第二話《殺し合い》
暗い空間に一筋の光が差し込む。
俺の魔法で地面に穴を開け、下へ進んでいくとしばらく経ってやっとそれらしき場所に降りれた。
「当たりだな。地下帝国...つってもそんな数はいないか。せいぜい数百ってところか。少数種族ってのは大変だな」
暗い空間で周りを見渡すと所々に灯りが少し見える。
それでも真っ暗ほどではないが探索するのは難しそうだな。
一番デカイ魔力のヤツの所に行くか。
暗い街並み、吸血族ってのはあまり外に出るようなヤツらじゃないみたいだな、道は整理されているが歩いてる奴を見ない。
それとも俺がいるのをみんな知ってるのか?警戒して出てこない可能性もあるか...だとしたら好都合、さっさと向かうか。
地下にあってもそれは人間の町と変わらない、家があって道がきちんと整っていて、店らしきものもあって中々に生活感のある風景だった。
町の中心部の屋敷にその魔力反応があり、俺はそこに向かっている。
俺もひるみそうなほど膨大な魔力でとてもじゃないが人間が正面からコレと対峙するのがまずいことはよくわかる。
「向かうか...いや、違うな」
あの反応は見ればわかる、確実に俺に敵意を向けている。
距離は離れているが頑張れば魔法で届く距離、遠距離の魔法でなら牽制してきてもおかしくはないが、どうだろうな。
「魔法を使うか、攻撃魔法か?...っ?!まさか!」
町の中心部にあった魔力反応が消えた、それと同時にそれは気づけば真後ろにあった。
真っ赤な髪に白い肌、整った顔立ちで大人びた風貌の男。
とっさに身を翻して後ろに飛びのくが、刃物が肩を通り過ぎて血が飛び散る。
「この忙しい時に無作法な客が来たものだ。我が領域を侵すと言うのならここで葬り去るが、どのような要件か」
「俺の目的はお前だけだ。お前を殺せと命令されてるからな。悪いが手加減はできねえぞ」
魔力の強さはミーナよりも若干弱いくらいか、俺でも十分対処できる。
問題は、吸血族であり特異性が高いことだ。
どんな力を持っているかわからない以上油断もできないしいつ死ぬかもわからない。
「では、刺客の強さとはどのようなものか拝見しよう。期待はしないが」
持っている武器は両刃の長剣、魔力をまとっていて切れ味も相当なものだろうな。
だが、今のところは特異性は見当たらない上に強さも聖剣使いと比べるとどうしても見劣りする程度でとてもじゃないが人間族全体の脅威にはなり得ない。
俺のと比較すると圧倒的に相手が勝るが、それでも総力戦に持ち込めば余裕を持って殲滅できるだろう。
長剣を身軽に使いこなして速い斬撃がいくつも空中に軌跡が残る。
改変魔法で周りの物質を盾にして攻撃を防ぐが多分長くは持たない。
さすが吸血族なだけあって身体能力ばずば抜けていて、多分気を抜けば一瞬で切り刻まれる。
「それだけか?」
だが、それで俺に勝つのは到底無理だな。
俺は改変魔法で奴の腕を潰した。
正確には形質変化で腕の形を変形させて粉々に粉砕した。
「ぐっ...」
奴は腕を潰され剣を落として、もう片一方の腕で押さえる。
「一対一で俺に勝つのは無理だろうな。その状態ならなおさらだ。大人しく死ね」
魔法で俺と吸血族を包む巨大な霧が発生して奴の体が徐々に霧散していく。
改変魔法で奴の体に干渉して内部から俺の魔力が蝕み最終的に体全てが霧と化し消える。
「愚かな...なぜ早々にとどめを刺さない...。その行動は油断からか?」
「弱い奴にそれを聞く権利はねえよ。だが、遺言くらいは聞いておいてやる」
「...なぜ...なぜだ...ぐっ...!私は...ただ」
目の前の吸血族は膝を震わせ涙を流し始め、途切れ途切れに嘆きを漏らす。
「理不尽だと思うのも、俺の憎むのも勝手だ。だがな、俺はお前を殺す。それに感情の介入の余地はねえんだよ」
「...ああ、そうか。私は死ぬのか」
「ああ、そうだ」
やめてくれ、その姿を見ると、その顔を...その涙を見せるのはやめてくれ。
殺すことが正しいのか疑ってしまう、生かすことを考えてしまう。
躊躇すれば俺の方が死ぬ、お前を見逃せば俺が損害を被る。
敗者は命にすがる権利などない、そうずっと思っていたはずなのに...。
「このような敗北を喫してまで...私は生にすがるほど愚かではない。だが...どうか一つだけ願いを聞き届けてはくれないだろうか」
「願いだと?お前が俺になにかを願う権利があるとでも思ってるのか?」
「いいや、権利もなにも関係ない。貴様が聞くか聞くまいか自由だ。...私の娘を...どう...か...」
「お前、何言っ...って、もう死んでやがる」
そこには奴の姿はなく、今まで着ていた黒い式典用のような綺麗な衣服と、身につけていた両刃の長剣が無造作に地面に落ちていた。
完全な霧化、あらゆる不死性と魔法を無視して即死させる。
あいつは...一体。
それから数分後、周りの建造物から光が溢れ出し、それらを見渡すと魔力となって消えていく。
「奴が死んだら消えたか。一体どうなってるんだ?こいつらは」
娘、奴の言っていたことがもし本当なら、なにか奴の屋敷にあるのだろう。
町の中心に向かってしばらく歩き続け、屋敷に到着した。
なかは薄暗く、ランタンの蝋燭は消えかけていて所々に欠けや汚れが目立つところを見るとあまり掃除はされていないように見える。
二階に上がりいくつかの扉の一つを開けるとそこは奴の私室だろうか、棚や机に紙がいくつか散乱している。
そのうち一つを手に取ると、何やら文章が書いてあった。
『私はディーザス、この世界にとっての脅威たりうる存在である私が生きた軌跡をここに記す。私は自身がどのような存在か一切の情報が存在しない。分身体を数多く生み出し、魔法なるものも相当数扱えることは理解が及んだ。しかし、私はそれ以上でもそれ以下でもなかった。私が何を目的としているのか、何を成すために生まれたかも何もわからない。分身体はそれぞれ意思を持ち対話が可能だが有効な回答を提示することはなかった。潜在的な意思で命についてを探求していた。生き残る術、命を伸ばす術、いつしかそれは私を不死への究明へと誘っていた』
「こいつ、何やってんだ?」
書いてあることがいまいちわからない。
自分自身がどんな存在かわからなくて、最初から生き残ろうという意志だけが存在してて不死になろうと頑張っていた...ってところか?
机の紙をもう一枚とって見ると、それはさっきの続きだった。
『それからは様々な実験の連続だった。しかし、魔法を使うだけではどれもほとんど効果がない。分身体を利用し意識の移転や心的概念の研究、どれも試したが不死への手がかりなど一つも得られはしなかった。ふとした思いつきで私は自分の魔力全てを費やした分身体を作成しようとした。五年間魔力を費やし続け、自らの魔力の器である魔力器官を半分分け与えて作成した。それは私と同一の赤髪の少女で名はグリーダ。私を超える強大な魔力と奇怪な体内構造によりなんと私の求めていた不死性を持ち合わせていた。その少女の体内細胞一つ一つが生命を持ち一つでも残れば即座に全細胞が再起動され欠損部分は全て瞬時に再生してしまう。そしてさらなる異常な点として細胞一つ一つが学習能力を有し全ての細胞が魔法を学習して自身の魔力を最適に変質させる特性を持っていた。この不死性と学習能力を研究により明らかにして確かな能力として備わっていることがわかった。長年の研究の末、我が娘とも言える存在が不死だと発覚した時私は答えを見出せた気がした。この娘が本物なのだと、本当に不死を持つべきは彼女だと...そう聞こえた気がしたのだ』
文はここで終わっていた。
「奴が死んだ瞬間、ほかのやつらも光に変わったのはそういうことかよ。その娘ってやらは消えてないのかどうなのか」
気になりはするが、奴の娘ってことは俺の敵だ、見つけたら...。
『...私の娘を...どう...か...』
奴の言葉をが頭をよぎる。
殺す必要があるなら殺す...としておこう。
床に散乱している他の紙はほとんど研究資料で、見てみると人間族を優に越えるとんでもない実験を数多くしていることがわかった。
「ただ、どれもこれも不死や命に関することばかりだな。どれだけ不死にこだわってるんだ」
研究の資料や計画書を色々見てみて思ったのは、よほどの執念がなければここまでの量の実験などできるはずがないということだ。
「分身体の人格、魔力移植。それに自身を複製して自我を埋め込む実験。極めつけは全魔力を使った分身体の製作、他にも寿命を伸ばす魔法の究明。こいつは多分よほどいきたいという思いが強かったんだろうな」
正直同情する、殺したのは俺だが直接人間俗に危害を加えたわけでもその他種族を虐殺したわけでもない。
自分の分身体を多数生成して森の中で自衛しながら生きていただけなのだから。
ただ今後脅威になるかもしれないという理由だけで殺された、いや殺した。
「せめて、やつの願いの元である娘だけでも見ておくか」
仮にやつが死んでなおも生きていようとも、人間族に対して害意がなければ殺すのはよしておこう。
「恐らく、そのグリーダとやらはこの屋敷の...嫌でもわかるな。魔力の桁が違いすぎる」
場所は一階の端、階段を降りてその場所へ向かう。
その場所へ向かい、近くなるほどに魔力で体が強張る。
強い感情は感じられないただただ膨大な魔力、それなのに一瞬で圧倒的とわかってしまうほどの存在感。
上層部のやつら、俺をこの場所へ送り込んだのは英断だったかもな。
実際はこの屋敷に入った時点で魔力に気づいた、つまり何かしらの隠蔽工作がされていることは間違いない。
そして、俺がその魔力に意識を向けてはじめてその魔力の大きさがはっきりと感じ取れたことを考えると、
意識的な情報認識阻害と意識の分散させる魔道具かなにかだろうってことはわかる。
にわかには信じられないほど巨大な魔力に唾を飲み、その魔力の主がいる部屋の前にたどり着いた。
「ここか…」
そこにあるのはこじんまりとした薄汚れた扉、そしてあまり触れられていないことがわかる薄汚れた鎖と複雑な魔法陣の刻まれた南京錠で硬く閉ざされている。
(もう何年も開けられていないのか?とにかく開けないことには始まらないよな)
鎖は扉の周りの魔法陣からいくつも伸びていてそれぞれが中心の南京錠に繋げられている。
どう考えても普通に開けられるような設計じゃないと考えるとここまで埃をかぶっているのは本当に全く開けていないからなのだろう。
(とりあえず、解除するか)
少し嫌な予感がするが、まあなんとかなるだろう。
目の前の魔法陣が刻まれた南京錠に手をかざし魔力を込める。
バチバチと拒絶する反応を見せるが無理矢理魔力の物量でねじ伏せてその魔法陣の主導権を奪い取り鎖を分離させるためにさらに魔力を込める。
しばらく魔力を流し続けて南京錠の内部を操って解除して鎖を引き離して扉を閉ざすものは無くなった。
「よし、とりあえずはこれで良いな」
我ながら不用心だとは思うが、不安要素は封じ込めておくよりも今ここでなんとかした方がいい。
というより放置して帰ったら何言われるかわかったもんじゃない。
ギシッと少し軋む音を立てながらゆっくりと扉を開く。
その中はこれまた薄汚れた部屋だった。
簡易的な椅子と机、他はカーテンとタンスと本当に最低限のものだけでとても普段生活している部屋とはとても見えない。
しかし、ひとつだけ異彩を放つ物がそこにはあった。
それは大人が一人入れるくらいの大きさの黒と赤を基調とした美しい模様の入った棺だった。
「なんだ…これ?」
無意識に声が漏れた。
そして、俺がこの棺に目を引いた理由はもう一つある、それはあの巨大な魔力の主がこの中にいるということなのだ。
明らかに普通じゃない、扉を開けた瞬間襲われることを覚悟していたが、俺の予想が正しければ当初の予定よりもかなり面倒になることが、否、とてもじゃないが人間族がまともに対抗できるか怪しくなってしまった。
奴が研究していた資料や手記がなんの誤りもないということが確定してしまったかもしれない。
そうなれば、俺や他の化け物以上の魔力を持った完全な不死を相手取らなくてはいけないということ。
そしてもう一つ取り返しのつかないことになった。
おそらく、あの厳重な鍵はこの化け物を封印するためのものなのだろうが、俺がそれを解除してしまったことによって今、目が覚めてしまったということ。
段々と眠っていて沈静化していた魔力が活性化していくのがわかる。
「チッ!」
魔力を高めて咄嗟に俺は戦闘態勢をとった。
そうしなければ死ぬ、いや、そうしても死ぬかもしれないと俺の本能が告げていた。
嫌な汗が身体中から伝い、どんどん頭が回らなくなる。
死の直前というのは意外と唐突にやってくる物なのだといま実感した。
そうこうしているうちに棺の蓋がゆっくりと開き、不死の化け物がその姿を表した。
赤い髪、真っ赤な瞳、まだ12程にも満たない外見の可憐で儚い少女だった。
そして、その少女は口を開いた。
「あなたは、誰?」
それが、この世界を大きく揺るがす出会いだった。