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魔物の大群が来ると叫びながら、騎士が俺の前を通り過ぎ、大橋の中央に向けて駆けていく。
叫びながら魔物の大群が来る事をアピールしているのは、果たしてワザとなのか、それともただの馬鹿なのか、判断できん。
「アクニンさん! アクニンさん!」
そもそも、普通ならアピールする事自体が間違いだ。
いや、アピールする事は別にいい。問題なのはタイミング。
今やっても逆効果。
要らぬ混乱を巻き起こすだけ。
「ちょっ! 今の聞きましたか!」
つまり、これはそれを狙っての事。
何か後ろ暗い事を起こすなら、混乱を起こした方が紛れる。
それを狙っての事だろうから、ワザとだな。
つまり、アピっている騎士は後ろ暗い事を起こそうとしている側って訳か。
「聞こえているんですか! アクニンさん!」
「あー! もう! うるさいよ。セイギちゃん。淑女だったら、少しは落ち着きをもって行動しないと」
「いや、私は一度も自分を淑女だなんて……じゃなくて! 落ち着いている場合ですか! 魔物の大群! 魔物大侵攻ですよ!」
「ああ、みたいね」
「軽い! 反応が軽い! もっと驚いて、わたわた慌てるところじゃないんですか!」
「今のセイギちゃんみたいに?」
「そう、今の私みたいにって、ちがぁーう!」
セイギちゃんが飛びかかってきたので、キャッチして地面に下ろす。
「まあまあ、落ち着いて、セイギちゃん。これも想定内だから」
「だから、落ち着ている場合じゃ……想定内?」
「そっ。想定内。多分、こうくるんじゃないかなあ? と俺はわかっていたよ」
「なら、どうして事前にとめないんですか!」
「セイギちゃん。いい事を教えてあげよう。世の中の出来事において大抵の場合、対処は事後だ。事前に対処出来るのはそれだけ稀で難しい。今回もそう。俺たちがこの町に来た段階で、これをとめる事は無理だった。そもそも、とめるために必要なヤツも居なかったし」
そう言うと、セイギちゃんは納得していない表情を浮かべていた。
「難しかった?」
「いえ、言っている意味はなんとなくわかります。でも、こういう事態が起こるって私にはわからなかったのに、アクニンさんにはわかっていたのが納得出来ないだけです」
「そんなの、わかりきっている事じゃないか」
「なんですか?」
「俺が、悪人だからさ」
ニッ、と笑う。
「そのギザ歯を一本抜いて、すきっ歯で笑えるようにしていいですか?」
「今する事じゃないし、やっちゃ駄目な事だよね? 引き籠るよ? 俺、外を歩けなくなるよ?」
「世の中が少し平和になるって事ですね」
「やるなら相応の覚悟をもってね。入れ歯を手に入れたら、間違いなく復讐に行くから」
「怖いのでやめておきます……って、ちがぁーう!」
「てんどん? まあ、一回目も笑ってないけど」
セイギちゃんの笑いのセンスは、俺に遠く及ばない。
「意味のわからない事を言わないでください。今話し合うべきなのは、魔物大侵攻にどう対処するかです」
そうね。
それが本当だと気付いたヤツから、慌ただしく動き出している。
俺も、さっさとセイギちゃんに説明して、協力してもらわないとな。
「まずは戦えない人たちを逃がさないと」
「逃がすって、どこに?」
「どこって、大橋を渡ってギアの町の方に」
「いや、それは無理。俺の調べによると、フォードの町とギアの町の最近の出来事は全く同じ。つまり、向こうでも、同じ状況が起こっている」
「それって、ギアの町の方も魔物大侵攻が?」
「そっ。きっともう直ぐ、その報告が届くよ。つまり、逃げ場はない。いや、正確には、大河を船で逃げればいいけど」
「そんなの、全員は無理です!」
「だろうね」
エイリール王女と王子は、それでさっさと逃げればいいのに、きっとそうしない。
そこら辺も踏まえて、向こうは動いている。
「なら、戦うしかないですね!」
むんっ! とセイギちゃんが拳を握る。
「まあ、そういう結論になる訳だけど、戦力はどうすんの? この状況でまともに戦えるのは冒険者と騎士団だけだけど、今冒険者は雑魚しかいないんだよ? 忘れた? 上位ランクは盗賊退治に向かって、まだ戻ってきていないんだよ」
「そうでした!」
セイギちゃんが驚きの表情を浮かべる。
いや、この情報は、セイギちゃんから教えてもらったヤツなんだけど。
偶に、この子の将来が不安になる。
恐らく、周りが苦労しそうな大器になりそうだ。
その時は近くに居ないようにしよう。
でも今は、セイギちゃんが必要だ。
多分、盗賊退治に向かった冒険者たちが戻ってくるのは、本当にギリギリというか、完全に予測できるもんじゃない。
つまり、間に合っても、間に合わなくても、どっちでもいいようにしているはずだ。
まっ、俺としても、どっちでも構わないけど。
「だから、魔物の方は任せたよ、セイギちゃん」
「任されました! どーんと任せてください」
セイギちゃんが言葉通りに、どーんと胸を叩く。
俺から見ればかなりの力だったが、微動だにしないし、セイギちゃんに通じたように思えない。
殴られないように気を付けよう。
そもそも俺に当てられるとは思わないけど。
「私の本気を見せてあげます! というか、魔物の方は? アクニンさんはどうするんですか?」
「俺? 野暮用。まあ、そっちが片付いたら、魔物の方に行ってもいいけど……多分、俺は必要ない」
「………………」
「………………何?」
「ここぞとばかりに盗みを働くとかしないでしょうね?」
「はあ……がっかりだよ。セイギちゃん。俺は確かに悪人だけど、コソ泥じゃない」
「………………違いはないと思いますけど?」
「いいや、違うね! 全く違うね!」
わかってない! わかってないよ! セイギちゃん!
全く違うという事を!
「いいかい? 俺はコソ泥と違って」
「その話、長くなりそうなので、あとじゃ駄目ですか? 今は、魔物の方に時間を割きたいので」
「……そうね」
心の中で地団駄を踏みまくった。
「じゃあ、さっさと行った方がいいよ」
「言われなくても行きますよ!」
町の外に向けて駆け出そうとするセイギちゃんの腕を掴む。
「待て待て。行くなら先に、ギアの町の方がいい」
「どうしてですか?」
「両国の戦力を比べた場合、グロウリア国の方が弱いから。ある程度は間引かないともたない。それと……」
念のために、セイギちゃんに必要な事を伝えておく。
「……本当なんですか? それ」
「多分ね。でも、タイミングを間違えるとそのまま死んじゃうだろうから、気を付けておいた方がいい」
「うーん。わかりました! アクニンさんが念押しするって事は、確率的に高いって事だと思いますし、気を付けておきます! よーし! やるぞー!」
気力を漲らせたセイギちゃんが駆け出していく。
「いってら~!」
軽く手を振って見送った。
さて、俺も動きますか。




