ある日
ファンタジーはじめました。
異世界転生に魔王討伐の宿命と魔法……のないファンタジー。
徹底して剣と弓矢と素手と、あと先込め式ライフルで戦うスタイルで。
A long time ago on the earth far,far way……
- アルバート平原
「聞こえるか?」
ウィルソンが静かに口を開く。
その向こう、もうすぐそこに岐立する王城、プリマベラ城。その城内より響く群衆のどよめきが、城下町を飛び越え、ここまで届いていた。
「吐き気がするわ」
冷然と言い放つエリザベス。
「そう悪く言うもんじゃぁねぇよ。何も知らねぇ民衆じゃねぇかい」
フルネルソンの言葉にも、エリザベスは鼻を鳴らす。
「知らなきゃいいってもんじゃないわ」
「んなこたぁ、どっちでもいい」
ウィルソンが馬を巡らせ、一同に目を向けた。
「守備隊は恐らく第三部隊。一筋縄じゃぁいかねぇだろうが……中は混乱する。巧遅はいらん!拙速で行く!」
そして馬を再びプリマベラへ。
「シューター!カレース・ミリス!」
「はい」
「矢をつがえろ。中央を突破する!」
フランツとカレース・ミリスは無言で顎を引き、鞍より矢を引き抜いた。
すると、城のどよめきが、津波の如き喚声に。
……一刻の猶予もならん。
「今日でケリをつける。行くぞ !! 」
一斉に拍車を掛ける。
八騎の馬がいななき、プリマベラへ向けて猛然と駆け出した。
二週間程前
- プリマベラ城
蝋燭の炎がふと揺らぐ。
続いて駆け抜けた衛士のために、廊下脇に並ぶ燭台の蝋燭が一本、その灯を消した。
「止まれ!貴様、何奴 !! 」
狭い廊下、へし合うように集結した衛士達が男の僅かな動きに気色ばみ、一斉に帯刀した長剣を抜き放つ。
「ま、待ってくれ」
ガサガサの、やっと捻り出したかすれ声。廊下に佇む男は震えながら両の手を頭上に差し挙げた。振り向く勇気はない。衛士達の緊張、いや、殺気が常人にさえ並の物でないことが体感されるからだ。
時折流れる雲より顔を覗かせる満月に照らし出された衛士の表情は、戦時のそれに程近い。
「待ってくれ。私は別に……」
「別に?別に何だ !! 物盗りの言い訳か?」
「違う!何か盗ろうだなんて……」
「ほぉ、だったら何しに来た」
半ば皮肉るように問い質す衛士へ、男は一度喉を鳴らし、小さな声で応じた。
「来い、と……」
「来い?」
再び、雲は銀光放つ満月を覆った。残る蝋燭の灯は、一人佇む男のようにか細かった。
「その部屋に行けば、全て解る、と……」
ざわり。
衛士の間にどよめきが生じた。
その男が目指した、その扉とは……。
「頼む、入らせてくれ!いや、覗くだけでいいんだ。だから……」
「ならん」
刃の如く冷たい返事を返すと、先頭の衛士は右手で突入の合図をした。
「捕らえろ。第一級犯として地下独房に放り込む」
「ま、待ってくれ!そんな、そんな……ただ見たいというだけなのに……」
音もなく五人の衛士が男を取り囲む。そして、ほぼ無抵抗な体に膝と拳を繰り込み、後ろ手に縄を掛けた。
「た、頼む。少し、だけで、いいんだ……」
突き出された男は、血に喉を詰まらせながらも、尚もひるまず懇願した。
「ならん……。貴様、あの御部屋が陛下の寝室と知っての狼藉か?」
「なん、だって……」
その時、雲が割れ、銀の光は淡く男の顔を照らし、衛士の前に顕にした。
「……う」
衛士達は吐き気に手を口へやり、半歩足を退く。
照らし出されたそれは、頬骨が露出し、鼻はもがれたように、暗い孔のみ残す。炎の犠牲になったのであろう、左目から唇までが深い火傷痕に引き吊っていた。
拷問。それは、背筋も凍り付くような拷問のなれの果てだった。
「頼む…………」