別章 アクニン 1
アクニンの返答を受けて、集まった騎士たちが腰に提げている剣を抜き、その切っ先をアクニンに向ける。
警戒色を露わにしつつも即座に襲いかからなかったのは、ただ単にバリッシュとディザインから許可が出なかったというだけ。
騎士として、騎士団長からの号令を待っている状態なのだ。
その様子を見て、アクニンは笑う。
「はっはっ! おいおい。こんな事をしでかしておいて、ただ待つだけって。小悪党が未だに騎士のつもりかよ。問答無用で襲いかかってくりゃいいものを。お利口なこって……いや、この場合は、逆に馬鹿なだけだな」
「いきなり随分な言いようだが、私たちは騎士だ。民を守るために存在しているのであって、傷つけるような存在ではない。問答無用で襲いかかるなど、ありえない」
答えたのはバリッシュ。
取り繕うように笑みを浮かべている。
だが、アクニンは鼻で笑う。
「はっ! 民を守る、ね。なら、その騎士様が、こんな場所で何を? 守るってんなら、今は門のところで魔物相手に戦っていないと駄目だろ」
「避難のための船を探していたのだ。必要だろう?」
「で、見つけた訳だ」
バリッシュをからかうように、アクニンは笑みを浮かべる。
「なら、俺もその船に乗せてくれよ」
「それは……」
「なんだ? 乗せられない理由でもあるのか? たとえば、そこに居ると知られちゃいけない人物が既に乗っているとか?」
バリッシュの笑みが引っ込み、アクニンに向けて冷徹な視線を向けるが、その視線は直ぐに隣に居るディザインに向けられる。
「あいつの態度には確信がある。……どうやら見られていたようだな」
「おいおい、こっちを疑うのか? だが、それはない。細心の注意を払ってここまで来た。絶対に見られていないと断言できる」
「なら何故、身形から察するに冒険者か盗賊が、ここにこうして居るのだ?」
「さあな。けど、関係なくないか? どうせ殺す事に変わりはない」
アクニンが肩をすくめる。
「やれやれ。騎士の、それこそ騎士団長がこの状況で言っていいセリフじゃないな。いやいや、本当に悪党だね、あんたたち」
楽しそうに、アクニンはバリッシュとディザインを指差す。
バリッシュは表面上冷静そのものだったが、ディザインは苛立ちを露わにする。
「……殺す前に一応聞いておいてやる。仲間はどこに居る?」
「は? 俺の他に誰か居るように見えるとか、その目は節穴なのか? それとも俺に怖気ついちゃった? 騎士団長っつっても、案外大した事ないんだな」
我慢の限界にきたのか、ディザインは額に青筋を浮かべ、バリッシュに問う。
「……殺していいな?」
「それは構わないが……冒険者だった場合、冒険者ギルドに出てこられると面倒だ」
「わかっている。魔物にやられたように偽装して、大河にでも放り込んでおく。それならもし死体が見つかっても問題ないだろ?」
それで充分だと、バリッシュが手を小さく上げると、部下であるフィルフィート国の騎士たちがアクニンを取り囲むようにゆっくりと前へ。
それはグロウリア国側の騎士たちも同様で、ディザインが小さく手を上げ、前へ。
騎士たちに囲まれながら、それでもアクニンは笑みを消さない。
自身を取り囲む騎士たちに向けて言う。
「ほんと、可哀想になあ。こんなヤツらに従わなきゃ」
腰から提げている鞘から金属の棒を抜き、魔力を流す。
「こんなところで、無様に死ぬ事はなかったのに、な」
魔力に反応して、金属の棒の先端にパチッと火花が走り、「フィン」という音と共に紫色の半透明な刃が形成される。
「なっ! なんだそれは!」
「聞いた覚えがある! 確か、帝国で開発中の武器だ」
アクニンが持つ武器を見て、騎士たちだけではなく、ディザインとバリッシュにも動揺が走る。
その隙を見逃すアクニンではなかった。
「おいおい、もう前口上は終わって、殺し合いは始まっているってのに」
一気に前に出たアクニンは騎士の一人の肩を掴み、刃で胸を貫く。
何が起こったのか把握出来ないまま、その騎士は絶命した。
「そんな悠長な事じゃ、こんな風に簡単に死んじまうぜ。ああ、そういえば、問答無用はできないんだったな」
「「「あああああっ! 貴様ぁ!」」」
仲間が殺され、激昂した騎士たちがアクニンに襲いかかる。
アクニンは刺した刃を即座に抜き、騎士が振るう剣を防いでいく。
踊るような体捌きと、巧みに振るわれる刃によって、騎士たちが振るう剣はアクニンにかすりもしない。
身体能力だけではなく、剣の技量にも、隔絶した差が存在している。
だからこそ、アクニンは騎士たちが振るう剣をかわし、防ぎつつも、反撃に出ていた。
狙いすましたかのように、アクニンが攻撃の意志を持って刃を振るえば、騎士たちを次々と斬り殺していく。
ディザインとバリッシュは戦いに参加せず、様子を眺めていた。
「……あれはどういう武器なんだ?」
「聞いた話なので詳しい部分まではわからん。ただ、なんでも、魔力で刃を生成し、流す量で硬度も変化するそうだ。『魔力剣』と呼称されていたな」
「なるほどな。だから騎士が使う剣も受けとめる事が出来ている訳か。充分使えているように見えるが、まだ開発中なのか?」
「なんだ? 気に入ったのか?」
「面白い武器だからな。持っていても損はない」
「確かに隠し玉としてはいいかもしれないが、まだ見過ごせない欠点がある。大きな欠点がな」
「大きな欠点?」
「ああ。魔力の刃を形成するのに大量の魔力が必要なだけでなく、形成された刃を維持するために、同量の魔力を流し続けないといけないため、魔法使い並の魔力がなければ長時間の使用は出来ないそうだ」
そいつは残念だ、とディザインは興味を失う。
魔法使い並の魔力量は一般的ではなく、ディザインも例に漏れずなためだ。
二人がそんな会話をしている間に、アクニンは取り囲んでいた騎士たちを全て斬り殺していた。
アクニンが一振り。空を斬る。
刃に付着していた血が雨のように降り、地面に赤い半月を描く。
アクニンはディザインとバリッシュに向けて、変わらず笑みを浮かべる。
「ひっどい上司だな。部下がやられるのを黙って見てるだけだなんて」
「使えない部下だったというだけだ。それをやった程度で調子に乗るなよ」
「やれやれ。やはり、障害は自らの手で摘まないといけないようだ」
ディザインとバリッシュが前に出る。
その際、バリッシュは船に向けて手のひらを見せた。
船に残っている騎士が居て、出て来るなと示したのである。
ディザインは腰に提げた鞘から剣を抜きながら、アクニンに声をかけた。
「もう終わったぞ、お前」
「こうして生きているけど? それでも終わっているように見えていたら、本当にあんたの目は節穴だね」
ディザインの表情が怒りに染まる。
バリッシュもまた、剣を抜きながらアクニンに声をかけた。
「しかし、酔狂だな」
「……あっ?」
「なんのためにこうしているのか知らないが、どのみちお前に先はない。私たちに殺されるか、私たちから逃げ切れたとしても、町を蹂躙する魔物に殺されるか、だ」
「ああ、それはどっちも無理だな。まず、死ぬのはお前たちの方だし、町の方も……問題ない」
「随分な自信だが、ローレンに期待しても無駄だ」
「誰があんな王子に期待なんてするか。俺が期待しているのは、正義の味方さ」
アクニンの浮かべる笑みは、自信満々だった。




