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二次元しか愛せないのは三次元が嫌いだからというわけではない

作者: nibesaku


 合コン、なんてものが現実に存在するらしい。


 大学まで卒業した俺だが、そんな浮ついた話は今まで聞いたことがなかった。交友関係に問題があったのか、はたまたお堅い人間のように思われていたのか、俺としては後者の方が格好はつく。

 そんなこんなで合コンとやらの説明を受けていた。


「正直言って数合わせなんだけどね」


 数合わせ、茶髪の同僚はそう言った。


「いや、数合わせじゃなくてもいやなんだけど」


 俺は断った。


「何にも喋らなくていいからさ」


 同僚は食い下がってきた。


「他のヤツ誘えよ」

「お前以外もういないんだよ」


 切実な表情で彼は訴えかけてきた。


「えー」


 なおも俺が渋っていると、茶髪同僚は考え込むような間を取った。

 おもむろに呟く。


「……わかった。来てくれたら金を出す」

「まじ?」


 俺の心は揺れ動いた。


「大マジだ。来てくれたら五千円を出そう。勘定もお前の分払ってやる」

「うーん。それなら、まぁ」


 同僚の顔が、日の出のアサガオのようにパァっと明るくなる。

 どうやら彼の中では、俺が来るのは確定らしい。


「場所と日時はあとで連絡しておくから」

「おう」


 会社の昼休み終了五分前、茶髪同僚は肩の荷が下りたようにして、自分の席にへと戻っていった。俺はその背中を見送って、さあ仕事だとくるり椅子を回す。

 座ろうとして、テーブル向かいの人から視線を感じた。

 メガネをかけた女性だった。名前は知らない。


 彼女は俺と目が合うと、そそくさと机の引き出しからファイルを取り出していかにも仕事の最中ですよといった風情で何食わぬ顔になる。

 俺も休止状態のパソコンを開いて仕事を始めた。







 合コンの当日。

 当然のように俺はドタキャンした。

 適当に『熱が出た。これ証拠ね』と体温計の画像も送っておく。昨日はそれなりに寒かったから、まあ理屈は通ってるだろう。

 信じるかどうかは知らないが。


『……絶対ウソだろ?』


 そんなメッセージが茶髪同僚から送られてくる。


『ウソじゃないよ。ぷるぷる、ぼくわるい社会人じゃないよ』

『お前さぁ』

『でも熱は本当に出てんだよね』


 ウソである。

 本当は三十六度五分と至って普通の平熱(重言)だ。ただ、ふざけてからガチトーンの話をすることで『マジで?』といった雰囲気に持っていくことができるのだ。


 そのあと何回かのメッセージのやり取りをして、『おやすみ』と送った。

 時刻は朝の八時。ちょうど仮面ライダーとかやってた時間だ。

 ていうか仮面ライダーと戦隊ものが放送してなくて俺はびっくりしたよ。

 終わっちゃったんかなぁ……?

 そんなこんなで俺は二度寝した。







『おはようお兄ちゃん。今日は月曜日だけど、私も頑張るからお兄ちゃんも頑張ろー!』


 なんて励ましの言葉を頂けたら憂鬱な気分は吹き飛ぶだろう。

 昨今の社会では人工知能が云々とか言ってるが、そんなもんより注目すべき部分はあるでしょ。ああVRの世界に引きこもりてぇ。


 会社に行きたくねぇ……行きたくねぇよぉ、と抵抗する肉体を恐るべき社会の歯車力がギギギと回転させていく。

 こんなもん布団から出さえすればどうってことない。

 まあそれが難しいんだけどね。


 そんなこんなで駅に到着した俺はソシャゲのログインボーナスを消化していく。

 この端末も買い替え時かなぁ、と具体性のない思考をしながらタップとスワイプの慣れた作業を繰り返す。


 電車に乗ってからは特に何もしない。

 俺ってば見栄と自己保身の塊でなおかつ嫌われ恐怖症だから人の目があると途端に臆病になっちゃうんだ。恥ずかしいやつだよね。


 そんなこんなで無事会社に到着。


「おはようございます」


 俺の挨拶に反応して、ポツポツと「おはようございます」の声がする。

 自分の席に座って仕事の準備をしていると、茶髪の同僚が何とも言えないような顔をしながらこっちにやって来た。


「元気そうだな。風邪は治ったのか?」


 何言ってんだコイツ、と一瞬思ってしまった。

 そうだった。昨日は風邪を引いたということにしてドタキャンしたのだった。

 適当に相槌を打つ。


「一日寝たかんね。無事この通り治ったよ」

「そっか。……にしても惜しいことしたなぁ、お前」

「なんで?」

「いやな、めちゃくちゃ可愛い子がいたんだよ」

「へー」

「まあ誰も攻略できなかったんだけどな」

「なるへ」


 言いたいことは言い終わったのか茶髪同僚は自分の席にへと戻っていた。俺はその背中を見送って、さあ仕事だと椅子をくるり回す。

 座ろうとして、テーブル向かいの人から視線を感じた。

 メガネをかけた女性だった。名前は知らない。


 彼女は俺と目が合うと、そそくさと机の引き出しからファイルを取り出していかにも仕事の準備中ですよといった風情で何食わぬ顔になる。

 俺もパソコンを立ち上げて仕事を始めた。







 モクモク木曜日、仕事が定時に終わった俺は近所のゲオで予約したゲームを取りに行った。予約レシートを財布におさめて意気揚々と歩を進める。

 今日は徹夜かな、なーんてできもしない妄想をしてしまう。


 主人公には、男と女どっちを選択するか。

 多種多様な考えがあるのだろうが俺は女一択だった。

 理由は特にない。


「ほー、キャラメイク細かいなぁ。デフォルトでいいか」


 あらかじめ用意されていたプリセットの中からひとつ選んで、髪の色やら瞳の色などを適当にいじくりまわす。

 アルビノって神秘的でいいよね。


 ふとそこで俺は天啓的でもなんでもない思い付きをした。


「理想の女性……かぁ」


 そんなこんなで俺は徹夜した。

 ゲームは一日一時間!







 キンキン金曜日、茶髪の同僚と一緒に昼休みを過ごしていた。

 昼休みが終わるまであと五分。

 俺はもう席に座っていた。昨日買ったゲームの話を茶髪同僚にする。


「キャラメイクで八時間つぶされてしもうたわい」

「アホだろお前」

「反省はしていない、後悔している」

「ただのアホじゃん」


 アホアホうるせぇやい。俺は眠気を誤魔化すようにテンション↑↑だった。

 頭の頭痛が痛い。


「今日の飲み会大丈夫か?」

「そういやそんなんあったな。面倒だし……」


 風邪でも引こうかな、と口を出そうになった言葉をなんとか喉元でこらえる。

 茶髪同僚は壁にかけられた時計をちらりと見た。


「来なかったら金の無駄だから、なるべく来いよ」

「あいよー」


 今週の日曜日が会社の創立記念日らしい。

 それに伴って参加・不参加問わず全ての会社員から飲み代を徴収している。

 行かなきゃ損なのだ。


「行けたら行くよ」

「合コンのときですら来なかったのになぁ……来るわけないよなぁ……」


 茶髪同僚はぼやきながら自分の席にへと戻っていった。俺はその背中を見送って、さあ仕事だと椅子をくるり回す。

 テーブル向かいの人から視線を感じた。

 メガネをかけた女性だった。名前は知らない。


 彼女は俺と目が合うと、そそくさと机の引き出しからファイルを取り出していかにも仕事の準備中ですよといった風情で何食わぬ顔になる。

 しかし一瞬動きが止まって、しばし考えたような雰囲気。俺に声をかけてきた。


「あの」

「はい?」

「あ、いえ。……何でもないです。ごめんなさい……」


 嫌われ恐怖症の俺としてはそういう態度が一番心に来る。

 しかし見栄と自己保身の塊でもあるので何食わぬ顔で「そうですか」と言ってみる。


 俺は休止状態のパソコンを開いて仕事を始めた。







 飲み会というのは恐ろしいものである。

 だって俺の居場所なんかないもんね。

 悲しいかな悲しいかな。


 というわけでトイレでいくらか時間をつぶす。

 もういいだろと見計らったところに登場し、お座敷の端に座らせてもらう。

 パクパクとつまみをつまみ、チビチビと酒を飲んだ。

 物凄く眠い。


 そのあといくらか仮眠をして、起きた頃にまたつまみをつまむ。

 明日が休みなこともあって二次会に精を出そうとする勢力が多かった。まだ支払いも済んでいないのに次にどこ行くかの予定を立てている。

 ちょこっと疎外感。

 まあ誘われても微妙な空気になるだけだから行かないんだけどね。


 宴もたけなわ。幹事に支払いをする。

 幹事は茶髪同僚だった。

 同僚は意外そうな表情をする。


「お前来てたのか」

「おう」


 後ろがつかえていたのでやり取りはそれだけ。

 帰ったらすぐ寝ようと思った。


「なぁおい」

「んあ?」


 同僚の呼び掛ける声が聞こえたので俺は振り返った。


「そこの眠ってる人、起こしてくれるか?」


 指をさしている。俺はその方向に視線を沿わせた。つつつと目を滑らせるとそこには女性がいた。テーブルに突っ伏している。

 きっとその人は、会社でテーブル向かいに座っているメガネの女性だと思った。近くにメガネが置かれてるし、見たことある雰囲気だし。


 正直言って気が進まない。

 渋々俺は彼女のそばに寄って、肩をゆすった。


「起きてください会計の時間ですよ」


 そしたら彼女は寝ぼけ眼をこすりながら顔を上げた。

 会計ですよ、大事なことなので二回言う。

 そのあと無事に会計は終わった。







 ドドドド土曜日、宗教勧誘の人が来た。

 あのメガネ女性だった。


「…………」

「…………あの、違うんです」

「そうですか」

「ホントに、知らなかったんです。信じてください」

「信じます」

「ごめんなさい……!」


 逃げるようにメガネの女性は去った。

 逃げるようにって言うか逃げてるか。

 まあそんなこと知ったこっちゃねぇと俺はゲームした。







 ゲゲゲゲ月曜日。


『もう。お兄ちゃんは私がいないとすーぐダメになるんだから!』


 プリプリと怒ってくれる妹がほしいだけの人生だった。

 はぁ……鬱だ……死にたくねぇ……。


 そんなこんなで無事会社に到着した。

 そんなこんなでメガネ女子と会話することになった。


 要約すれば『宗教勧誘のことは黙っててください!』『ええで』みたいなそんな感じ。信教の自由だもんね、思想の自由だもんね。

 あとなぜかLINEのアカウントを教えることになった。

 とっても怖いね。

 『このお礼は必ず返します』だってさ。







 今日は火曜かよう、と毎週お決まりのギャグを披露。


『お兄ちゃん、面白くないよ!』


 逐一反応してくれる妹がほしいだけの人生だった。


 駅に到着してログインボーナスをもらおうとしたらLINEに着信アリ。

 久しぶりに緑色のアイコンをタップする。


『仕事が終わってから時間はありますか?』


 とりあえず返信する。


『ありますよ』


 それ以上LINEの通知はなかった。


 そんなこんなで無事会社に到着。

 向かいの人から視線を感じた。

 メガネの女性だった。名前は知っている。


 彼女は俺と目が合うと、そそくさと机の引き出しからファイルを取り出していかにも仕事の準備中ですよといった風情で何食わぬ顔になる。

 俺もパソコンを立ち上げて仕事を始めた。


 何なんだろうね。







 定時に帰ろうとして。


「あ、あのー……」

「はい?」


 メガネの女性が声をかけてきた。


「えーっと、こ、これからお食事なんてどうかなー……なんて」


 そういうことになった。







「…………」

「…………」


 特にこれといった会話もなく俺たちは夜の街を歩いていた。







 個室のある居酒屋を見つけ、対面するように座る。


 開口一番、彼女は深々と頭を下げ、先日はご迷惑おかけしましたとか、見てるこっちが嫌になるほど平身低頭な態度をとる。

 俺は頭を上げてくださいと言った。

 あれは不幸な事故か何かです、気に病むことはありません。


 彼女はほっとため息をして安堵の表情になった。


 そのあと適当な会話をしてお開き。


 そういえば好きな小説家が被ったのには驚いた。『自分が他の人と同じモノを読んで、同じ感想を抱くとすごく幸せに感じる』というやつなのだろうか。







 六月、宗教勧誘のあの日から一ヶ月ほど経った。


 心に鬱々としたものを抱えながら仕事をしていた。

 他人に対する、環境に対する、とにもかくにも自分以外の何かに対しての鬱憤ではなかった。自分に対しての鬱憤だった。


 正直言ってもう限界なのだ。

 ピークが来てしまったらどうなるか、自分はよく知っている。有頂天の状態から、徐々に、じりじりと気持ちが離れていくのだ。そうしたら途端に、俺という生き物は気持ち悪くなる。


 俺は見栄と自己保身の塊だ。

 己が悪いことをしたと明確に思わないがないかぎり、自分から謝ることは決してない。謝ることは自らの非を認めたことで、自覚がないのにそんなことをするのは嫌だった。

 どうしようもない見栄。

 そうして心が過敏になると、相手の所作がどれも俺をバカにしたものに見えてきてしまう。心が傷ついて、さらに過敏になって、そのループを抜けるために人から距離を取っていた。

 どうしようもない自己保身。

 そして俺は、嫌われ恐怖症だった。

 嫌われたくなかった、嫌われたくなかった、嫌われたくなかっただけだった。


「…………さん!」

「……うん? どうしたの?」


 気づけばメガネの彼女が目の前にいた。

 心配そうに眉をひそめて俺の顔を覗き込むようにしている。


「大丈夫ですか? 具合悪いみたいですけど……」

「ああうん。大丈夫だよ。うん、大丈夫」


 会社の昼休み終了五分前、茶髪同僚の席を見るとそこには背を向けた彼の姿があった。俺はさあ仕事だと全身を奮い立たせた。

 吐きそうになって、テーブル向かいの人から視線を感じた。

 メガネをかけた女性だった。名前は知っている。


 彼女は俺と目が合うと、机の引き出しからファイルを取り出しながら「ホントに大丈夫ですか?」と気遣うような表情になる。

 「大丈夫だから」と俺は言って、休止状態のパソコンを開き仕事を始めた。


 そう言えば今日は、メガネの彼女が俺の家に来るらしい。







 俺たちが好きな小説家は一致している。その小説内で登場する映画のセリフが会話の種になって、実際に映画鑑賞することになった。

 帰りにTSUTAYAで借りる。

 二人の時間は心地よくて、どうしようもないほどの吐き気を感じた。







 三ヶ月が経った。


 俺は彼女に押し倒されている。重力で垂れ下がった彼女のメガネがとてりと落ちて、ベッドと壁の隙間に転がる。

 彼女はぽつりと呟いた。


「何が、何がダメなんですか……」


 何が悪いかと問われたら、そんなのひとつしかなかった。


「全部俺が悪い」

「そんな話が聞きたいわけじゃ……!」


 彼女は語気を強めたが、すぐにそれは萎んでいった。

 俺が悪い、その言葉に思うとこがあったのだろう。

 四ヶ月も一緒にいたら、俺の本性に薄々気づく。

 見栄と自己保身の塊で嫌われ恐怖症。

 そういうことだった。


「逆に聞くけど、なんで俺なの?」

「…………」


 彼女は目がしらを潤わせ、時折声を震わせた。


「許してくれたのは、あなただけだったからです」


 嗚咽をして、なんとか続ける。


「あとは、ほんのちょっとの、一目惚れです」


 俺は、彼女が発した言葉の意味をしっかりと咀嚼して、体を起こした。女性の力っていうのは、ひどく弱かった。

 俺は謝罪する。


「ごめんなさい。本当ならもっと早くに言うべきでした。……別れましょう」

「…………せめて」


 「理由を教えて」彼女はそう言った。

 俺は短く応えた。


「俺が嫌われ恐怖症だからです。ここで別れてしまえば、『いつか嫌われてしまうかもしれない』という不安感を消し去ることができるからです。そして一度嫌われてしまえば、そういうものだと受け入れることが俺にはできます。だから、別れましょう」


 彼女は泣き崩れて、俺は部屋を出て、それから何をしたのかは記憶になかった。







 部長に呼び出された。


「君、家族とか恋人とかいなかったよね」

「はい、いません」

「海外勤務とか、どうかな。キャリアに箔がつくよ」

「…………」

「まあ時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えるといいよ」


 そういうことだった。

 海外勤務だった。







 結局のところ、自分が信じられないから、相手を信じることができないのだ。

 もし自信があったのならば、『いつか嫌われてしまうかもしれない』という不安に押しつぶされそうになることはないのだから。

 人付き合いがとことん苦手なのが、俺なのだ。


 俺にとっては、二次元に夢見ているときが一番幸せだ。

 だって画面内にいる彼女は、俺を見ていないからだ。俺に無関心でいてくれるからだ。俺の存在を知らないでいてくれるからだ。


 こんな子が現実にいたら、ネットにはそんな妄想が溢れかえっている。

 ただ、そんなifがあったとしても、俺に好意を向けてくれたとしても、結局は二次元に逃げてしまうのだと思う。

 俺の介在する余地ができてしまう、その事実が嫌だから。

 俺は、俺のいない世界に浸りたいだけだから。


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