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朝食を終え、次に向かうのは冒険者ギルド……じゃなくて、宿の受付カウンター。
「それじゃ、今日も宿泊するから部屋の確保よろしく」
受付カウンターに居たアナちゃんに、俺はそう告げる。
ついでに今日の宿代の銀貨六枚を、懐から取り出した硬貨入れの中から取り出して受付カウンターに置く。
アナちゃんは銀貨を受け取らずに言う。
「旅立たないんですか?」
「おっと、もしかして遠回しに出ていけと?」
「そんなまさか。宿屋に勤める者としての常套句の一つですよ」
「旅立たせる事が常套句なの? でも残念。ここ、居心地いいからね。当分は出て行くつもりはないよ。いや、寧ろこれは誇ってもいい事じゃない? これでも俺、こだわりが強いほうだから。滅多に褒めないよ?」
「……(チッ)」
舌打ちは相手に見えないところでやったほうがいいと思うよ?
たくましいなぁ、アナちゃんは。
アナちゃんが銀貨を受け取ったので、宿帳に俺の名前を書く。
ア・ク・ニ・ン……と。
「出来れば偽名はやめて欲しいのですが?」
「偽名じゃないよ」
「……どう考えても偽名です」
「いやでも、これで泊まれるし」
今更じゃない?
「確かにそれで泊めていますけど……まあ、別に興味ないのでいいです」
「もう少し興味を持とうよ。アクニンと名乗るのが宿泊するとか、事件の臭いがすると思うんだけど?」
「事件……起こすんですか?」
「自分から起こす気はないね。それにこれ以外の名を名乗るつもりはないし。冒険者カードもこれだよ?」
「自らそう名乗る意味がわかりません。馬鹿なんですか?」
「それなりにかしこいとは思うけど?」
「それは自己診断ですか?」
「自己診断だね」
苦笑を浮かべるアナちゃんの表情から、何を言いたいのか伝わってきそうな気がする。
馬鹿だ、て思っているのは間違いない。
アナちゃんは、もう少し感情を隠すということを覚えたほうがいいと思うな。
なんだったら、俺がそこら辺を指導してもいい。
もちろん代金はもらうけど。
どれくらいが相場だろうか。
……面倒だから、受講一回、宿一泊分にするか。
わかりやすい。
それで、色々引き延ばして回数を増やして……継続的に無料で泊まる、と。
俺は宿代が浮いて、アナちゃんはポーカーフェイスを学べる。
どっちも得をする、いい考えだ。
「アクニンさん。変なことを考えていませんか?」
「まさか。それよりアナちゃん。お互いに得をするいい話があるんだけど、どう?」
「結構です。絶対ろくな話ではないですし」
「そんなこと言わずに。何しろ、俺が考えた話だよ?」
「その自信はどこからくるんですか? 増々怪しい話としか思えませんので結構です」
アナちゃんが心底嫌そうな表情を浮かべる。
「その表情……お客に向けていい表情じゃないよね?」
「アクニンさん用ですので問題ありません」
「つまり、俺は特別って事か」
「そうですね」
「……返事、軽くない?」
そんな感じでアナちゃんを相手に時間を潰していると、漸くセイギちゃんがこの場に姿を現す。
食堂で会った時とは違って、今は鞘付きのベルトを腰から提げている。
鞘には長剣が納められ、あとはベルトに付随している小さな丸盾があるぐらいか。
そんなセイギちゃんに向けて一言。
「遅い」
「そんなに時間経っていないですよね!」
「いいか? セイギちゃんはそんなに時間は経っていないと言うが、その間に俺とアナちゃんの仲はかなり進展したのは間違いない。ねっ?」
「………………」
おっと、アナちゃんの冷たい視線を頂きました。
「………………そんな風には見えませんけど?」
セイギちゃんからも冷たい視線を頂きました。
うーん。間違った事を言ったつもりはないのだが。
世の中はままならない、という事か。
セイギちゃんが俺と同じく宿を取るのを見届けたあと、冒険者ギルドに向かった。
―――
宿屋・ファミリアの前にある、石畳で舗装された大通りを歩き進む。
「あっ、いい匂いがするな。あそこか?」
パン屋から焼き立てパンの匂いが漂っている。
どうやら、これから販売する分を焼いているようだ。
パン屋の前で足をとめ、セイギちゃんに向かって手のひらを見せる。
「……一応確認のために聞きますけど、その手はなんですか?」
「奢って」
「奢りません。それに、さっきご飯食べたばっかりじゃないですか」
「それは朝ご飯。今はもう昼に近いから、昼ご飯の時間」
片手ではご不満のようなので、両手のひらを見せる。
「両手でしたって変わりませんよ」
「そうなの?」
「そうです! 欲しいなら自分の金で買ってください」
「えぇ~。そりゃないよ、セイギちゃん。それにわかっていないよ、セイギちゃん」
「何がわかっていないっていうんですか?」
「奢ってもらう飯は美味い! もちろん、見返りなしで」
ビシッ! と決めて告げる。
セイギちゃんが、何言ってんだ、コイツ……みたいな目を俺に向けてくる。
「そういう目は、人に向けちゃいけないと思う」
「堂々と、見返りなし宣言で奢ってもらうのはいいんですか?」
「いいんじゃない」
「なら、今度、私に奢ってくださいよ、アクニンさん。もちろん、見返りはなしで」
「やだ。なんで俺が奢らないといけないの? そんなことするわけないでしょ」
おや? さっきよりも冷たい目で俺を見始めたな。
「だからセイギちゃん。そういう目は、人に向けちゃいけないよ」
「向けさせているアクニンさんが悪いと思うんですが?」
「え? 俺に悪いところなんてないよ」
「……どれだけ自信満々なんですか」
冷たい、というよりは呆れた感じの目になった。
まあどっちでもいいが、とりあえず奢ってはくれなさそうだ。
パンは諦めて、冒険者ギルドに向かう。
大通りを進むこと……数分。
四階建ての大きな建物……冒険者ギルドが見えてきた。
もう既に何度も行っているので内部は理解している。
一階が受付と依頼が張り出されているボードに軽食屋、二階が資料室や個室、三階と四階は関係者以外立ち入り禁止。
まっ、目的地は一階だから、二階より上は関係ない。
「まともな依頼が残っているといいですね、アクニンさん」
セイギちゃんの言葉に、俺は意味がわからないと小首を傾げる。
「何を言ってんの、セイギちゃん。実入りがよければ内容なんてどうだっていいんだよ。まともなのは大抵適正な報酬だから、実入りが少ないんだよね。その点、危なそうなのはその分稼げる。依頼なんてそれだけで判断すればいいんだよ」
「……でも、高いのはそれだけ危険って事ですよ?」
俺は露骨に溜息を吐き、小馬鹿にするような目でセイギちゃんを見る。
「わかっていない……わかっていないよ、セイギちゃん」
「何がですか? というか、その目やめてくれます? 斬りたくなりますので」
「俺たちの職業はなんだい?」
「……今は冒険者ですけど」
「そう! 冒険者!」
バッ! と両腕を空に向かって広げる。
「その名の通り、冒険しないと!」
「………………」
「………………」
「………………お金を稼ぎたいだけですよね?」
「そんなの当たり前だろ」
寧ろ、それ以外に何がある。ある訳がない。
しかし、それで納得しないからこそ、セイギちゃんである。
「いいですか、アクニンさん。依頼の一件一件それぞれに意味はあるのです。つまり、たとえ報酬が少なくても、それが世のため人のためになるのなら、率先して受けるべきという事です」
うえ~……と舌を出す。
「そういうの、俺はいいや。セイギちゃんに任せる。というか、そもそも一緒に受けなくてもよくない?」
「駄目です! できるだけ行動を共にしないと、アクニンさんを更生できません!」
「別に俺、更生したいなんて思ってないし、必要ないと思っているんだけど。今の自分、好きだし」
「大丈夫です。更生すれば、もっと自分の事が好きになりますから!」
……なるか?
かなり疑問に思いつつ、冒険者ギルド内に入る。




