エピローグ 1
瞬眠香の眠りから目覚めたエイリールは、直ぐに眠る直前までの出来事を思い出す。
立ち上がり、周囲を見渡し、今居る場所は室内だという事だけは直ぐに判断した。
船が用意されていた事から、船室では? と推測を立てるが、床が揺れていない事を確認すると困惑した。
エイリールが困惑した理由は二つ。
まず一つは、瞬眠香の特性。
直ぐ眠らせる分、睡眠時間が短いという事。
もう一つが、睡眠時間が短いという事は、時間的にはまだ大河を渡っている最中のはずだという事。
つまり、大河を渡っている船の中に居るはずなのに、床が揺れていないのである。
どういう事だろう? と考えようとした時に、更なる違和感を覚えた。
縛られていたはずなのに、今はそのような形跡が一切なく、自由の身であるという事。
「これは、一体……」
何かが起こった事を確信したエイリールは、部屋の中を確認。
ベッドが二つあり、一つがは自分が寝ていた方。
もう一つには、バーネットが未だ眠り続けている。
エイリールはどうするべきか悩むが、行動を起こす事を選択した。
そのために、まずはバーネットを起こす。
バーネットも縛られておらず、既に自由の身であった。
「起きて、バーネット」
「うぅ~ん……エイリール様ぁ~……」
「……駄目ね。ぐっすり眠っておきそうにない」
声かけだけではなく、体を揺すってみるが、やはりバーネットは起きない。
思いのほか瞬眠香の効果が強く効いているのかもしれないと判断して、エイリールは現状の把握を先に済ませる事にした。
部屋を出て、狭苦しい通路を慎重に進んで外に出る。
確かに、エイリールが居たのは船の中だった。
ただ、出航はしていない船。
エイリールとバーネットが乗せられた時から、全く動いていなかった。
それと視界に映るのは、自分を攫ったグロウリア国の騎士団長と騎士たちと、共犯であるフィルフィート国の騎士団長と騎士たちの死体。
仲間割れを起こして相討ちになった? とエイリールが思った時、倉庫内にどこからともなく声が響く。
「……漸くお目覚めか」
エイリールは内心で驚きつつも、表情には表さない。
声の出所を探るが、エイリールは見つけられなかった。
せいぜいわかったのは、男性の声であるという事と、騎士たちが死に、自分たちの縄を解いた人物だろうという事だけ。
「……どなたかお聞きしても?」
「知る必要はない。借りを返しただけだ」
「……借り?」
その問いに、答えは返ってこなかった。
静かな時が流れ、エイリールがもう一度声をかけようとした時、後方から物音が響く。
「エイリール様。これは一体?」
「……バーネット」
後方確認し、バーネットの姿を見て安堵の息を吐くエイリール。
声をかけてきた者の存在はもう感じ取れなかった。
―――
フォードの町とギアの町。二つの町に同時に起こった魔物大侵攻は終息した。
双方共に終息の報が届けられ、町に残った者たち、生き残った者たちは喜びに沸き、至るところで歓声や雄叫びが轟く。
ローレンも内心ではそう感じているのだが、それが表に出てはいない。
寧ろ、終息した事による安堵の方が大きく、心を落ち着かせるように息を吐く。
そこで思うのはエイリール……次いで、今回の事態において、最も活躍し、称賛されるべき人物である少女の事。
個人として、王子として、国として、英雄と呼称されてもおかしくない少女の姿を探す。
とある者にとって、正に、この瞬間が、絶好の機会であった。
魔物大侵攻という最大級の緊張感によって張り詰められた神経が、終息という奇跡のような結果で終わった事で一気に緩む。
また、注意が周囲に向けられ、特定の人物を捜すという事は、それ以外に向けられる注意力が落ちるという事だ。
激しい戦闘後の体力が大きく落ちている今なら、その注意力は更に落ちるだろう。
とある者は、その絶好の機会を逃さなかった。
先ほどまで魔物と相対していたために抜かれていた剣を握り締め、他の者たちから注意を向けられないようにほんの少しだけローレンに近付く。
上手く立ち回ってローレンの背後。
その理由は単純明快。
そのとある人物が、この状況で共に戦った騎士だったからだ。
その騎士が最後の一歩を強く踏み抜くと同時に飛び出し、抜き身の剣を振るう。
狙いはローレンの首。
ローレンも反応するが、出遅れた反応であるために対処は間に合わない。
だが、振るわれた剣がローレンの首を斬る事はなかった。
その前に、別の――綺麗な装飾が施された剣でとめられる。
その件の持ち主が誰なのか、この場に居る者なら誰もが知っていた。
つい先ほど見惚れたのだから、知らない訳がない。
ローレンを狙った剣を両者の間に分け入ってとめたのは、金髪ポニーテールの少女。
「あっぶな! まさか本当に、アクニンさんが言っている通りになるなんて」
狙いすましたかのように現れた少女に驚くローレンと騎士。
驚きは、騎士の方が大きかった。
誰も自分に注意を向けていない状況で振るった剣をとめられたのだ。
騎士にとって、まさか! という状況に体が硬直する。
少女の前で、それは致命的な隙であった。
絡め取るように剣を動かして騎士の剣を折り、そのまま流れるような体捌きで騎士を地面に倒し、関節を極めている身動きを封じる。
「とったー!」
少女の叫びで、周囲の者たちが状況に気付く。
何事かと騒がしくなっていく中、ローレンは正しく認識していた。
自分の命が狙われたという事を。
ローレンは、まず少女に声をかける。
「二度も助けていただき、ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。自分に出来る事を行っただけですから」
ローレンと少女は笑みを浮かべ合う。
「それで、この人……暗殺者でいいのかな? は、どうしましょうか?」
「引き渡していただけるのですか?」
「こちらに渡されても困ります」
「ですよね。もちろん、こちらでお預かりします。お願い出来ますか?」
ローレンが近くに居る騎士たちに声をかければ、かしこまりましたと少女から暗殺者を受け取り、縛り上げていく。
少女は、これでやる事は終わった、と額の汗を腕で拭う。
ローレンとしては、何故自分の命を狙ったのか、暗殺者からその辺りの事を詳しく聞きたかったが、その前にエイリールの無事かどうか、二つの町の被害確認や戦後処理、近隣の協力を申し出てくれた町や村に報告、既に脱出した者たちの呼び戻しなど、やるべき事が積み重なっていた。
どこから手を付けるべきか、ローレンが今後の行動を組み立てていると、この場にエイリールとバーネットが現れる。
「エイリール!」
「ローレン!」
まずは互いの無事を喜び合う二人。
その光景に、少女やバーネットも含めて、この場に居る誰しもが喜びの笑みを浮かべた。
だが、エイリールは直ぐに表情を引き締め、誰にも聞かれぬように小声でローレンに話しかける。
「ローレン。早急に話しておきたい事柄があります。それも、出来るだけ誰にも聞かれぬように」
エイリールの表情から、ローレンは只事ではない事を悟る。
早急に場が用意され、エイリールとバーネットから両国の騎士団長による王女誘拐事件、同時にその犯人たちが既に死亡している事を聞かされたローレンは、折角組み立てた今後の行動を一から考え直すはめになった。
――数日後、少女の姿は、フォードの町から消えていた。




