9
翌朝。今日の髪のセットは上手くいった。
なので、気持ちのいい朝だ。
たとえ曇り空だったとしても。
「……一雨来るかもな」
言ってみただけ。
まあ、馬車移動だし、気にしなくてもいいか。
合羽が必要になるような事態になったら、セイギちゃんに任せよう。
とりあえず、この部屋とも今日でお別れだ。
……掃除はいいか。
それはこの宿屋の従業員の仕事だ。
仕事をして賃金をもらっている以上、その仕事を奪う訳にはいかない。
そろそろ汚れるほど使っていないが。
食堂に向かう。当然のように、朝食の準備が出来ていた。
冒険者がよく利用する宿屋は、早くから朝食が用意されている場合が多い。
それは冒険者が不規則というよりは、朝早くから活動開始するのが多少なりとも居るからだ。
何しろ、依頼は早い者勝ちなのが多い。
朝早くから冒険者ギルドに行き、出来るだけ実入りのいい依頼を手にするために、朝早くから活動開始する。
やれやれ。ご苦労なことで。
依頼を選ばなければいけない程度の冒険者は大変だ。
俺レベルならどんな依頼でも達成出来るので、朝早くから活動しなくても問題ない。
という訳で、朝食をいただく。
パン、サラダ、ベーコン、スープ。タマゴ。よし。
パンにサラダとベーコンを挟んで食べる。
セイギちゃんはまだ起きていないようだ。
……大丈夫か?
二人で受けた依頼なのだから、セイギちゃんが居ないと駄目なんだが。
一抹の不安が過ぎる。
そこに、アナちゃんが用意されている朝食の追加分を運んできた。
アナちゃんと目が合う。
「………………」
「アナちゃん。どうしてまだゴミがここに居るんですか? みたいな視線を向けるのはやめようか」
「自分に正直に生きていますので」
「奇遇だね。俺もそうだから一緒だ」
「………………」
心底嫌そうな目を浮かべるのもやめようか。
「でもまあ、こういうやり取りももう終わりか。セイギちゃんが来たら行くし。元気でね、アナちゃん」
「まあ、アクニンさんは、どんなことがあってもしぶとく生きていそうなので、お元気でと返すのは違うが気がしますが……一つだけ言わせてください」
「なんでもどうぞ」
「もしまたこの町に来た際は、是非とも違う宿屋をご利用ください」
「それは宿屋の従業員としてどうなの?」
そう言われると、是非とも利用したくなるんだけど。
それでなくても宿屋「ファミリア」は各町にあると言われていて、俺の定宿だ。
必ず利用するという意味を込めて、ニッコリと笑みを返しておく。
嫌そうな表情を浮かべるアナちゃんは、仕事に戻っていった。
代わりに、セイギちゃんが来る。
「おふぁようごじゃいます、アクワンさん」
「俺はどちらかというと犬より猫が好きなんだけど」
言っている意味がわからないと、眠そうなセイギちゃんが首を傾げる。
駄目だ。まだ完全に起きていないようだ。
でもまあ、朝食を食べている内にシャキッとするだろう。
大量の朝食を持ってきて食べ始めるセイギちゃんは、食べた量に比例するように目を覚ましていく。
食べ終われば、完全に目が覚めていた。
「ごちそうさまでした。それじゃ、いきましょうか! アクニンさん」
「はいはい。というか、セイギちゃん待ちだったんだけど……まあ、いいか」
宿屋を出て、乗り合い馬車乗り場に向かう。
―――
乗り合い馬車乗り場は朝から盛況だった。
慌ただしく馬車が出て行っては、別の馬車が入って行くのを繰り返している。
恐らく、昨日の今日で本数を増やしたんだろうな。
だからこそ、その分の護衛も必要になるし、俺たちもそれを利用して行ける訳だ。
「凄い人だかりですね」
セイギちゃんが、ほぇ~……と口を開けたまま周囲を見渡す。
「馬鹿っぽいから口閉じた方がいいぞ」
「あわわ……じゃなくて。失礼ですよ、アクニンさん。もっと言い方というのを」
「はいはい。そういう話は馬車に乗ったら聞いてやるよ。聞く気になったらだけど。それより、さっさと行くぞ」
「聞く気になったらってどういう事ですか! こういうのは聞ける時に聞いておいた方がいいと相場は決まっているんですよ! それでなくともアクニンさんは日頃の」
耳を塞ぎながらチケット売り場に向かう。
チケット売り場には昨日の売り子の女性が居たので、声をかける。
「来たよ」
「あっ、昨日のお兄さん……と、そっちの子が一緒に行く子? 確か、セイギちゃん」
売り子の女性が、昨日書いた名前を確認しながら言う。
「ぬわあああっ! なんでその呼び方で登録しているんですか!」
セイギちゃんが叫びながら俺の襟元を掴んでくる。
「いや、そう呼んでも通用するんだから、別にいいじゃないか。他に居ないぞ。セイギちゃんなんて呼ばれるヤツは。わかりやすくていい」
「そういう問題じゃなくて! そう呼ばれるのはいいです。もう慣れましたから。でも、名を記す時くらいはきちんとした名で書いて下さいよ!」
そこでピタッとセイギちゃんの動きがとまる。
「……念のために聞きますけど、私の本名は覚えていますよね?」
その問いに、俺は笑みを浮かべて言う。
「覚えてないな」
セイギちゃんもニッコリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、覚えさせますね」
セイギちゃんが握った拳を俺に見せつけるように構えた。
そんなセイギちゃんに向けて、俺も拳を構える。
「やられる前にカウンターを放つ」
「意味がわかりません! ここはアクニンさんが折れて、『仕方ないな。覚えてやるよ』と優しく言うところじゃないんですか?」
「そんな俺はどこにも存在しない。それに、たとえセイギちゃんの本名を俺が覚えようとも、俺はセイギちゃんと呼ぶし、書くことは変わらない」
暫し見つめ合い、セイギちゃんが拳を解いて掴んでいた手を放し、大きく息を吐く。
俺も拳を解くと、セイギちゃんがビシッ! と俺を指差してきた。
「わかりました。今は諦めます。ですが、私にもう一つの目標が出来ました! アクニンさんの更生だけではなく、私の名も覚えさせて呼ばせる事です!」
「どっちも叶わないから、早々に諦めろ」
「あはは! 面白い二人だね。まあ、仲が良さそうでよかったよ」
売り子の女性の笑い声で中断。
だが、一言。
「「どこが?」」
セイギちゃんと被った。
そのあと、売り子の女性の案内で、護衛として共に馬車に同乗する人たちを紹介してもらう。
ベテランって感じの男性三人組だったが、特に興味はないので挨拶と、もし魔物や盗賊に遭遇した場合のやり取りだけ交わしておく。
そして、客を乗せた乗り合い馬車に乗って、フォードの町に向けて出発した。




