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密命

7


   - プリマベラ城 紫の鷹

 「失礼します」

 戸を静かに開けたのは、身形の清潔な男だった。しかし、腰に両刃幅広の長剣を吊るす姿勢からして、贅沢に溺れる貴族とは異質な空気を感じさせた。

 「なんでぇ、誰かと思えば」

 ウィルソンは戸口より現れた男に笑みを向けた。

 「新入りの説教してたんじゃねぇのかよ、ルーディー」

 「う、ウィルソン……なんでお前がここに !? 」

 「そりゃこっちの台詞だ」

 その男、元「黒い虎」隊長にして、先刻定食屋をウィルソンに追い出された、ルーディー・ギャリソンである。

 「こっちの台詞……って、まさか俺の居る、この部屋っちゅーのは……」

 ルーディーは五人の顔を一巡。

 見覚えが有る。

 「し、紫電……」

 五人の鋭い視線に、口が溶接された。

 知っていてはならぬ集団。それでいて、ルーディーは知っていた。

 セルバ高地の会戦。忌まわしき敗戦の記憶だ。

 敗色濃厚な中、プリマベラ軍兵士の撤退が決定。それを前線に立って支援し、自ら騎士団より孤立して五十人からのゼルナディア兵に囲まれた、あの戦だ。

 そのルーディー救出の命を受けたのが「紫の鷹」、即ちウィルソンたちだった。が、駆け付けた時には数十に及ぶ死体の山頂で、剣に寄り掛かって虚ろに軍歌を歌う、ルーディー一人が残るばかりだった。

 その後、ウィルソンは別として、部隊とは何の関わりも持たずにいたルーディーであったが……今になって……。

 「俺はベルナント殿下に呼ばれたのかと……。証言のことではないんですか?」

 「当たらずといえど、遠からず。法廷での役目は終わり。次は、こちらで役立ってもらいます」

 事務的に言いのけたエミリアは柔らかく微笑んで見せた。

 「さ、本題に入りますけど、堅くならないで、ルーディー・ギャリソン。この場の方が法廷より向いてる筈よ」

 「そりゃ、まぁ……」

 曖昧に頷いてみせるルーディー。

 確かに学術調査用の珍獣のように法廷に放り込まれるよりも、闘犬場の控え室の方が自分には向いている。

 しかし、闘犬場なのに、犬は自分だけだ。他は、狼、虎、熊と猛獣ばかり。これでは少しばかりフェアじゃない。

 そもそも、生きる世界の違いを、空気から感じさせるのだ。

 「で、私は何の為に?」

 建設的な質問だ。十四本の視線が一斉にエミリアを注視した。

 「まずは、ルーディー・ギャリソン、貴方の証言を改めさせてもらいます」

 遊撃隊に視線を巡らせると、エミリアはファイルより一枚の羊皮紙を抜き出した。

 「証言番号十二―七。例の男が夕暮れ時、城門近くのウォレス・ジャンクション駅で駅馬車よりひっそり下車する姿を目撃。尚、馬会社の特定は未だ出来ず」

 ウィルソンの眉が跳ね上がる。

 「どっちだ?ギャリオット、それともヴェッドリー?」

 くすり、とエミリアは小さく笑う。

 「いい所に気付いたわ。ヴェッドリー街道からの馬車よ。つまり……」

 「ゼルナディア王国からの馬車って訳かよ」

 軽い口笛の音。バート・ヤンガーだ。

 「こいつは陰謀の悪臭ふんぷんってやつですね。で、その馬車の馭者はどうしました?」

 言外に、馭者を締め上げろ、と含んだ質問だ。

 「調べはついてるたぁ思うが、その馬車はまっとうな駅馬車じゃねぇぜ。……だろ?」

 「その通り。ゼルナディアからならシモンズの町を経由してる筈だけど、関所も宿屋もノーチェック。街道を外して来たのね。草原を走る馬車の目撃例が幾つか集まっているわ。で、ウォレス・ジャンクション停車後、登記もせず、客を乗せずに出たことからして、駅馬車風の……ゼルナディア王国の間者。そこで、ストーカーと異名を取る、ルーディー・ギャリソンが必要になるのよ」

 「お、俺ですか?」

 「なるほど」

 鼻を鳴らして、フランツが憮然と言い放つ。

 「その馬車の特徴を知り、追跡のプロを隊に加えて探索の能率を上げよう、という典型的人事ですか」

 「ちょっとひっかかる台詞が有るけど、概ねその通りよ」

 忍び寄る者 ( ストーカー ) 、ルーディー・ギャリソン。騎士団隊長時代、五十人からの敵兵より生還するまでは、ルーディー・ギャリソンの名は追跡者として勇名を馳せていた。

 そもそも、彼の部隊「黒い虎」はプレート・メイルを着用しない。軽装高機動が売り言葉で、その任務の殆んどが追跡と側面展開の一撃離脱 ( ヒット・アンド・ウェイ ) だ。

 その隊の隊長であるルーディーが「ナイト・ストーカー」の二つ名を戴いたのも、自然の成り行きである。

 「今回の任務は、消えた馬車を追って、ゼルナディア王国内へ侵入し、陛下を救出すること」

 「任せな。生死問わず連れ帰るさ」

 もう、やる気満々だ。

 「ふざけないで。生きたままよ、必ずね。万が一にも死体を持ち帰った時には……」

 「そん時ゃ頭丸めて逃亡生活を送るさ」

 「分かってるじゃない。国家間の情勢考えて、首謀者はあんたたちってことにして公表するわ」

 ウィルソンは肩を竦めて一同を見回した。

 五人から返る苦笑は「どうせいつものこと」と語るのだが……

 「ちょっと待ってくださいよ、姐さ、いや、エミリア様」

 異議を申し立てたのはルーディーだった。

 「この部隊と何ら関係のない俺まで放り出されるってのは、少し解せませんね」

 「ほぉ」

 腕を組んだフランツは冷ややかに視線を飛ばす。

 「命知らずの捨て駒と呼ばれた、第三部隊の元隊長の言葉とは思えませんね。怖じ気付きましたか?」

 しかしルーディーはフランツの中傷に眉一つ動じない。他の者も解っているのだ。

 軽装で敵中へ斬り込み、五十人からの敵兵を一人で相手に生還するこの男が、怖じ気づくなど有り得ぬことを。

 ただ、道義的に解せぬ。

 それだけだ。

 解せるのであれば、例え死が決定されていようと、動じることなく任務に就く。彼はそういう男であり、悲しいかな騎士としての気質がそうさせる。

 「安心して。貴方だけは別行動と見て処理します。任務成功の暁には、男爵位の用意があります。そう思って陛下を無事生還させることね」

 「なるほど、悪い取り引きじゃぁないな」

 にやり。ルーディーは口端に笑みを浮かべた。

 商談成立。

 「経費は幾ら使っても構わないわ。ただし、往路で馬は厳禁。出入国にあたって、目立ちたくないの。相手への無用な警戒は避けて」

 ことは国際問題なのだ。気を遣って、遣い過ぎることはない。

 「ふん、年寄りに酷なことを言いなさる」

 「では、今回は降りまして?フルネルソン老」

 「くっくっく。まさかまさか。生きて戻って来たら、温泉にでも行って休ませてもらうさ」

 「私も御一緒しますわ」

 「ご冗談を。監視付きは御免ですな」

 フルネルソンは腹を震わせて笑声を上げた。

 「そうだな」

 エミリアとフルネルソンの間に、険しくも楽し気なウィルソンが割り入った。

 「冗談はこれくらいにして、そろそろ行くぜ。急がにゃならねぇんだろ」

 エミリアは大きく息を吐く。

 「そう……そうね。任務内容は先刻告げた通り。例によって、貴方達が捕獲、あるいは殺されたとしても、当国議会は一切関知しないので、覚悟して」

 「あいっ変わらず冷てぇ言葉だ」

 「そうよ。でも、しかたないのよ」

 そして彼女は一同をゆっくり見回した。

 「……ヤンガー、ラグラトリー、ベドフォード、フルネルソン、フェンザー、ギャリソン……そしてシルヴァ。生きて……一名も欠けることなく、生きて帰って来るのよ」

 「命令か?」

 ウィルソンの問いに、エミリアの首は上下した。

 全ての想いを込めるように。

 「そう、命令よ」

 くすり。ウィルソンは小さく笑い、踵を返した。

 「なら、そいつに従う必要はねぇな。まぁ尤も、こいつら殺せる奴ぁ、そう存やしねぇがな」

 一度振り返るウィルソン。

 そこに記された不敵な笑み。

 これが、陛下の最も信頼した部隊であり、隊長なのだ。

 「行くぞ!」

 かくて、密命は実行に移された。

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