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別章 セイギ

 フォードの町とギアの町。

 二つの町で繰り広げられている、魔物大侵攻スタンピードに対する、時間稼ぎの防衛戦。


 その一方。フォードの町。

 玄関口の広場での戦いは既に激戦となり、限界は近い。物だけでなく、人も。


 防衛戦に参加している騎士、冒険者、住民。

 誰しもが疲弊し、いつ限界がきてもおかしくない状況だった。


 通常ではありえない状況故に、消耗具合が加速度的に早くなったのだ。

 フィルフィート国の王子ローレン主動の指揮がなければ、もっと早くに終わっていたかもしれない。


 逆に言えば、ローレンが居たからこそ、ここまでもったとも言える。

 だが遂に、とうとうその時がきた。


 予想よりも早かったのか、それとも遅かったのかはわからない。

 先に限界がきたのは、物の方。


 魔物の侵攻を防いでいた鉄の門が耐え切れなくなり、裂かれるように砕けた。

 鉄の門がなくなった事により、魔物の侵攻をとめる物がなくなり、町の中へと一気になだれ込んでくる。


 また、この時、誰しもが視線を向ける相手が居た。

 ローレンである。


 鉄の門が砕けた時、最も近い場所に居たのが、ローレンだったのだ。

 倒した魔物の運搬を指揮していたのである。


 運悪く、と言ってしまえばそれまでだが、なだれ込んでくる魔物の狙いはローレンに向けられた。


 ローレンは咄嗟に構えようとするが、場所が悪く、まだ運ばれていない魔物の死体に足をとられ、体勢を崩してしまう。


「しまっ」


 生まれてしまった隙を突くように、ローレンに襲いかかるのは腕が六本ある大熊。

 獰猛な表情を浮かべ、分厚い六本の手から生えている鋭い爪が、ローレンを引き裂こうと力強く振るわれる。


 六本の内の一本が、ローレンの顔面を引き裂こうとした、瞬間――。


「やあああああっ!」


 玄関口の広場内に響く気合の入ったかけ声と共に、一つの影が空から舞い降りてくる。

 その影は人型で、その手には陽の光に照らされて輝く物を持っていた。


 輝きが大熊に向けて振り下ろされると、熱したナイフでバターを切るように、大熊は両断される。

 同時に、その影はローレンの目の前に着地し、立ち上がった。


 その姿を見た者たちは、目を疑う。

 何故なら、それは輝く金髪のポニーテールがたなびく、少女だったからだ。


 その手には綺麗な装飾が施された剣が握られ、陽の光に照らされて輝いていた。


「遅れてごめんなさい。思いのほか、ギアの町の方がてこずって。でも、もう向こうは大丈夫です。あとはこちらだけなので、一気にいきます!」


 少女が剣を構え、なだれ込んできている魔物に向けて駆ける。

 ローレンは声をかける間もなかった。


 そのような間すら与えられないくらいに、少女の動きは速かった。

 いや、速過ぎた。


 誰の目も追えず、閃光のような軌跡を残して、少女は一瞬でなだれ込んでいる魔物の前へ。

 少女が剣を振るえば、目に見えるのは、陽の光に反射してキラキラと輝く振った結果の軌跡のみ。


 少女が斬ったのは、魔物の足。

 魔物の群れの中を高速で突っ切りながら、魔物の足を次々と斬っていく。


 旋風のように少女が魔物の群れの中を駆け抜けると、足を斬られた魔物は倒れていく。

 それで終わっていた。


 少女による追撃は一切なく、倒れただけ。起き上がれないだけ。

 動揺と痛みで暴れはするものの、それしか行えなかった。


 既に少女は魔物の足を斬りながら、奥に奥にと……門をくぐって町の外に向かっている。

 変わらず、魔物にトドメを刺さずに。


 いや、少女がトドメを刺す必要はないのだ。

 何故なら。


「総員! 動きをとめるな! あの少女だけに全てを任せるのか! 続け! 続け! 騎士、冒険者、町民など関係ない! フィルフィート国に住まう者の気骨を示すのだ!」

『ウオオオオオッ!』


 ローレンの檄が飛び、その指揮の下でこの場に居る者たちが攻勢に移り、倒れた魔物にトドメを刺しながら前へ出たからだ。

 残る力の全てを出しきったこの行動は、勢いを生む。


 避難が済んでいないため、後ろに下がるという選択はなく、元より鉄の門が壊れた以上、大きく取れる行動は前に出るか、ここに留まるかのどちらかしかないのだ。

 何より、少女一人に全てを任せていい、と考えるような者は居なかった。


 少女の速度とこの勢いが加わる事で、魔物が町の中に入るよりも、倒されていく数の方が増えていく。


 それは、玄関口の広場での戦いが、町の外に移る事になった。


「門を中心に半円の防御陣形を主体に! それと前に出過ぎないように!」


 町の外に出たからこそ、ローレンたちは理解した。

 否応なしに理解させられてしまう。


 まだまだ、魔物の数は多いという事を。

 多くの魔物が重なり過ぎて、地上では地平線が全く見えないくらいだ。


 走った動揺を抑える時間を作る意味も込めて、ローレンは町の入口を出て直ぐに防御主体の指示を出した。

 少女もその動きに合わせるように、一人突出するのではなく、半円の外側を駆け始める。


 合わせて、外壁の上に居る者たちも、半円の防御陣形を取った者たちを守るように矢と魔法を放ち始めた。


 矢がなくなった者、魔力がなくなった者は石を投擲している。

 ないよりはマシ、という程度だ。


 だが、ローレンも含めて、フィルフィート国の者たちは理解していた。

 この攻防は、そう長くは続かないだろう、と。

 しかも終わりは、自分たちの敗北だろう、と。


 何故なら、少女の速度は依然として変わらないが、体力が落ちれば速度落ちるのは当然の事。

 それがいつまで続くかであり、その前に自分たちの方が瓦解するだろうという事がわかりきっていたからだ。


 あとはもう、どれだけもつか。

 この場で戦っているフィルフィート国の者たちが決死の覚悟を固めた時、そんな覚悟は必要ないとでも言うように、少女が叫ぶ。


「諦めないで! 希望の灯はまだ残されているから!」


 少女はフィルフィート国の者たちを見ていない。

 だが、感じ取ったのだろう。


 少女の鼓舞に、フィルフィート国の者たちは奮い立つ。

 生き残る事を最後まで諦めない姿勢を見せる。

 少女の言う、希望を信じて。


 研ぎ澄まされた集中力は時間の概念を忘れさせ、当事者たちからすればどれだけ時間が経過したかはわからない。

 直ぐ、だったのか、それなりに、だったのか。


 しかし、確かな事として、フィルフィート国の者たちは瓦解しないまま、その時を迎える。

 少女の言う、希望の訪れを。


「あれはっ!」


 最初に気付いたのは、外壁の上に居た者たちの一人。

 矢もなくなり、投げる石を探している時だった。


 外壁という高所だからこそ、魔物の群れに邪魔される事なく、遠くを見る事ができたのだ。

 遠くからこちらに向けて駆けてくる集団を。


「戻ってきた……戻ってきたんだ……」


 それは、冒険者の集団。

 盗賊団退治に行っていて、まだ戻ってくる予定ではなかったはずの、高ランク冒険者たち。


「どうして今は……い、いや、そんな関係ない! おお~い! 皆! もうひと踏ん張りだ! 戻ってきた! 戻ってきたぞ! 高ランク冒険者たちが!」


 この場に居る者たち全員に聞こえるように大声で叫び、その叫びは確かに届く。

 呼応するように、この場に居る者たちの体に活力が蘇り漲る。


 そこから先の展開は早かった。

 何しろ、戦っている者たちは、高ランク冒険者たちが来るまで耐えればいいだけなのだ。


 実際、高ランク冒険者たちの力は凄まじかった。

 魔物の群れに向かって突撃し、あっという間に次々と魔物を倒していく。


 魔物の群れの中に、強い個体が数える程度しか居なかったという事も関係しているだろう。

 高ランク冒険者たちの殲滅力は凄まじく、これで天秤の傾きは完全に逆転した。


 魔物の群れの中に、命の危機を感じ取ったモノが逃げ出し始める。

 そこまできて、少女は漸く速度を緩めていき、最後には足をとめて魔物を斬っていく。


 少女の姿が見えるようになったフィルフィート国の者たちは、チラチラと視線を向けるようになる。

 見えるのは、戦っている少女の背中。


 その背中を見た者は、胸中にある思いを抱く。


 ――あの少女が居なければ、自分たちは今こうして生きていなかった。


 思いは一つの単語を形作る。


 ――あの少女こそ救世主……勇者である、と。


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