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集結

2


   - プリマベラ城下町

 青と緑の宝庫、プリマベラ。

 南に穏やかなレンデル湾、北になだらかな丘陵より連なるフォルクス山脈。その間を流れるイリーラ川を中心に、広大にして富裕な平野を領土とするのが、プリマベラ王国だ。

 港街シーハンからは、魚介類など海産物を始め、他国との貿易による様々な品がプリマベラ王都に陸送され、内陸からは、大河イリーラ川のもたらす養分豊かな土壌と、穏やかな気候に育まれた農作物が絶え間ない。そのためか、古くよりプリマベラはその領土を隣国に狙われ、幾度となく神の恩恵を血で汚し続けたものだ。

 去ること一年前、隣国のベルディア王国との激戦に勝利して後、今日に至るまで国家間の戦火も下火に穏やかな日々が続いていた。

 プリマベラ王都の城下町も戦を忘れ、中央商店通りを中心に海山両雄の幸を並べ、活気に満ちていた。

 誰が呼んだか一名、「食の大道」。

 プリマベラ城正門へ続く緩やかな登りのそれは、シーハンからの大動脈、ギャリオット街道に先端が接する為に、鮮度が要求される食物が集中した。何しろ日常の食事や海山珍味の宮廷食、長旅用の携帯食。更には鮮度に関して食物と比類する最新の情報までもが食の大道でこと足りる。

 無論、その人出と言ったら、年中祭りの如し、である。



 その人混みの中を頭一つ突き出る偉丈夫、シルヴァ・ウィルソンが人の波を縫いつつ歩いていた。

 しかし、実際にはウィルソンの周囲のみ、半径一メートルという不可侵な空間が出来上がった、と言う方が正解だ。縫う、と言うより、人がその異質な男を避けている。この方がしっくりくるというものだ。

 ……くそ。

 目立つことが三度のイモ粥より嫌いなウィルソン。明らかに自分が浮いていることは想像に易かった。

 ……だから都は嫌いなんだよ。

 けだしウィルソンは奥深い山中で熊と組手をするか、スラム街でゴロツキを殴り倒している方がお似合いだ。

 と、やっとのことで目的の店に辿り着く。

 変色した赤煉瓦に、申し訳程度の格子窓。安普請な木の扉の横に、道場の看板よろしく店名が掲げられていた。

 ……まるで変わっちゃいねぇ。

 思わずウィルソンの頬が弛んだ。

 『酒、定食の店、ロイド』

 安酒とサバを読んだ格安材料を食わせる良心的な定食屋だ。

 廃棄物以外なら、賞味期限切れでも料理してみせる、と豪語する大将の味は、倒壊寸前の店構えからは想像出来ぬ程の絶品だ。

 胃弱なお客はご注意を。

 月三回は療養所に担ぎ込まれる騒ぎも、既に風物詩。

 しかし心配めさるな。衛生監理局の許可証は、裏の世界で名を馳せる代筆屋、サムソンの自信作であり、ここの常連客の胃袋は金メッキ。

 かく言うウィルソン、学生時代からの常連で、大将とは言葉を交わさず名が通る程。一年顔を見せなかっただけで、忘れる筈がない。

 「ごめんよ」

 建て付け最悪のドアを、壊れろとばかりに押し開くと、カウンター席の奥より髭面店主の「マッドシェフ」ことロイドが愛想良く顔を出す。

 「へい、いらっ………」

 がたんっ。

 ロイドは椅子を蹴倒し壁に張り付いた。

 店が暗いのは元々だが、ロイドの周囲に一層影が差し、凍てつく表情からは血液が足下目掛けて一斉に降下した。

 なるほど、忘れちゃいないらしい。

 「なななななななな! ( 何でお前が! ) 」

 「ちょいと里帰りだよ。文句あるか?」

 「めめめめめめめめ! ( めっそうもない! ) 」

 激しくかぶりを振ったロイドは、逃げるように店の奥へと駆け込んだ。

 「……なんだかなぁ」

 「いらっしゃいませ」

 「ん?」

 暗い雰囲気の定食屋には似つかわしくない、澄んだ声音に振り返る。すると目の前に、小柄な町娘がトレーを抱えて営業スマイルを浮かべていた。

 「お一人ですか?」

 ……野郎、俺の居ねぇうちにウェイトレス雇いやがったな。

 目の前の少女は可愛らしく小首を傾げていた。

 まぁ、ロイドの気持ちも良く分かる。

 楽をしたいが、ここは大虎をも叩き伏す猛獣の出入りする店だ。か弱い女性アルバイトを雇う勇気があろう筈がない。

 ウィルソンが町を出た、と安心したロイドの失態である。

 「あの、お客様?」

 「あ、ああ……」

 ……お客様、だと?

 ウィルソンは苦々しく頭に手をやった。

 どうもむず痒くていけねぇ。

 なんかうめぇもん食わせろ!うるせぇ、金払ってとっとと出て行きやがれ!

 がこの店の公用語だったのだ。

 粗雑なウィルソンには居心地悪いことこの上ない。

 「今は一人だ」

 「お席の方は……」

 「気にするな。指定席がある」

 言ってウィルソンは窓際の六人掛けテーブルを指差した。

 しかし、そこには既に……

 「でも、他のお客様が……」

 聞いちゃいない。

 そのテーブルには、目付きの悪い兵士らしき男共四人が座っていた。

 それへウィルソンは無造作に近付き、悠然と腕を組む。

 「なんだ、貴様!」

 窓を背にして座る、血の気はちきれんばかりの男がウィルソンの存在に気勢を発した。

 「誰だろうと関係ねぇだろ。とっととそこどきな」

 「んだとぉ!」

 殺気立ち、三人が席を立つ。巨大なウィルソンに気圧されながらも、上目使いに睨めつけた。

 「いいねぇ、やる気十分じゃねぇか」

 三人は一斉に立て掛けた長剣に手を伸ばす。

 「うるせぇ!貴様、名乗れってんだよ !! 」

 「やめときな。俺が自己紹介しちまうと、てめぇら放っておく訳にはいかねぇ」

 楽し気だったウィルソンに、冷たい殺気が浮いた。

 「死ぬ覚悟、出来てんのか?」

 「んだとぉ‼︎」

 「焦るな。ここで死なねぇでも、いつか人間死ぬんだぜ。今はつまらんことで死に急ぐな」

 その言葉に、四人目の唯一泰然と背を向けていた男が振り向いた。

 「まさか……ウィルソン!」

 がたん。彼は椅子を蹴飛ばし腰を机に打ち付けた。

 「おっ、誰かと思えば『黒い虎』のルーディーかよ」

 黒い虎。

 虎は騎士団を現す印で、色は中隊ごとの旗の色。

 プリマベラ騎士団第三中隊「黒い虎」隊長ルーディー・ギャリソン。ナイト・ストーカー ( 忍び寄る者 ) の異名を持つ彼だが……長剣一つで五十人もの敵兵を相手に生還した武人として、戦場に無関心な貴族の間でも有名な男だ。

 「どうした、隊でへまして傭兵のお守りに降格か?」

 ルーディーは苦い表情で笑みを見せた。

 例え百人の敵兵より生還しようと、ウィルソンにはどうにも頭が上がらない。

 というのも、幼少の頃より剣の才を、剣聖と謳われる偏屈じじい、ジェイ・モラン老師に見い出されたことが始まりだった。以来小間使いの如くジェイ・モラン老人の下で修行に励むことになるのだが……殆んど弟子を取らぬ主義の彼が、同年輩の子供を修行させていたのである。

 それが、シルヴァ・ウィルソンだ。

 共に剣の道を歩んで来たものの、手合わせすれば三回に二回は均差で敗れ、残りは足腰立たぬ程に叩きのめされる。

 しかも飲みに繰り出せば、最終的にはウィルソンに潰される。

 これでも酒豪で通っているルーディーとしては屈辱だ。

 ウィルソンが飲み負けたのは一度だけ。しかし飲み負かしたのは自分ではないのだ。

 ルーディーにとって、仲間であり、友であり、越えられない兄弟子でもあった。

 「もう傭兵隊は解散されたし、俺の隊はウォルターの青二才に持って行かれちまったよ。今は平和が第一だ。俺も一線を退かされて、今じゃ鼻垂れどもの教官だ。俺やお前みたいな戦場の殺人鬼には肩身の狭い時代が来たってことだ」

 「言えた。しかしお前を教官に据えるたぁ酔狂な。まともに教育出来てねぇしな」

 ルーディーは舌打ちして、未だ硬直する若僧どもに一瞥をくれた。

 「うちの問題児だ。甘ったれ貴族の騎士見習いでな、礼儀知らずで喧嘩っ早い。どうにもならんよ」

 「くっくっく。俺に似てる。まぁ、礼儀は後にしても、そんなんじゃぁ戦どころか喧嘩にも勝てやしねぇぜ。ルーディー、お前も覚えとけ。狭い場所で長剣振り回すのは素人のやることだ。ショート・ソードか短剣の方が有効だ」

 「言ったろ、今は平和が第一だと」

 ルーディーは不意に眉を顰めた。

 「ちょっと待てよ。お前、シーハンの税関警備に配属された筈。……なぜここに居る?」

 にたり。ウィルソンが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 彼を知る者なら、これが退避の合図であることを知っているし、ルーディーもそれを知る一人だ。

 「知りてぇか?」

 「い、いやいやいや、いい。何も、何も聞きたくない!」

 「ちっ。つまらねぇ。ならさっさとどきな。ここで待ち合わせがある」

 「まさか再編か !? 」

 「極秘」

 「って、おい……」

 こくり。ルーディーは息を呑むと、状況を飲み込めぬ三人に振り向いた。

 「おいお前ら、行くぞ。説教は別の場所で続けてやる。付いてこい!」

 「あ、いやしかし教官、奴は何者なんですか……って、あの……」

 「ぐだぐだ言わずに来い!」

 希代の鬼教官に一喝され、貴族の馬鹿息子どもは逃げるようにルーディーの後を追った。

 「じゃぁな、ルーディー」

 見送るウィルソンに、出口近くのルーディーの声が届けられた。

 「奴は存在自体が極秘だ」

 ……ちっ。

 ウィルソンは彼らが出たのを確認し、不機嫌な様相で窓際の席へどかりと腰を降ろした。

 すると……

 「はっはっは。すっかり人間国宝扱いですね、隊長」

 「……来たか」

 テーブルの向こうに、三人の男と一人の女性が集まっていた。

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