仕事
6
- 花の園
ふう……。
もう、夕刻間近だ。
傾いた西陽が窓より侵入し、室内に長い影を落としていた。
三人掛けのソファに足と体を投げ出すオズワルドは、西陽を恨みつつ顔へ手をやると、そのまま金糸のような前髪をかき上げた。
「チェスター、カレース・ミリス、ヴィクター。居るんだろ」
物憂気な声に引き寄せられ、テラスの窓の両脇、カーテンが微かにゆれて、三つの人影が現れた。
「人が悪い。気付いておいででしたら、入室のおり、お声を掛けて下さればよいものを」
左端の男だ。背は低いが、優雅な物腰や均整の取れた容貌から、あたかも貴族のような雰囲気を見せていた。
「ヴィクター、それは違うよ。ここは僕の部屋だ。先に入って黙っている方が人が悪い」
尤もだ。
「あたし、やめようって言ったのよ。でも、チェスターまでが……」
栗色の長髪を跳ねるように、体全体で話をするカレース・ミリス。瓜実顔で、背はヴィクター・トレバンスと変わりない。あたかも兄妹だ。
「いやね、お館様に呼ばれたって聞きましてね。気にならないって方が嘘でしょうに」
言いつつ不器用にウィンクをするチェスター・アトキンス。彫りが深い、と言うよりノミ一本で削り出した荒い彫刻のような風貌で、浅黒い肌から山林の木こりを連想させる。無造作にポケットへ突っ込む様が、なんともこの男の性格を現していた。
「まぁいいか。どちらにしろ君らを呼ぶつもりだったしね」
すっと足を上げると、オズワルドはソファーに座り直し、膝に肘をついて顎を乗せた。
いつもの姿勢、いつもの悪戯小僧のような微笑。
あとは、いつもの台詞を待つだけだ。
「仕事だよ」
ほらこれだ。
チェスターはくすくすと笑った。
「実に嬉しいんですがね、隊長。俺たちより先に手合わせしてるじゃないですか」
ほぉ、とオズワルドは目を細めた。
「シルヴァ・ウィルソン。挨拶に行ったことは知ってますぜ」
カレース・ミリスが頬を膨らます。
「わたしたち置いてくっていうの、気に入らないな」
「話によると、奴に差し向けたのはラバッジの手下だそうですね。役立たずを連れて、我々は留守番、というのは酷ですよ」
肩を竦めて宣うヴィクターへ、オズワルドは苦笑した。
「さすがだ。情報を入手する腕は逸品だね」
「いいですか、オズワルド様。軍馬に対して、毛並みがきれいだ、などと言って喜ぶと思いますか?」
「それもそうだね」
オズワルドは大きく息を吐き出した。
「あれは、飽くまで挨拶だったんだ」
「でも、出来れば殺したかったんでしょ?」
「そう、出来れば地味に毒殺などでひっそりとね。なにせ人通りの多いギャリオット街道だったからね」
くっくっく、と笑ってチェスターは俯いた。
「カレース・ミリスが出ると、街道が血の惨劇だぜ」
「チェスターに言われるすじあいないわ」
さもありなん、とヴィクターはかぶりを振った。
「確かに。血に餓えた野獣に殺されかけたのは一度や二度では効きませんからね」
四本の鋭い視線がヴィクターに斬りかかるが、悠然たる態度に一抹の揺らぎも見せなかった。
そんな三人の関係を改めて目にし、オズワルドはくすくすと嬉し気に小さく笑う。
「そういうヴィクターもあまり仕事がきれいだとは言い切れないけどね。まぁ安心してほしい。お館様のお許しが出た。フェルガー卿シルヴァ・ウィルソンと紫電五人衆を殺せ、というのが今回の任務」
チェスターの口より高い笛の音。
「思う存分やってくれていい。曰く、ゆめゆめ気を抜かぬことだ」
自然と三人の口許が弛み、目元に妖し気な光が紛れ込む。
ヴィクターは自覚した。血に餓えた野獣は二匹じゃないらしい。
目前でにこやかに手を組むオズワルド。しかしその眼だけは殺人者のそれである。
四匹の野獣は今、眠りより醒まされた。