別章 アクニン 2
「正義の味方?」
バリッシュがそう呟く。
その表情は、それを本当に信じているのか? とアクニンに問うようなモノだ。
一方、バリッシュと同じくその言葉を聞いていたディザインは大笑いだ。
「あはははははっ! 馬鹿だ! 馬鹿が居るぞ! そんなモノを信じているのか? お前」
「まあ、実際に居るからな」
「居るってんなら、ここに連れてこいよ」
「それは無理だ。多分、忙しいだろうからな」
そう言ってアクニンが立てた親指で指し示すのは、町の外。
「それに、どうせこのあとお前たちは死ぬんだから、呼んでも会えねぇよ」
「お前がなっ!」
アクニンに向けてディザインが襲いかかる。
既に抜いている剣を横薙ぎに振るう。
本人からすれば意表を突いたような形を取ったつもりかもしれないが、アクニンはなんでもないように魔力剣で受けとめた。
「あれ? もしかして、今の奇襲のつもり?」
「いいや、ふるいにかけただけだ。私の相手が務まるかどうかの、な」
ディザインは直ぐに剣を回して逆側から斬りつけるが、これもアクニンは難なく防ぐ。
そうして、ディザインが剣を振り回して攻勢に移り、アクニンがその全てを防ぐ守勢に専念する。
その最中に、ディザインは気付いた。
足を狙った剣が回避された時に見えたのだ。
ディザインはアクニンから距離を取り、表情に少しだけ怒りを露わにする。
「……それは一体なんのつもりだ?」
「なんの事だ?」
「そのブーツだ。どうして片方紐が解けている?」
「今頃かよ。ほんと、節穴だな。まあ、気にすんなよ。元からだ。それとも、気に障るのか?」
「そうだな。舐められているようで気に食わない。それに、お前も死んだ理由が靴紐を結んでいなかったからってのは、締まらないだろう?」
ディザインが挑発的な笑みを浮かべ、アクニンは小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「そんな心配は必要ないだろう? 死ぬのは、お前の方なんだから。ああ、それと。この靴紐はこのままでいい。なんだったら、もう片方の紐も解こうか? どうも、やり合った感じだと、それでも充分戦えそうだからな」
「……調子に乗るな! グロウリア国の騎士団長である私を舐めた事を後悔するがいい!」
「彼我の力量も測れないやつが騎士団長とか、終わってんな」
再び始まる攻防。
先ほどまでと同じく、アクニンは守勢、ディザインは攻勢のまま。
けれど、明確に違う部分もある。
ディザインの攻勢の速度や威力が大きく上昇している事だ。
より本気になった、という事だ。
しかし、それでもアクニンは問題なく全てを適切に対処し、かすりもさせない。
明確な力量差が表れていた。
当事者であるディザインもその差を感じてしまい、一国の騎士団長としてのブライドが傷付けられてしまう。
こんな名も知らぬようなヤツに、と。
その思考は無意識の内に余分な力を体に与え、ディザイン本人も気付かぬ内に、振るう剣が大振りになっていく。
アクニンはその隙を見逃さない。
ディザインの振るわれる剣を、体を引いてかわして一気に前へ。
焦るディザインは力任せに剣を切り返して振るうが、アクニンは深く沈み込ませるように体を前傾に倒してかわす。
空を斬るディザインの剣。
だが、アクニンの行動は終わっていない。
大きく前に踏み出す事で倒れず、そのまま体を回しながらディザインの脇を抜けて後方へ。
ディザインが振り返る前に、後方に移動したアクニンは魔力剣を回しながらバックステップ。
魔力剣を逆手に持ち、ディザインの胸部を背後から貫く。
「なっ! ……ば……こ……」
ディザインは、馬鹿な。これで、と言いたかったのだが、まともに発する事が出来ないまま死亡し、アクニンが魔力剣を引き抜けば、糸の切れた操り人形のように倒れた。
アクニンが魔力剣を回して正しく持つと、バリッシュがお疲れ様とでもいうように拍手を送る。
そんなバリッシュに対して、アクニンは呆れ顔を浮かべた。
「仲間がやられて拍手とか、頭おかしいじゃないか? お前」
「いや、私にとって都合がよかったからな。何しろ、そいつの役目はここに王女を連れてくる事で、正直なところ、それ以上関与されるのは邪魔でしかなかったからな」
「な~る。元から殺すつもりだった訳か。たとえば、船に乗ってからとか? 死体はそのまま大河に捨ててしまえば見つからないだろうし。騎士団長のくせに、悪いヤツだねぇ」
「ふっ……秘密を知る者は少ない方がいいからな」
バリッシュが剣先をアクニンに向ける。
「ああ、俺もその対象か。でもまあ、それは俺も同意見だし、こっちもお前を生かす理由はねぇな」
アクニンが剣先をバリッシュに向けて構えを取ると、バリッシュもそのまま構えを取る。
僅かな呼吸の間を置き、先に動いたのはバリッシュ。
弾丸のように前に飛び出し、アクニンに襲いかかった。
アクニンはバリッシュの振るう剣を防ぎながら下がり続け、バリッシュは剣を振るいながらアクニンのあとを追い続ける。
先ほどのディザインとは違い、バリッシュは最初から本気を出していた。
速度、威力など、全てがディザインの上をいく攻勢で、一気に決めにきたのだ。
だがそれでも、アクニンはなんでもないようにかわし、防いでいく。
ある程度下がったアクニンは足をとめ、バリッシュの剣を受けとめると、そこを軸にして体を捻って受け流す。
バランスを崩されたバリッシュはたたらを踏むが、直ぐに体勢を立て直してアクニンの方を向く。
ただその表情は怒りに満ちていた。
一気に決めにいって決められなかったというのもあるが、アクニンに軽くあしらわられているのを感じ取ったからだ。
だが、ここで怒りのままに動けば先ほどのディザインと同じだと意識して、バリッシュは怒りを鎮めるように大きく息を吐く。
それでも結果は変わらない、とアクニンは笑みを浮かべる。
立ち位置を変えただけの、同じ攻防が繰り返された。
アクニンは後ろに下がり、バリッシュは前に出る。
先ほどよりも勢いが増し、この攻防は倉庫の中に入るまで続く。
倉庫に入った瞬間、日陰と相まって差し込む陽の光に、アクニンは目を細めた。
その隙を、バリッシュは見逃さなかった。
剣を下段から大きく振るい上げて防ぐ魔力剣を弾き、勢いそのままに腕を一回転させ、剣を振るうのではなく突く。
狙いはもちろん、アクニン。
突き迫る剣先を前にアクニンは笑みを浮かべ、体を捻るように回転して回避する。
また、位置が悪かった。いや、アクニンにとっては狙い通りだった。
突き出された剣は空を突き、そのままアクニンの後方にあった船に突き刺さる。
その威力を表すように剣は船体に深々と突き刺さり、容易に抜く事ができなくなった。
「しまっ」
「あ~あ、折角用意した船に穴を開けちゃ駄目でしょ。まあ、もうお前には必要ないんだけどな」
アクニンが下から魔力剣を振り上げて、突き刺さった剣を抜こうとしているバリッシュの両腕を斬り飛ばし、流れるようにその場で一回転して勢いを乗せ、バリッシュの胴を薙で斬る。
バリッシュは大きく目を見開いたまま死亡し、切り離された上半身と下半身はその場に崩れ落ち、鎧と床が激しくぶつかって鈍い金属音を倉庫内に響かせた。
アクニンが魔力剣に魔力を流すのをやめれば刃は消失し、付着していた血が床に落ちる。
「まっ、騎士団長とはいっても、所詮は名が知れ渡っていない程度の騎士団長って事か」
なんの感慨もなく、アクニンはそう呟いて船に乗り込む。
船の中に騎士が残っていたが、アクニンの敵ではなかった。




