033, 2-09 この世界の人間
前回のあらすじ
私は神だ
この世界には奴隷がいる。俺が奴隷と聞いて最初に思い浮かべるのは黒人奴隷だ。学校なんかでも習うし、ドラマや映画の題材にも使われる。
俺が小学生ぐらいのときに見た映画は、前半ちょっと鬱展開で奴隷が農場主にひどく扱われる。しかし後半はヒャッハーして農場主やその家族を殺して回る。ちょっとグロいがコメディ要素もある痛快なB級アクション映画だった。
俺がその映画を見た時「あれだけ酷いことをすればそりゃそうなるよ」程度の感想だった。
だが、学校の授業で奴隷船の写真や、病気の奴隷を海へ投げ捨てるなんて聞いた時は、とても怖いと感じた。
病気の奴隷を海へ捨てるのは、他の奴隷が病気にならないためだそうだ。ここだけ聞くと止むに止まれず他の奴隷のために、みたいに聞こえるが、たくさんの商品を運んで売れば儲かる、他の商品が傷まないように一つ捨てる、という感覚らしい。
農場主が奴隷を買う理由は労働力として、家畜みたいなものとして買う。
農場主にも様々な人がいて、奴隷を人間としてひどく扱う者もいれば、奴隷をただの労働力と割り切って、むしろ病気になったら死なないように医者を呼ぶ人もいたそうだ。もちろん優しさではなく、大事な資産を失わないために。
逆に聖書を渡して信仰を説く人や、奴隷を愛してしまうような人もいたそうだが、やはり多くの奴隷は酷い境遇だったんだろう。
俺がとても怖いと感じたのは、起こった事や境遇などではなく、その当時の価値観が理解できなかったからだ。
人を人として、ひどく扱う。
人を物や家畜として、ひどく扱う。
同じ事をしていても、俺には物や家畜としてひどく扱うほうが怖く感じた。
理解できないというのは、ただそれだけで怖いことだと思った。
この世界の奴隷がひどい扱いを受けているのかと言えば、そんなことはない。
まず奴隷商人はいない。奴隷売買もない。長期雇用契約で家族に金を渡す制度は経済奴隷に似ているが、あくまで雇用関係でしかないので横暴な真似はできないし、雇用期間が終わればそれまでだ。普通に雇ったほうが安上がりなので、よほどの特殊技能でもないと結ばない契約らしい。
じゃあ奴隷とはなんだと言えば、奴隷という名の囚人だ。普人の国に刑務所はない。犯罪を犯した者は労役刑として奴隷になる。
身体強化でも千切れない、ちょっと丈夫なヒモで作られた首輪をする。その首輪には『私は奴隷です』と書かれている。特別な効果などない。この世界に隷属魔法なんてものはない。
ある男が財布を忘れてパンを盗む。衛兵に捕まる。罰金を払えばいいなんてことはなく、詰所に連行され、どこの誰か確認後、その場で奴隷になる。裁判などない。
裁判自体がないわけではなく、小さな事件はその場で判断される。大きな事件とは商業取引の仲裁みたいなもので、その土地の領主、つまりは貴族様が裁定を下す。
奴隷になった場合は、衛兵が斡旋する仕事をする。
技能があればいいが、なにもないと冒険者登録させられてモンスター退治だ。世渡り上手だと他の冒険者にうまく取り入って、薬草採取みたいな仕事で開放されるが、大抵はモンスターに殺されて死ぬ。パン1つ盗んで実質死刑だ。
流石にこれは極端な話で、大抵は何かしら技能がある。街で生活しているのだから当然だ。そして、奴隷に対しての偏見もない。
「お、お前奴隷になったのかよ。何やったんだよ」
「いや、ちょっと財布忘れて腹が減ってさ、ついパンを盗んじまって・・・」
「あほだな~財布取りにいきゃよかったのに」
こんな感じで奴隷になった経緯は持ちネタみたいになる。
一週間、一ヶ月、三ヶ月、半年、一年と罪の重さによって奴隷期間は延びていく。
それ以上は存在しない。それ以上の罪は凶悪犯で、その場で衛兵に殺されるからだ。
イケメン師匠は衛兵だ。だから凶悪犯を殺す。別にこれはいい。そういう社会のルールだし、殺すこと自体は別に理解できないわけではない。
理解できないのは、それを嬉しそうに話していることだ。今日は何人殺したんだと嬉しそうに話すイケメン師匠。そしてエロシスターはそれを笑顔で聞いている。しかもこの話を子供の俺の前でするのだ。
別に罪悪感を感じろとは言わないが、嬉しそうに話すことだろうか。まるで理解できない。
「人殺し楽しー」と言ってるようなもんだ。そんな奴は完全に頭がイカれている。
犯罪者が必ず衛兵に捕まるわけでもない。
ある男が目の前の女の尻を触る。「お、いいケツだな」と。当然女性は「キャー」と叫ぶ。すると周りの人々は何だ何だと集まって男をボコボコにする。所謂私刑だ。
ギャグ漫画ならその場でボロボロになっても、次のコマではピンピンしてたりするが、複数の人間にボコボコにされて無事で済むわけがない。
打撲程度で済めばいいが、骨が折れ、それが内蔵に刺されば死ぬ。これも実質死刑みたいなものだ。
金があれば金貨5枚で回復魔法を受けられるが、金が無いとやはり終わりだ。怪我した体では満足に仕事もできずに生活が立ち行かなくなる。
私刑を行った人達に罪悪感などない。人が死んでも何も感じないそうだ。これもちょっと理解できない。
魔法が使える人は身体強化が出来れば、魔法が使えない普人の力でダメージなど受けないし、自分が健康な状態をイメージすれば自己回復魔法は誰でも使える。だからそういう人は衛兵に捕まる。
奴隷は嫌だと抵抗した者や、奴隷の首輪を外して逃げようとした者も殺される。
そもそも街は壁に覆われて外は危険なのでどこに逃げるんだという話だが、国外まで逃げれば流石に衛兵も追っては行かない。国内なら他の街の衛兵が殺す。
イケメン師匠はよく『死なないことが大事だ、命は一つしかないんだ。魔法が使える犯罪者を殺す時、衛兵は時間を稼いで仲間が集まるのを待つ。そしてみんなで安全に殺すんだ。命は一つしかない大事なものなんだ。だからジョニーも冒険者になるなら、殺すことよりも自分の命を優先するんだ』と命の大切さを説きながら、犯罪者の殺害方法を解説してくる。正直どんな感覚で命を捉えているのか全く理解できない。
なんだか殺伐としているように思うかもしれないが、この世界の人間は基本的に善良だ。
ある男が魔法の袋を盗む。そこに全財産入っていたら、盗みすぎたと返しに来る。それで盗まれた人と一緒に酒を飲みに行く。やっぱり理解できない。じゃあ最初から盗むなよ。
開拓村に来た眼光エルフやローブを着た普人、教会の神父様やエロシスター、手伝いに来てくれる人妻信徒や冒険者ギルドで会った親切爺、様々な街の人々、いい人達ばかりだ。
うっかり騎士やイケメン師匠は苦手だが、彼らも悪人ではない。
皆いい人で、でも俺にはよくわからない感覚で生きている。価値観が違うのだ。理解できないというのは、ただそれだけで怖い。
だから俺は、この世界で友達を作れないんじゃないかと思い始めていた。
そんな時に神モドキが現れた。価値観が違うチート生物。でも違う生き物でも、こういう感覚で、こんな事をしたんだと語る神モドキは理解できた。
そして前世の話ができた。もう俺は、家族の名前や顔すら忘れてしまった。とても大事な記憶だったのに・・・。
この世界で記憶が戻って一年間、ずっと怒り続けて、これではまずいと思い出さないようにして、そして忘れてしまったのだ。
でも全てを忘れてしまったわけではない。
妹とテレビのリモコンを巡って喧嘩したこと。
父が急にキャッチボールがしたいと言い出したこと。俺は野球なんてしたことなかったのに。
母が作ってくれた料理の味や小さい頃に読んでくれた絵本の話。
そういう話を神モドキは聞いてくれた。とても楽しそうに。
俺にはそれが嬉しくて、だから神モドキとは友達になれた。
この世界での初めての友達で、最後の友達かもしれない。
そんな友だちが言うのだ。すごい力をくれると。
その力があれば、イケメン師匠なんて簡単に倒して金貨10枚の剣を奪えるだろう。
魅了の魔眼を使えば、エロシスターが俺に惚れてくれるかもしれない。
俺だけレベル制なら、この世界では随分生きやすくなる。俺強えぇ!だって出来る。
友達に頼ることは悪いことじゃないと思う。でも神の力を貰うのはなんだか違う気がする。そんな力は友達から貰うようなものじゃないと思った。
俺強えぇ!なんかより、どこかへ行ってしまう神モドキとの友情のほうが俺には大事だった。
だから俺は断ったのだ。『そんな力いらないよ』と。
その言葉を聞いた神モドキは「お前ならきっとそう言うと思ったぜ」とヘラヘラ笑いながら拳を出してくる。俺はその拳に自分の拳を合わる。
神モドキは言った。
「俺たち」
だから俺も言った。
「ズッ友だよ」
そしてキラキラと輝きを増した神モドキは「餞別だ」と言い残し、消えてしまった。最後に転移魔法を見せてくれたのだ。いつもはトコトコ歩いて帰るくせに。
やっぱりチート生物だな。俺がそんなことを思っていると、後ろで人の気配がした。
振り返ると生意気男子が逃げていった。神父様やエロシスターの許可はとってあるので大丈夫だろう。
俺は特に気にもとめず、今日もイケメン師匠から金貨10枚の剣を奪うため、一太刀いれる方法を考えることにした。




