突然ですが、魔法少女達が僕を殺しに来ました
突然ですが、魔法少女達が僕を殺しに来ました。
それは学校帰りの人気のない道でのことです。その道はやたらに塀の高い家が多くって、その所為で歩いているとまるで何処かの迷宮に迷い込んだかのような錯覚を覚えたりなんかするのですが、ですから、自然とRPGなノリな気分になってしまうのも無理からぬことだったりするのです。
「モンスターが現れた! ……なんちゃって」
それで、テンションの上がった僕は、気付くと思わずそんな言葉を呟いていたのです。いえ、なんだか、路地裏へと続く曲がり角から、未知の何かが飛び出してきてもおかしくはないような雰囲気があったものですから。
もちろん、だからと言って、そんなものが現れるなんて事があるはずありません。……まぁ、そう僕は思っていたんです。ところがどっこい、本当にその“何か”は現れてしまったのでした。
「やって来たわね!魔王!」
ただし、モンスターポジションはどうやら僕の方だったようなのですが。しかも、なんか、ボスキャラっぽい。
そこに現れたのは、いかにも少女趣味なピンクのフリフリの衣装に身を纏った女の子で、恐らくは高校生くらいではないかと思われます。魔法のステッキらしきものを僕に向けながら彼女は言います。
「川のせせらぎ、風のささやき、太陽の光を浴びて育つ草花たち! 聞こえるわ、星の国からの美しいテーゼ!
世界を滅ぼさんとするあなたの事を、見事に退治してみせます! さぁ、お命頂戴!
わたしは…… わたしは… 魔法少女キラビカール・セレナン・テゲナ!」
朗々と彼女はまるで歌うようにそんなセリフを口にしました。ただ僕は見逃してはいませんでした。そう語り続ける彼女の耳が徐々に赤くなっていくことを。ある一点を過ぎると、その赤は急速に広がって、やがては顔全体を埋め尽くしていきました。
そして、
「精神異常者でなければー!」
と、その赤がマックスに達すると同時に彼女は地に手をついてそう叫んだのでした。
「あのぉ…… どうかしたのですか?」
と、そんな彼女に戸惑いながらもそう僕は尋ねます。
「何なのよー!?」
すると、彼女はそう叫びました。
“何なのよー!?”と叫ばれても、こっちが何なのよ?って感じです。それから彼女は地面に手をついたままさらに続けます。
「恥ずかしいのよ! 想像以上なのよ! 勢いで乗り切ればなんとかなるかと思ったけど無理なのよ! 何なのよ?この歳で魔法少女って? ある種の拷問じゃない!」
そんな彼女に僕は「あのー……」と話しかけました。
このままでは何がなんだか、さっぱりミジンコほども分かりません。すると、それに反応したかどうかは分かりませんが、彼女は再び語り始めたのです。
「確かに…… 確かにわたしは、小さな子供の頃に“魔法少女になれますように!”って星に願ったわよ! ええ、願いましたとも! でもね、それがこんな時間差で突然叶うなんて有り得ないじゃない! 一体、何年越しなのか?って話なワケよ! しかも、倒す相手の魔王が、どうしてこんな人畜無害そうな少年なのよー?! リアリティ、皆無じゃないのよー! こんなのほとんど詐欺としか言いようがないわー!」
魔法少女にリアリティがあったら、それはそれで嫌ですが。
そんな彼女に再び僕は「あのー……」と話しかけました。
「そんなに嫌だったら、別に僕なんて放っておけば良いのじゃないですか? 何も無理に倒さずとも」
すると、彼女はきつい視線で僕を睨みつけながらこう言うのです。
「それができないから、こんなバカな事をやっているんじゃない! 魔王であるあなたを倒せってなんだかよく分からない星の形をしたお化けみたいなのが強制的にわたしを魔法少女に変身させるのよ! あなたを倒さないと定期的に変身させるって言って! これ、はっきり言って、脅迫よね?!」
「僕が魔王ですか?」
「そうよ!」
しかし、それから彼女は地面に突っ伏すとこう叫ぶのです。
「わたしが精神異常者でなければねー!」
なんだか、見ていて悲しくなってきました。その後で彼女はこう続けます。
「いいえ、むしろ精神異常者であって欲しいと願っているくらいよ、こーなったら!
この歳で魔法少女とか、もし知り合いにでも見つかったら人生半分終わるわよー!」
ところが、そう彼女が叫び終えたタイミングでした。「あんたなんか、まだいいわよ!」とそんな声が聞こえたのです。
見ると、長髪で胡散臭い似非物のSFでよくありそうな機能性を無視した露出度高めの未来的なファッションに身を包んだ女性の姿がそこにあります。彼女はこうがなりました。
「わたしなんか社会人よ! こんな姿でいるところを知り合いに見つけられでもしたら、社会的な死を迎えるのよぉぉぉ!
どうして小さな子供の頃の願いが今更叶うのよ! 正直、願ったかどうかの記憶も曖昧よ! ってぇか、本当に願ったんでしょーね、わたし!」
彼女は明らかに少なくとも20代後半には達していそうな感じで、もちろんですが、高校生魔法少女よりも、更に痛々しさが増しています。
ははーんと、察すると僕は尋ねます。
「さてはあなたも魔法少女ですね?!」
それに切れたような感じで女性は返します。
「“少女”って年齢じゃないわよ! 見れば分かるでしょーが!」
それを聞くと高校生魔法少女が言いました。
「確かにそうね、魔法おばさん!」
「誰がおばさんだー!」
見事なコンビネーション。流石、魔法少女同士です。
そしてそれからまるで合図したかのような感じで二人そろって僕を見るとこう言ったのです。
「でも、とにかく、この魔王を殺しさえすれば、この魔法少女の呪いから解放されるのよ! 精神異常者でなければー!」
……魔法少女、呪い扱いなんですね。
なんだかよく分かりませんが、どうもこのままいくと僕は殺されてしまうみたいです。この二人に。けっこーなピンチかもしれません。僕はこう言いました。
「ちょっと、そのセリフがいかにも精神状態は大丈夫ですか?って感じなのですけど、考え直してはみませんか?」
殺されては堪らないと思って、一応の説得を試みてみたつもりです。ですが、まったく微塵もミジンコほども通じなかったようで高校生魔法少女はそれにこう応えました。
「そうね。一人でも年相応の魔法少女がいればかなりマシなのだけどね!」
そういう問題では絶対ありません。
ところがです。そこでまた声が聞こえて来たのでした。
「安心して。おばさん達。年相応の魔法少女ならば、ここにいるの!」
「おばさん、言うな!」
その魔法少女達の怒りの声と共に、そこに第三の魔法少女が現れました。本人が述べる通り、今度こそは子供で、まるでメイドのような可愛らしい衣装を身に付けています。
「子供過ぎだー」
その登場を受けると、その子に向けて魔法少女二人はそう同時にツッコミを入れました。
そうなのです。今度の彼女はちょっとばかり子供過ぎで、どう見ても幼稚園を出てはいない感じなのでした。
それから、
「魔法少女・ルルンブ登場!」
なんて言って、その子は片足を上げたポーズを取りました。
「魔法 ルルンブ ルルンブ ルルンブ ルルン」
そして踊りながら歌い始めます。まるで幼稚園の学芸会のようです。ただ、何故か無表情なのですが。
元ネタのチョイスが子供にしては微妙に渋いですし。
「無表情で踊るなー! 怖いのよ! 色々な意味で!」
と、高校生魔法少女がツッコミを入れます。一方、社会人魔法少女は、そんな魔法童女の踊る姿をスマフォで撮り始めました。無表情とはいえ、可愛らしいからでしょうか?
「なにをやっているの?」とそんな社会人魔法少女に高校生魔法少女が尋ねると、彼女は口の端を歪めてこう答えます。
「証拠を残しておけば、この子が大人になった時、色々とネタに使えそうじゃない? さっき、おばさんって言われたし」
それを聞いて高校生魔法少女はこう返しました。
「ああ、なる~。わたしも撮っておこう」
そして本当に撮り始めました。
……この二人、魔法少女がどうこうの前に人として問題がありそうな気がします。
まぁ、大人になってもこの魔法童女にはそんな脅しは通じなさそうですが。無表情で受け流しそうな感じがします。
そんなよく分からない撮影会が目の前で展開されている間で、僕はスマフォを取り出すと電話をかけました。
「ん? あなた、何をやっているの?」
それに気づいた社会人魔法少女がそう尋ねてきます。僕はこう答えました。
「いえ、今の内に警察に電話をかけておこうかと思いまして」
それを聞くと彼女は「警察ぅぅぅ?」と大声を上げました。
「何してくれちゃっているのよ、あなたは!」
「いえ、普通、殺されそうなら警察に助けを求めますよね?」
「あんた、これが普通だって思っているの?」
ま、思っちゃいませんがね。
「ええい! でも、警察は本気でまずいわ! 来る前にずらかるわよ!」
どう聞いても悪役なセリフですが、とにかく、そう言うと、社会人魔法少女は全速力で逃げ始めました。魔法童女を小脇に抱えて。因みに抱えられている魔法童女はやっぱり無表情でした。
「ちょっと待ってよぉぉ!」
と、その後を高校生魔法少女も追っていきます。
……そうして、三人の魔法少女達は僕の目の前から消えたのでした。日本の警察のお陰で助かりました。感謝しなくてはならないでしょう。
それにしても、あんな連中が現れたとなると魔王であるところのこの僕もうかうかしてはいられません。明日あたり、世界を滅ぼそうかな?なんて思います。
書店で”魔法少女”って単語をよく見かけるので書いてみました。
書き終えた後で「こーいう事じゃなねーな」と思いました。