別章 後世に遺る日
この日が来るのを、この町に居る者たちは待ち望んでいた。
待ち望んでいた日の到来に、誰しもが祝福の言葉を贈る。
本日の主役は、二人の人物。
フィルフィート国の王子。ローレン・フィルフィート。
グロウリア国の王女。エイリール・グロウリア。
この二人が婚約した事は、既に世間は知っている。
それと、世間が知っている事はもう一つあった。
それは今日この日が、グロウリア国の王女エイリールを、フィルフィート国の王子ローレンが迎える日だという事だ。
フィルフィート国側のフォードの町と、グロウリア国側のギアの町の間には、大河が流れている。
その大河に架けられ、二つの町を繋ぐ大橋の上が、その舞台。
二つの町の有志たちによって大橋は綺麗に清掃され、中央部分は少し飾り付けもされている。
位置的には見えているかどうかは怪しいが、そんな大橋の周囲に大勢の人が見物に集まり、フォードの町の方からはローレンを称える歓声が、ギアの町の方からはエイリールを称える歓声が上がっていた。
また、大橋の一部にも同じように見物人たちが居て、周囲と同じように歓声を上げている。
この見物人たちに共通しているのは、老若男女問わず全員が笑顔だという事。
二つの町全体が幸せに満ち溢れていた。
そして、大橋の中央部分。
少しだけ飾られた場で対峙しているのは、本日の主役である二人と、その護衛である両国の騎士団。
まず前に出たのは、互いに騎士団長である、ディザインとバリッシュ。
グッと握手を交わし、笑みを浮かべ合う。
「両国の平和を祈って、互いにとって今日という善き日に」
「両国の平和を祈って、互いにとって今日という善き日に」
両騎士団から拍手が起こり、瞬く間に広がっていく。
たとえ見えなくとも、拍手の音に反応して、その輪は広がっていった。
二つの町全体が祝福の音を奏でる。
ディザインとバリッシュが陣営に戻れば自然と収まり、いよいよ本番。
この場に居る誰しもが待ち望んだ瞬間の訪れだ。
互いに歩調を合わせて、ローレンとエイリールが前に歩いていく。
二人の歩みは、手を伸ばせば触れられるほどまで近付き、とまった。
ローレンがエイリールに向けて一礼する。
「お迎えに上がりました。エイリール」
エイリールは小さく笑う。
「ふふ。これから共に居るのですから、そうかしこまらなくても良いと思うのですが?」
「いえ、こうさせてください。高揚する気分を少しでも抑えようとしているのです。でないと、このような衆目の場で、想いのままにエイリールを抱き締めてしまいそうなのです」
「それは大変ですね。確かに私たちの立場では、節度は必要です」
「そうですよね」
仕方ない、とローレンは少し寂しげに微笑む。
対して、エイリールは笑みを浮かべる。
いたずらに成功した子のように。
「ですが、周囲を見てください。これだけの人たちが私たちを祝福してくれています。そして、祝福の言葉を投げかける瞬間を今か今かと待ち構えてもいます。ですので」
「それが今だと教えないと、ね」
ローレンは足を前にエイリールを抱き上げる。
エイリールもローレンを抱き締め返した。
待ち望んだ瞬間に、一気に歓声が上がる。
たとえその姿が見えていなくても、歓声の大きさで今がその時だとわかり、歓声は瞬く間に広がっていく。
誰を見ても笑みが浮かび、今日はなんて素晴らしい日だと言っているようだ。
だが、そうはならなかった。
誰もが願った祝福の日には……ならなかった。
最初に異変に気付いたのは、町の外で警戒していた騎士の一人。
恐怖の表情を浮かべ、他の騎士たちに異変を伝えると、町の中へ駆け込む。
向かう先は明白。
また、この騎士はただ向かうだけではなかった。
どのような意図でそうしたかは、本人でなければ答えられないだろう。
しかし、今この時に、その行為は愚かとしか言えない。
「ま、魔物が! 魔物の大群がここに! 魔物大侵攻だぁ!」
騎士はそう叫びながら人を掻き分けて前へ進んでいく。
歓声が少しずつ喧騒に変わっていった。
喧騒は混乱に変わり、混乱は恐怖を蔓延させ、多くの者が我先にと逃げ出すように動く。
けれど、直ぐに気付くのだ。
この町に向かって来ているのに、どこに逃げればいいのかと。
人の目は、自然と大河を挟んだ向こう側に向けられる。
だがそれは、もう一方も同じだった。
叫びながら駆けていた騎士が大橋の中央部に到達すると、騎士団長の前で敬礼して、今日一番の大きな声で報告する。
「「ご報告します! 現在、魔物の大群がこちらに向けて侵攻中! 魔物大侵攻が発生しました!」」
全く同じ報告が、中央部を挟んで両側から響く。
フォードの町とギアの町。
双方から、魔物の大群が押し寄せて来ているのであった。




