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最後の手紙

最後の手紙へ

作者: 朝霧

 きっと、私の方が先に死ぬのだと思っていた。

 だってそう考えるのが普通だ。

 私は研究の実験体、実験の結果たまたま生き延びてしまっただけの個体。

 対してあなたは普通の人間、確かに強力な力を持ってはいたけど、ただそれだけ。

 身体を開かれたことも無茶苦茶な投薬もされたことのない、ただ強いだけの人間だ。

 それなのにどうして。

 ドアの外で彼女が何かを言っている。

 ここを開けて、お願い開けて、話をしよう。

 せめて最期に顔を、と。

 彼があなたに会いたがっているの、って。

 うるさい、って怒鳴っちゃった、彼女は何一つ悪くないのにね。

 ああ、自分が嫌になる、全部あなたのせいだから、責任とってよね。

 あ、無理か。死んじゃうんだもんね、あなた。

 もうすぐ死んじゃうんだもんね、ひょっとしたらもう死んでるのかもしれないんだものね。

 手紙、読んだよ。

 お節介な彼女がドアの隙間から無理矢理差し込んできたから、うっかり封を開けちゃった。

 破り捨てればよかったって後悔してるとこ、なんで開けちゃったんだろ、あんなもの。

 つーかあなた字が綺麗なのね、意外すぎてびっくりしたわ。

 返信はメールで返すね、私、あなたと違って字がとっても下手だから。

 ま、入院中のあなたの手元に端末があるのかは微妙だし、生きてるうちに読まれるかどうかは微妙だけど。

 ま、だからこそって感じかな。

 とりあえず、以下はあの手紙に対する返答、ってことで。

 刮目して網膜に焼き付けやがれ。

 というわけで、せーっの。

 ふっっっっざけんな!!!!!

 何? 何よあなた? ふざけんじゃねーよまじでなんなのアホなのバカなの殺されたいの???

 なんか他になかったわけ?? 私達出会って5年くらい経つけど結構色んなことあったよね?? というか出会い頭から色んなことがあってパンクしそうな状況だったよね??

 あれ? 私の気のせい?

 殺し殺されの関係から共同戦線張るまで結構アレだったし、その後も色々ごっちゃごっちゃにこじれてたよね、私達。

 そんな私に対する最初で最後の手紙があれってどういうことよ? あれだけってどういうことよ??

 なんかもっと色々あったでしょ?? なんか他に書くべきこととか伝えときたいこととかあったでしょ???

 なのになんなのあれ? ふざけてんですかあなたは、ねえ?

 ……なんか他になかったわけ、あんな短い言葉しか書けなかったの??

 そんなに死にそうなの? 知るか1人で寂しく死んじまえ。

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!

 短かったのもムカついたけど内容にもめっちゃムカついたんだけど、なんなのあれ。

 私達、今でこそ協力関係ではあるけど、出会ったときは敵対関係だったわけじゃん? というか協力関係になった今でも私はあなたのことが大嫌いだからそういう態度とってきたわけじゃん??

 なのにあれはどういうことよ?? 頭おかしいの? 宛名間違えたのかと思って何度も確認しちゃったんだけど?

 でも何度見ても私の名前だし? 頭沸いてんですかそこまで朦朧としてんのか無様だねえさっさと死ね。

 と、これじゃ返答じゃなくてただの罵倒か。

 ごめんなさい、指が滑った、今からあの手紙への返答をするね。

 答えは、お断り、だ。

 なーにが『お前が好きだ。最期に会いたい』よ、その二言だけであと真っ白って、こっちの頭が真っ白になったわ。

 知ってるだろうけど、私あなたのことが嫌い、大嫌い。

 だから大嫌いなあなたのお願いなんて聞いてあげない。

 勝手に1人で私の知らないところで死んじまえ。

 以上!!


 送信ボタンを押して、視界がまたゆっくり歪み始める。

 もうすぐあの人が死ぬらしい。

 倒れた、と聞いた時はざまあみろと笑いつつ心がざわついた。

 余命幾ばくもない、と聞いたときは目の前が真っ暗になった。

 気がついたら1人で部屋にこもっていた、誰にも会いたくなかった。

 あの人が自分にとって何者であったのかは、今でも実はよくわからない。

 最初は敵だった、怨敵と言ってもいい。

 そもそも私がモルモットをやっていた実験の遠い原因があの人だったのだ。

 逆恨みではあったのかもしれないけど、恨まなければやっていけなかった。

 その次は気にくわない協力者、だった。

 気に食わなくて嫌いだったからつまらない嫌がらせをして、顔をしかめるあの人を見て笑っていた。

 そしてその次、今は……今、は。

 よくわからなかった。

 ――最後に会った時、あの人は物憂げな表情で私に手を伸ばして、触れる前に引っ込めた。

 その仕草の意味をなんとなく察して、私は笑いながら拒んだ。

 そうしなければ、自分の中の何かが壊れる気がしたから。

 だけど、壊してしまえばそれはそれで幸福だったのかもしれない。

 なんだかんだ言って、恨んではいるけど案外嫌いではなかったのだから。

 好き、だなんて口が裂かれても言わないけど。

 まあ、今となってはあの日の選択は正解だったと思う。

 だって、あの人はもうすぐ死ぬのだから。

 それなら、拒んだ今の方がずっとずっとマシな状態だった。

 ドアの外から声がする、開けて、と泣きそうな声が。

 でも開けない、絶対に開けない。

 だって開けたらあの人のところまで連れていかれる、きっと何を言っても彼女は私の話なんて聞いてはくれないだろう。

 私はあの人に会いたくない。

 きっと後悔するだろうということはわかっていた。

 あの人が死んだ、とその言葉を聞いた瞬間に死にたくなるほど後悔するのだろうということくらい、わかってる。

 それでも会いたくない。

 だって、あの人が死ぬところなんて見たくない。

 万が一愛しているなんて言われてみろ、一生心に残る傷になる。

 こちとらあの手紙だけで瀕死一歩手前の手負い状態なんだ、精神が死ぬ。

 最後に手を握らされてみろ、冷たくなっていく手なんて掴んでいたくない。

 別れの言葉なんて言われたくない、言いたくない。

 だから、絶対に会いになんていかない。

 死にたくなるほど後悔するだろうけど、死んでいくあの人に無様な泣き顔晒すくらいなら、そっちの方がまだマシだ。

 本当は逆のはずだったのに、とあの日から何度も考えていたことをまた考える。

 私の方が先に死ぬはずだった、見送ってもらえるのは私のはずだった、死ぬ前に手を握らせて、笑いながら泣き顔を見て、満足して安らかに息をひきとるのは私のはずだったのに。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 どうして、私は生き続けてしまうのだろう。

 どうして、あの人は死んでしまうのだろう。

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