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紫の鷹

     3

 近隣諸国が沈黙して一年。訪れた平和に無用な物と言えば、必要以上の戦力である。

 ウィルソンを筆頭とする部隊、国王直属遊撃隊「紫の鷹」がその最たる物だった。

 プリマベラ王宮の中にもその存在全容を知る者が少ない「紫の鷹」。

 少数精鋭による隠密行動を宗とし、主にその任務は国王の護衛、敵の撹乱、斥候、諜報活動と多岐に及ぶ。言わば、特殊部隊、といった所だろう。

 その隊の長と成る者は、隊そのものの特殊性により、常に子爵位のウィルソン家より輩出された。

 ウィルソン家の者は幼少の頃より、王子或いは王女の傍らで友人の肩書きを以て警護に当たる。そんな中、剣技体術、そして頭脳を鍛え抜くことを強要され続けた。

 貴族の中にあっても、華麗な宮廷生活とは無縁な家系なのである。

 斯様な特殊性により編成される「紫の鷹」。王子或いは王女が王位に就くその日に長が入れ代わり、国王直属の、そして少数のみが存在を知り得る部隊として暗躍した。

 そんな部隊の隊長だ。通常ならば解任されて後は、国王の直衛に就くのが通例だ。が、第十三代隊長、フェルガー卿シルヴァ・ウィルソンは違った。

 政事と宮廷生活の苦手な彼は、無理を言って地方の税関警備の隊長に就いたのだ。

 が、しかしだ……

 「一年ぶりです」

 まず、長身の青年が軽く挨拶をし、ウィルソンの右隣に腰掛けた。

 バート・ヤンガー。「ムーア」と刻印された長剣を我が手の如く使いこなす男で、ウィルソンに比して武人と言うには何かと柔和な男だ。ブラウンの髪と、同色の瞳から放たれる人の好い笑みが、町人のような雰囲気を思わせるのも一役買っていた。

  「一年ぶりって言う割りにゃぁ変わってねぇな」

 「そりゃそーでしょ。たった一年ですから」

 応える彼の口調も、上官と部下、と言うにはあまりに柔和である。

 それが、バートの長所であろう。

 「で、何やってた?」

 「あ、いやぁ、それが……」

 「賞金稼ぎよ」

 赤い長髪の女性が応えた。

 エリザベス・ラグラトリー。冷たい碧眼と、スリット入りのタイトスカートが妙に艶やかな短刀の使い手。

 「わたしはバートと一緒に賞金稼ぎでその日暮らし」

 相変わらずの棘を内包する口調とは裏腹に、彼女は優雅な物腰でバートの隣に腰掛けた。

 「そいつぁ難儀したな」

 「他人ごとみたいに言わないでくれる?」

 「おいおいエリー」

 腕を組むエリーは挑発的にウィルソンを睨め付けた。

 中間点のバートは居心地悪いことこの上ない。

 「いいですか、隊長が素直に国王直衛の任に就かないから、わたしたちは推薦状もなく裏家業に潜るしかなかったのよ」

 「まぁまぁ、そう言うねぇ」

 止めたのは、酒樽の如き腹で髭面の初老、ロバート・フルネルソン。

 白髪の混じり始めた頭と、アルコールによる赤ら顔。でっぷりした体形からは想像に易かろう筈がない、意外にも俊敏なこの老人は、小太刀二刀と槍術の使い手だ。

 「そこが隊長のいいとこじゃねぇか。なぁ、シルヴァ坊よ」

 「いよぉ、とっつぁん。あんた、何してた?」

 「俺、俺かい?」

 言いつつ酒樽も席に着く。

 「俺ぁ家で酒造りと鍛冶屋の毎日よ。それなりに充実してたがな」

 地酒の甘美な味覚に思いを馳せるのか、赤ら顔の目が甘露な芳香に溶け込みうつろに揺れる。

 「よく言えたものだ。暇だ暇だと酒に酔って、俺に愚痴てた口から出た言葉とは思えんね」

 肩に担いだ弓と矢筒を下ろして席に着く男、フランツ・ベドフォード。

 亜麻色の髪と端正な顔立ちが、女性の興味を引き付ける。しかし、蒼の両目は、人を見透かすような冷たさを有していた。

 別名シューター。弓矢、鉄砲、投げナイフ、と飛び道具専門。主に弓を担ぐ理由は、銃は音が下品。

 「そういうてめぇが一番愚痴てそうじゃねぇか。とっつぁんとつるんでたのか?」

 肩を竦めて目を逸らすフランツを横目に、フルネルソン老がにやにや笑いながら応じた。

 「なぁに、こいつぁ銃の修理工よ。俺っちの近くに店出しやがったがよ、客より女の出入りがやけに目立つ。遂にゃぁ壊れちゃいねぇ銃持ち込んだ若ぇのが現れたって訳だ」

 「はっはっは!そりゃぁいい。シューター、泣かせた女に背中っから刺されんなよ」

 「それはありませんね。彼女たちが私を死なせてくれませんから」

 肩を竦めて言いのけたフランツへ、ウィルソンとフルネルソンがひとしきり哄笑する。……と、

 「いつまで笑ってるつもりですか!」

 突然ウェイトレスが怒声を上げ、山盛りの牛肉野菜炒めをテーブルに叩き落とした。

 点目の一同。代表してウィルソンがぼそりと訊いた。

 「何やってんだ、クリスティー」

 五人目の隊員、クリスティー・フェンザーだ。

 黒のショートヘアを揺らして怒鳴る彼女、部隊内最年少にして、一番口煩い。可愛い顔につられ、熟練された体術に投げ飛ばされた男は数知れず。

 決してこんな小汚い店でウェイトレスをするようなレベルの女性ではないのだ。

 「隊長のおかげでどれだけあたしが苦労したと思ってるんですか!」

 一同見回すウィルソン。が、一様にかぶりを振って解答不能を表した。

 「みんなも同罪です!なんだかんだ言って、みんな勝手に散らばったじゃないですか!経理上の後始末、全部あたしがやったんですよ !! 」

 「ほぉ、そいつぁ難儀だったな。で、それがロイドの下で働くことと何か関係あんのか?」

 「大ありです!隊長、二年分のツケ、この店に残したままシーハンに行ったじゃないですか!隊長のお姉さんは支払い拒否するし、隊の財源は尽きてたしで、あたしが捕まってただ働きさせられてんです !! 」

 これが貴族のやることか……。

 「二年分のツケ !? 冗談じゃない。ロイドの野郎、いいかげん抜かしゃぁがって !! 」

 「ちょっと……それって、あたしが無駄にただ働きってことですか?」

 「あぁ。あんな料理 ( めし ) に金なんざ払えるかよ」

 「……も、いいです」

 疲れた口調でクリスティーはウィルソンの左隣に腰を下ろした。

 「でも、なんにしても一番被害受けたのあたしですからね!」

 憤然たるクリスティーに、神妙な視線と口調を以てウィルソンが口を開けた。

 「なぁクリスティー」

 「この上何ですか !? 」

 「小皿がねぇぞ」

 「……あ」

 この後に及んでウェイトレスの職務に忠実なクリスティーであった。

 「ところで隊長」

 赤面のまま席を立つクリスティーを見送りつつバートが口を吐く。

 「知ってますか、陛下の話」

 先刻の人好きする好青年が、神妙さを纏って血の臭気漂わす武人に変貌した。

 「アドベルの野郎か?」

 無造作に野郎扱いするウィルソンに、一同は苦笑する。


 『ロード・オブ・ブリーズ ( 疾風の王 ) 』ことアドベル・イスファルド・ウル・プリマベラ。第十五代の若きプリマベラ国王である。

 ゼルナディア王国との戦乱の際、冬季山岳作戦において暴雪と暴風を味方にする素早い戦略を自ら立案し、王国領土を守り抜いた武勇談は誰もが知るところだ。

 幼少の頃よりウィルソンとつるみ、城下町を疾風のように駆け回っていた。国王着位後も、不意と姿をくらます風のような人柄故、誰ともなく呼称した。

 ……疾風の王。

 若く、戦勝王であり、平民とも懇意。明朗快活、勇敢にして冷静。十五代に渡る国王中、建国王レイダックに次ぐ人気を有していると言って過言であるまい。


 ウィルソンは、その国王陛下を野郎扱いである。

 「アドベルの野郎、遂に女中押し倒しでもしたのか?」

 アドベル陛下の欠点は二つ。

 王位を継いでいながら、次男である、ということ。そしてもう一つが、妙に女っ気がないことだ。

 「違いますよ」

 まさしく友人の話をするような態度のウィルソンにバートは笑みを見せるが、しかしその口端を引き締めた。

 「御病床に伏しておられるそうです」

 「おいおい、バカは風邪ひかねぇんじゃねぇのか?」

 「風邪だろうが肺炎だろうが問答無用で叩き斬りそうな隊長に言われたら、陛下も気分を害しますよ」

 「奴はそれぐらいで丁度いい。やたら俺にまとわり付いてうるせぇからなぁ」

 国王に対してこのような言動が許されるのも、ウィルソンであるが故であろう。

 「後でクリスティーでも連れて、元気付けてやるか」

 悪戯小僧のような笑みを閃かせるウィルソンへ、四人は苦笑で応じた。

 幾ら遊撃隊が陛下直属で、直接顔を会わせる機会の多い部隊とはいえ、王国の歴史上国王陛下の肋骨をへし折るという武勇伝を有するのは、ウィルソンを除いてクリスティー・フェンザーくらいなものであろう。

 彼女の顔を見る度表情を蒼くする陛下を思うと、気の毒でならない。

 或いは、女っ気がないのも、クリスティーの一撃による恐怖症が原因……とは考えすぎか。

 「どーしたんです、皆して妙な顔して」

 受け皿を持って現れたクリスティーより、四人は殊更わざとらしく視線を外す。

 「なに、肋骨の古傷に倒れて床に伏すアドベルを誰が見舞う、って話になってな」

 きょとん、とするクリスティーが、席を見回した。すると、にやついたウィルソンが神妙に顎を上下する。

 「あ、あたし?」

 自らに指を差す。

 「そ、お前、クリスティーだ」

 「ちょ、え、あ、て、あた、あた、あたしですかぁー !? や、やだ、やです!あたしやです !! 何であたしなんですか !! 隊長、冗談、冗談ですよね、そーですよね !! 」

 真っ赤に顔を染めたクリスティーがウィルソンに詰め寄った。余程ボディーブローを食らわせた後、大理石の床に投げつけたことを気にしているようである。

 「そ、冗談だ」

 「じょ………」

 瞬間クリスティーより力が抜けた。

 「隊長、質悪いですよ!」

 クリスティーはウィルソンの後頭部を平手でひっぱたく。

 「いてっ。そんなに怒ることかよ」

 「怒ることです!それよりですねぇ」

 横目で睨みつつ、クリスティーは小まめに牛肉野菜炒めを六人分小皿に盛り分ける。

 「今回の部隊再編って、何なんです?あたしたちが再編されるなんて、並みの事態じゃないですよ」

 「そうよね」

 クリスティーより小皿を受け取るエリー。

 「戦争でも起こそうっていうの?それとも、内戦が近いのかしら……」

 「さって、その辺のこたぁよー知らね。なにせ田舎の税関で警備やってただけだろ。夜毎酒場に行っちゃぁ殴り合いで友情深めてただけだからな」

 「かーっ。シルヴァよ、なんで俺を呼ばねぇ」

 「そりゃとっつぁんよ、年寄り遠出させた上、喧嘩に加勢させたとあっちゃぁウィルソン家の名が地に堕ちるってもんよ」

 酒に酔っての乱闘では、まだ地に堕ちてはいないらしい……。

 「なぁに言いやがる。獲物が減るのが嫌だったんだろーがよ」

 「言えた」

 だぁーっはっはっはっはっは。

 二人して哄笑。

 まったく始末が悪い。

 「隊長、笑ってないで質問に応えて下さいよ !! 」

 「……は?あぁ、だからよ、とっつぁん呼んじまうとまず半数は……」

 「違います!あたしの質問です !! 」

 「うわっててて、手ぇ放せ!」

 思わず左手首に関節技を掛けるクリスティー。憤然とその手を放した。

 「部隊再編のことです。解ってますね」

 「いいや、解んね」

 「隊長ぉ!」

 「だから、知らねぇんだよ」

 「あのですねぇ……」

 「いいかな、フェンザー」

 シューターことフランツの重い口が開かれた。

 「我々の部隊第一の鉄則は機密だ」

 「そーいうこと。これから姉貴、いや、元締めの所へ行かなきゃならねぇ。俺たちが動く動かねぇはそれからだ」

 五人が同時に頷いた。

 「ただ、これだけは解る」

 くっくっく……。

 ウィルソンは何かを思い出したように低く笑い声を立てた。

 「面白いことに成りそうだぜ」

 こくり……。

 誰ともなく息を呑む。

 ウィルソンが楽しむとろくなことがない。

 笑う数だけ面倒が増えて押し寄せる。

 それは、未だ外れたためしがなかった。

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