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愚連隊

     5

   - プリマベラ城

 「至急って言ったのが効いたかしら。予想より早かったわね」

 「あぁ。ギャリオット街道の飲み屋が軒並み閉まってたせいでな」

 「当たり前でしょ。あんたが通る間は店じまいするよう、手を回したんですから」

 「はん、どーりで。意地でも開けねぇと思ったらメデューサに睨み利かされてた訳か」

 「まさか。あんたの実像明確に伝えただけよ。近頃の店主は目端が利くってことね」

 視線を逸らしたウィルソンが肩を竦め、この舌戦は終了した。

 入室と同時にこれである。残る五人は儀式とでも言うべきこの対面式に、半ば呆れていた。

 驚嘆するべきかな、ウィルソンに舌戦で勝利したのは、遊撃隊元締めにして彼の姉、エミリアである。



 城下町の中央道、食の大道を上った先に岐立する巨大石造建築物、プリマベラ城。その広大たるや、用地は直径二キロを越え、守閣は見上げること七階。ホール数五十二、執務室九十五、厨房二十八。客室に至っては数えることすら馬鹿らしい。

 城としては一級の造りである。

 そんなプリマベラ城別館、騎士団長執務室の並びに、紫の札を掲げる名もない執務室が存在した。

 知る人ぞ知る、国王直属遊撃隊「紫の鷹」執務室。その隊長たるがシルヴァ・ウィルソンであり、そしてもう一方、彼の姉、エミリア・ウィルソン・デア・プリマベラである。



 「ところで旦那の方はどうだ?」

 「義兄上殿下と言ったらどうなの?ついでに私もろとも宮様よ」

 「どっちも柄じゃねぇよ」

 義兄上殿下、つまり、エミリアの夫はベルナント・デア・プリマベラ。現国王、アドベル陛下の兄上である。その妻であるエミリア、こんな所で口悪く話しちゃいるが、本来ならばサロンにて貴族の奥方相手に談笑すべき、宮廷婦人なのである。

 しかし、柄じゃぁない。

 今では伝説として語り継がれる「紫の鷹」第十二代隊長、センシア・ウィルソン。結婚前のエミリアだ。

 八年前の大戦において、勇名を表社会に現すことなく闇に灯を消した、第十一代隊長、ジルフィード・ウィルソン。その父の死により、急遽隊長に就任したのが、当時ベルナント王子の護衛を任としたセンシア ( エミリア ) ・ウィルソンだった。

 そのセンシア、女性でありつつも非凡たる人望と戦略・術の才を顕し、非公式の連勝記録を重ねていた。が、影にある筈の彼女の存在に光が当たり、表社会にまで名声が鳴り響くに至った。

 その後、昼夜の別なく一刻ごとに暗殺者と向き合う毎日が続き、生活、作戦行動に支障を及ぼした。

 そこで一計を案じ、センシアの名は小さな戦場で惨殺され、新たなエミリアという人物が宮廷内に誕生した訳である。

 以降、隊長は第十三代の現隊長、シルヴァ・ウィルソンに継がれた訳だが……今でも姉弟で喧嘩をしようものなら、古今東西に渡る戦技のぶつかり合いとなる。



 「ま、ガラじゃないのは確かね」

 広大な机の向こうに座るエミリアが肩を竦めると、黒い長髪が絹のように光沢を放って揺れたま

 「ベルナントは裁判の審議中よ」

 ほぉ、と一同より意外な表情が浮かび出す。

 プリマベラ王国は、言うまでもなく専制国家である。あるが故、罪人を裁くのも国王陛下御自身でなくてはならない。が、例外として、男子が二人以上産まれた場合、王位を即位しなかった者が司法省として独立する。

 一つの浄化措置だが、王家以外の者に国民を裁く権利を与えることへの反発心の現れだ。

 それでも、殿下自らが裁きの場に参上することは希である。部下の官吏が総出る程国内情勢が混乱しているか、書類上での裁決では済ませられぬ事態の発生か……そのどちらかだ。

 「そいつぁ妙だな。俺の見た所、町中は甘ったれ貴族の若僧が茶飲み話程度に説教喰らってるぐらいで、平和なもんだぜ。ただ……」

 ウィルソンは片頬歪めるように笑みを作り、城内の様子を思い出す。

 「妙に衛兵がピリピリしてやがったがな。まるで、一年前に戻っちまったみてぇにな」

 一年前……ゼルナディアとの大戦だ。

 「まぁね。ちょっとコソ泥が陛下の寝室に潜り込もうとしたもんだから。死刑判決が下るらしいわよ」

 六人は互いの顔を見合わせた。

 確かに国王陛下の寝室に潜り込む所業は大罪に値する。だからと言って、死刑というのも少しばかり過剰に反応しすぎな観も受ける。

 しかし、だ……。

 「まさかそんな話のために呼んだんじゃねぇだろうな」

 ウィルソンの低い声音に、エミリアは少しばかり疲れた笑みをこぼした。

 「安心なさい。話はそんなに単純じゃないの」

 小さくかぶりを振って、溜め息を吐く。

 どうやらここからが本題だ。

 「問題は、その部屋には誰も居なかった、ということよ」

 「……居ない?まさか陛下が?」

 意味あり気に訊き返したのは、口数少ないフランツだった。

 「公には病床にあると……」

 エリーは呟きつつも、最も留意すべき点を思い浮かべた。いや、他の五人も同様だ。

 国王不在。

 「なるほど、下手に他言出来ねぇ大事だわな。衛兵がピリピリしてやがったのも頷ける。しかしよぉ……」

 シルヴァが見回すと、案の定潔癖性のクリスティーが憤然と表情を歪めていた。

 「でも、そーゆうことなら、誰があたしたちを呼びつけたんですか?」

 エミリアも応えに窮していた。

 国王直属の彼らを編成し、それを使用し得るのは国王陛下のみであり、彼ら遊撃隊はアドベル以外の者の命を拒否する権利がある。いや、殆んどの場合、拒否しなければならないのだ。

 「どうせこの会合は非公式な物なんだろ。呼びつけたのも姉貴か……そう、ベルナント殿下。そして俺たちの行動は誰の責任も負う所のない、いわゆる義勇兵。いや、違うな。愚連隊。そんな所だろうぜ。ま、どちらにしろ、アドベルの命じゃねぇってなら、俺たちはここで帰っても構わねぇ筈だ」

 エミリアは、そんなシルヴァの対応も、「尤もね」と小さく受け流すま

 「でも、そんな意地張らないで、せっかく田舎から足運んで来たんだし、話聞いてから帰っても遅くないんじゃない?」

 それも、正論だ。

 ウィルソンは首を振りつつ息を吐き出した。

 「またぞろアドベルのやろー、城下町で隠れて飲み食いしてんだろ」

 「私たちも、最初はそう思っていたわ。でも……。まずは、これ」

 冷徹とも言うべき「元遊撃隊長」の表情で、エミリアは一枚の羊皮紙と封筒を机上に差し出した。

 「例の盗人、住所、氏名、年齢全て不詳。人相は損壊が激しく特定不能。最も痛かったのは、記憶の殆んどが欠落、いわゆる記憶喪失ね」

 それがどうした、とばかりに腕を組む。

 「彼の所有物はこのメモと、封筒のみ。尤も、本人は所持していた事実については知らぬ存ぜぬ。泣きながら否定したけどね」

 ほぉ、と興趣をそそられたウィルソンは机上に手を伸ばし、小さな羊皮紙を手に取った。

 ……ちっ。

 「面白ぇ冗談だ」

 彼はそのメモを後ろに控えるクリスティーに渡し、エミリアを睨めつけた。

 「ま……まさかこれって……」

 「そうね。アドベル陛下の冗談で済めば、あんたに怒鳴り、いえ、注意してもらえばいいんだけど……」

 曰く、

 『海辺の疾風、預かった。証拠は封筒にて。要求は後日。尚、疾風の勢力は弱まる傾向にあり、現在は微風』

 疾風……アドベル以外に思い当たらない。

 「で、その証拠ってのがこれよ」

 机上の封筒を逆さにすると、金の指輪と、何の変哲もないワインレッドの万年筆が滑り出た。

 金色の指輪。プリマベラ王国王家の象徴である山羊を掘り込んだそれは、唯一国王の指に収まるべき王家の印であった。

 そしてもう一品。

 ウィルソンは万年筆を手に取り、キャップを外す。

 万年筆の老舗、ジェニファー。高級品ではあるが、国王が持つにはあまりにも安物なその、白金のペン先に彫られたイニシャルにウィルソンの表情が苦く歪みを見せた。

 S . W

 修行時代、酒の飲み比べで初めて負けたシルヴァ・ウィルソンが、アドベルに取られた万年筆だ。以来アドベルはその万年筆を、親友より勝ち取ったその万年筆を、肌身離さず手にしていた。

 「あの馬鹿……剣も持たずに出ていきやがったのかよ」

 同じく剣聖の下で剣を習った兄弟弟子だ。丸腰でなければ、そこらの戦士にも遅れは取らない腕前である。

 ウィルソンの顎で奥歯が軋み、腕に筋肉と血管が浮き上がる。

 ……馬鹿野郎。

 城を離れた。それを後悔しても、もう手遅れだ。

 「飽くまで密命よ。強制出来ない。拒否する方が当然かもしれない。でも、陛下が、いえ、あんたの親友が助けを必要としてる。それでもシーハンに引き込もって酒に溺れてるつもり?」

 「言ってくれるじゃねぇか。姉さん、くだらねぇ説教は後だ。詳しいこと全て教えてくれ」

 「喜んで」

 笑顔を閃かせたエミリアは、十数枚からのファイルを取り出し、入り口の戸に向かって鋭い声を放った。

 「いいわ、入って」

 開け放たれた戸口に視線を集中した彼らは、そこに意外な人物の姿を見た。

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