就職試験 眼の付けどころ
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若者は焦っていた。明日は広告会社の面接試験だ。いろんな会社を十箇所も受けたが全てだめ。世は不景気の真っ只中というのに次も落ちたら後が無い。『完全就職マニュアル』本に書いてあるリクルートファッションを着て髪をこざっぱりとしてみたが限りなく普通の人になるだけ。オタクが普通の人になれたんだから一応の効果はあるんだけど。
清潔にするとか、礼儀正しくとかは効果が努力に比例するもんじゃない。三度重ねて風呂に入ると好感度三倍アップならいいけどね。ものには程度や限度がある。挨拶や受け応えは出来なければ困るが、過剰は反って逆効果。
『俺の光るものをきちんとアピールしなきゃ受からない。広告業界で仕事しようとしたらアイデア勝負だな』
若者はアイデアを出そうと唸る。疲れて机の上に置いてあるオタク向け雑誌をぼんやりと眺めた。雑誌には未だ売れてないアイドルの卵が写真付きで載っている。
『光るものって言えばアイドルの瞳だな、もっとキラキラ輝いたら売れっ子間違いなしなのに』
若者に考えが浮かぶ。女の子の顔写真を雑誌から切り取って厚紙に貼り、机の中に入れてあった作りかけのプラモデルキットからLED(発光ダイオード)を二つ取り出す。写真の瞳の部分をカッターで丸くくり抜いて、LEDを裏側から押し込みテープで止める。電池をつなぐと写真の眼が青く光った。
『よし、これで決まりだ』
若者は右手を上に突き出しガッツポーズを決めて床に着いた。
翌日、若者は面接試験会場に出かけた。昨晩作った女の子の写真を胸に着けその眼を光らせて駅へ向かう。途中写真に気づいた人は足を早めて若者から離れていく。電車に乗ると周囲は若者に目を合わせまいとしている。
『ひとり女性がこちらを見たぞ。胸につけてる写真を興味深げに見てる。よしよし、いいだろこれ』
若者が期待を込めた女性は若者の顔をちらと覗き視線に気づいて怯えたように目をそらす。離れた座席には若者を見てクスクス笑ってる女学生ふたり組みが居る。
『なんだよー、未だ俺の時代じゃないってか』
若者は周囲の空気を理解した。変な奴と見られているようだ。しかたなく胸から写真をはずす。
試験会場に到着した。若者の順番になり面接を受ける。志望動機などひと通り質問のやりとりが終わり、審査官が若者に尋ねた。
「あなたのアピールしたいものは何ですか?」
「はい、輝く瞳のアイドルを用意したんですけど反応がいまいちでして……」
若者は女の子の顔写真をポケットから取り出し写真の眼を光らせて審査官に見せた。
「自分の光るものを見つけようとしていて……アイドルの眼を光らせちゃったんです。私の感性が受ける時代はもう少し先のようです」
面接を終えた若者にはやるだけのことをやったのだという満足感があった。帰路の足取りは軽かった。
※ ※ ※
審査官は若者を合格にした。同僚が審査官に話しかけた。
「その若者に、光るものがあったんだね?」
「あの若者は眼の付けどころがいい、輝く瞳のアイドルが良かった。ユーモアたっぷりの広告センスが光ってた。アイデアと行動力は我が社に必要だよ。」
審査官は自信たっぷりに説明する。同僚は頷き話題を変える。次の菓子会社のCMに起用するタレントをどうするかと相談した。待ってましたとばかりに審査官が胸ポケットからアイドルの顔写真とペンライトを取り出す。審査官は売れる前のアイドルを発見するという趣味を持っていた。
「この娘いいよ、瞳が光って……」
審査官は写真の裏側にペンライトを当てボタンを押す。ライトが付き写真の瞳が光った。
同僚が見て言う。
「ペンライトが売れそうだね、お菓子にペンライト付けてみるか」
これから就職する人がんばってください。
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