血の臭う花道
1
- ギャリオット街道
彼はふと足を止め、中天の陽にあぶり出された紅葉並木を見渡した。
沿道を流れる小川のせせらぎが蕭条と耳朶をなで、小鳥の飛び立つ気配が静けさを強調した。
秋たけなわ。
石畳の街道に涼風が吹き抜け、心地よく頬を戦ぐ。
くっくっく。
男は笑い、肩のずた袋を道に下ろした。
背が高い。それにも増して、肩や胸の筋肉が、厚い上着越しにも鍛え抜かれた造形物と知れた。
プリマベラ王国騎士団や衛士隊に属する男のようでもあるが、それとはやはり、雰囲気が異なった。
無造作に切ったぼさぼさの黒髪に、三日物の無精髭。腰の大小二本差しと飢えた野獣のような鋭い黒目。
とくれば選択肢は三つだ。
流れのはぐれ傭兵か、食い詰め浪人。さもなくば逃亡中の辻斬り。
この男にはそれ程血の臭いが染み付いていた。
しかし、この街道は「プリマベラ王国の台所」と異名を取る港街シーハンと王都を繋ぐ大動脈、ギャリオット街道だ。逃亡中の男が歩くには眩しすぎる花道である。
「出てこいよ」
男は野太い声で何処ともなく言い捨てた。
「いい血の臭いだ。たんまりと吸った臭いだ。殺気の方も悪かねぇ。動物のはお気に召さねぇようだがな」
周囲の草と木々の枝が僅かにざわめいた。
直後……
「死ねぃっ!」
四方より、黒づくめの刺客が中央に立つ男に飛び掛かる。
と、男はおもむろにずた袋を正面の刺客に投げつけ、同時に走る。
「ぐっ」
鳩尾に重苦しいずた袋を食らった刺客は、たまらず膝を付く。男はそのまま刺客をうつ伏せに倒し、足で首を踏みつけた。
「動くな!」
ぴたり、と残る三人の動きが凍りつく。
「てめぇら何者だ」
「さすが、奇襲にも全く臆せぬとはな。貴公、元国王直属遊撃隊『紫の鷹』隊長、フェルガー卿シルヴァ・ウィルソンだな」
対して男は片頬歪めて笑う。どうやら図星のようだ。
「ここまでして、間違いでした、じゃ済まねぇぜ。それより、質問してんのは俺だ。応えねぇとお仲間の首、踏み抜くぜ」
男、ウィルソンの足下で、きしり、と骨が軋む。
「ご随意に。故あって名は明かせぬ」
「ほぉーぉ、訳ありねぇ」
ウィルソンの足に力が入る。
「がはっ」
即死だ。
「俺も訳ありでね。命をくれてやる訳にゃぁいかねぇ。さて、どうする、兄さんよぉ」
しかし、恐れるでもなく黒づくめの三人は黒く塗り潰した短剣を構えた。
「貴公を都へはやらん !! 」
「面白ぇ」
すらり、とウィルソンは腰間より長剣を抜き放つ。
中天の陽に照らされる片刃反り身の長剣。いや、この地方では極めて珍しい、刀。その刀身とウィルソンの双眸が妖しく光を反射した。
まさに、殺人者のそれだ。
「俺を止めてみな」
「いぁぁぁぁ!」
半ば恐怖に圧されるように、刺客三人は同時にウィルソンへ腰だめの短剣を体ごと突き込んだ。
しかし刀が閃いたかと思うと、二人が街道を血に染め突っ伏した。
「死ぬ気もいいがよ、毒塗りの短剣も突けなきゃ意味ねぇだろ」
「くそっ!」
一人残った刺客は、短剣を逆手に持ち変え斬りかかる。
「そ。毒はかすり傷でいい。それで勝ちだからな」
悠然と刃を躱しつつ、ウィルソンは刀を鞘に納め、
「それでも傷一つ負わせられねぇんじゃ、まるで意味がねぇ」
横面より打ちかかる刃を手首ごと受け止め、同時に顔面を殴り付けた。そのまま腕を返して投げを打つ。
「かはっ」
路面に背より落とされた男は、一瞬息を止めて右手より短剣を取り落とす。
「さて、訊かせてもらおうか」
短剣が乾いた音を立てて路面を跳ねる僅かな間、ウィルソンは男の腕と手首を極めて動きを封じていた。
「どこの誰だ、俺に面白ぇ悪戯仕掛けた野郎はよ」
「……ぐ……い、言う訳には……」
「命は惜しくない訳だな」
「……ぐぅっ!」
僅かに腕を絞めると、刺客の頚より骨の軋む音がする。
……仲間は死んだ。なら、自白して一人異国へ海を渡れば。
「……言う、言うから手を……」
「いい判断だ。ゆっくり訊かせてもらうぜ」
ウィルソンが腕を緩めた、その時、木の枝より微かな気配。
「……ちっ!」
咄嗟に男を突き放すが、
「ぐはっ!」
黒塗りの短剣が男の背に。
「野郎!」
更に飛来する短剣五本、悠々と長剣の柄で払い落とした。
「……間に合いましたか」
「何言いやがる。早すぎるぜ」
木の枝に立つ男に向け、長剣を抜き放つ。
「っと、待って下さい。僕は貴方を……」
「殺しに来たんだろ。それとも、連中の口封じか?」
ふう……。男は溜め息を吐く。
「成る程。見た目より遥かに頭を使うようですね」
「阿呆ぉ。誰でも解るぜ、これくらいよ」
「あぁ、確かに」
……ふざけた野郎だぜ。
しかし、ウィルソンの口許が笑みに歪む。
「でも、こんな短時間に全滅とは、想定外でしたよ」
「ぬかせ。最後の一人はてめぇが殺ったろ。で、てめぇも俺を都へ行かせたくねぇってクチか?」
すると男は緑の双眸眇め、僅かに右手を帯刀する長剣の柄に向けて動かした。
「フェルガー卿シルヴァ・ウィルソン」
「引退して正解だな。有名になりすぎると、戦時以上に身辺騒がしくなりやがる」
くっくと笑いながら、ウィルソンは峰を当てて長剣を首に担いだ。
「降りて来な。遊んでやるぜ。それとも行ってやろうか?」
「いえ、今日は運気が悪そうです。やめておきましょう」
男は端正な顔に微笑を浮かべ、戻した手で黒いマントの端を掴んだ。
「正面からやり合う前に、保険に入りますよ。どうせなら、彼らとやり合っている間に来たかったのですが」
「好きだぜ、そーいうえげつない手段ってのもよ」
男はくすくすと楽しそうに笑ってみせた。
「危ない人だ。だから貴方は恐いんです。私の名はオズワルド。再び相まみえましょう時まで、どうかお見知りおきを」
するとその男、オズワルドはマントを翻し、風のように姿を消し去った。
「面白ぇ」
森の奥へと続くオズワルドの気配をたぐりつつ、ウィルソンはにやりと笑い、長剣を鞘へ納めた。
「俺好みの展開だ」
午後の陽が中天より僅かに傾いた。
ちん、という鍔鳴りを合図にか、鳥のさえずりが方々で交わされ、紅々とした森がにぎわいを取り戻す。
そして悲鳴と人だかり。
気付くと、街道には商人や旅人が行き交い始めた。