてみることにした。
あれから一度も起動させていないラジオの電源を入れる。
前と同じ周波数1059では、ザー、ザーと砂漠の砂嵐のような音がするだけで何も言わない。
仕方なく孫は基地局を探していくと、少し下がったところで、ノイズがひどいが確かに祖父の声がした。
周波数は938だった。草葉の影から見守ってくれているのだと、やはり孫は目頭を熱くした。
「ザー……、いく…な。ザー、ザー、株……すべて……
ザー、処分……し……ろ」
それ以上は聞き取れなかった。
疑いもせず、孫はこの話を断り、当企業の持株全てを処分した。
経営状態は悲惨だった。
誰かが責任を取らざるを得ない状態で、孫に責任を押し付ける計略であった。
あわよくば、孫の資産まで赤字補填に充てようと企んでいたが、目論見が外れたことで数年後に破綻、株は紙屑になった。
孫は草葉に向かって、そっと手を合わせた。
またしばらく、孫は困ることは無かった。
しかし、そろそろ結婚をと考えたとき、とても困ったことが起きた。
悠々自適に世界を旅する孫は、恋も多かった。
中でも、2人の女性には本気で魅了され、どちらを生涯の伴侶とするか、本気で悩んでいた。
これが祖父の声を聞く最後だと思うと、とても寂しく思えた。
十数年ぶりにラジオを起動する。
前回の938からは、砂嵐のノイズ以外何も聞こえない。
孫はなんとなく理解しているように、下の数値へと基地局を探していく。
天国から草葉へ、草葉から祖父はどこへいくのだろう。
そんな考えが脳裏をよぎったとき、嫌な脂汗が額からゆっくりと滑り落ちていった。
どんどん周波数の数値は低くなり、最低の526.5のとき、誰だか聞き取れない、ノイズだらけの老人の声が聞こえてきた。
「ザー、ザー、……ダメ、ザー、リリー……、ザー
ゼッタ……、ザー、ザー、ダメ……、
ザー、エバ……シロ、……ザー、ザー、ザー」
それ以上は何も聞こえなかった。
祖父が今どこにいるのか、今どこに向かったのか、考えたく無かった。
最後まで自分の身を案じてくれた祖父を思い、目に水膜を張った。
そして、孫は三日三晩寝ずに考え、安産型の尻が魅力的なリリーと結婚することにした。
怪談?
途中までは真面目に書いてたのに、どうしてこんなことに、、、




