13・エピローグ
主様が本を読んでいます。
「これはどうにも、物足りないな……」
眉を寄せて不満そうです。
「読みやすくとも、冗長で話が転がっていかない。出だしは良かったんだけど」
「その本はイマイチでしたか?」
「もとのアイディアは悪く無いけれど、展開がね」
主様は本をパタンと閉じてテーブルの上に置きます。
主様は本がお好きです。物語がお好きです。
ジャンルを問わず本であればなんでもお読みになられます。
ですが、なかなか満足できるものは見つからないようです。
「科学が進歩し、デジタル技術が進みネットワークが地上を覆うようになると、物語の数はぐんと増えるのだけど、代わりにおもしろいものを見つけるのが難しいね」
「平等という概念が広まると芸術は停滞しますか」
「ん?」
私の言うことに主様は首を傾げます。私は思い付いたことを主様に話してみます。
「芸術を理解する富裕層、支配階級が芸術家を支援してこそ芸術は発展していくではないですか」
「なるほど。芸術家が利益を得られず、利を得るための職との掛け持ちで芸事に専念集中できない時代では、その才能を発揮しにくくはなるのか」
「最近では機械が小説を書くようになったそうですよ。そちらはいかがです?」
「それはそれで悪くは無いけどね」
主様が苦い顔をなさいます。
「機械の書く小説は人の蓄積した情報からのパッチワークになる。だから整ってはいるけれど、そこに新しいおもしろみは無い。何より機械の物語には作者の苦悩も歓喜も無い。哲学も人生観も無いところがイマイチだね」
「哲学に人生観ですか」
「物語というのは花のようなものなんだ。泥の中に根を張り、水の中を茎を伸ばして水面に花開く蓮の花のようなもの。己はその花を愛でることが楽しみなんだ」
「ということは、泥は作者の経験や知識で茎は作者の生き方とか人生観とかですか? その先に物語という花が咲くと?」
「まぁ、そんな感じ。どんな物語にも作者の生き様が表れる。ギャグや日常系だって作者が読者を楽しませようという思いからできるのだし」
「機械の物語には思いが足りませんか?」
「足りないというか、思いがあるように見せかけるパターンの使い回しになるから。とは言っても人の物語にも似たようなものが多いか。誰もが作品を作り世に出す時代となると」
「そうなのですか?」
「安寧を求めて安心できる社会という名前の檻を作り、自ら首輪を嵌めて檻に入るような人が増えるとどうもね。型に嵌まったようなものばかりで、突飛なもの、文字どうり型破りなものが少なくなる」
「平和が続くとそうなりますか。戦争の中、戦争の後の方が尖ったものが多い気がしますね」
「反動なんだろうね。でも文明が進んでいくと物語も人の限界、人の常識、人のパターンを決め打ちしすぎているような印象があるんだよ。魔法という不思議なものを扱うにしても、なんだかゲームのような法則やお約束に縛られているような」
「大砲の弾に乗って月に行くような小説は無くなりますね」
「想像力にも枷を嵌めちゃってるのかな?」
「そのわりには物語は次々とできるようですが?」
「人は物語に頼り、物語にすがって生きるものだから。ではこの作者の他のシリーズを持ってきてくれないか?」
「はい、少々お待ち下さい」
分体に思念通信、主様に本を持ってきて下さい。さ―56の本棚からシリーズで。ついでに作者名から検索を。あら?
「主様、その作者のシリーズ『魔術師の脳髄』の最終巻が先週に出ています。入手したばかりのものがございます」
「それではそれを1巻から持ってきて」
分体へ思念通信、『魔術師の脳髄』1巻から最終巻を持ってきて下さい。主様のおやつも一緒に。
分体より返答、了解しました。今日のおやつは焼きプリンです。では、主様と一緒に焼きプリンを食べましょう。
「君達のおかげで読む本に困らない。助かるよ」
「地球上の物語の収集は私=私達にお任せ下さい。そのために私=私達がおります」
私=私達に手抜かりはありません。主様のお楽しみのため、ありとあらゆる手段をもちいて物語を集めましょう。
主様に作られ、主様に仕え、主様の為に生きるのが私=私達。ですが私=私達にもできないことがあり、それだけが残念です。
「どうかした? なにか困ったことでも?」
主様が私の顔を見ておっしゃいます。主様は従者たる私=私達にいつもお優しいです。そんな主様に仕えるのは私=私達にとって喜びであり誉れです。
それなのに、
「私=私達では主様を楽しませる物語を作れないことが、残念です」
「なんだ、そんなことか」
主様はクスリと笑います。
「己も君達も無限とまではいかなくても、宇宙に等しい時を生きるものだからね。永遠に近く存在し在り続ける。だから己の生きた証を残す必要も無く、己の思いを文字という形にしてその意志を残そうという願望も無い。いつまでも生き続けるのだから。故に物語を作る必要は無いし作れない。物語を作るのは定命の弱く脆い人にしかできないし、人で無ければ物語を書いて残そうとはしない」
「弱く簡単に死んでしまう人だからこそ、思いを形にして残し人の記憶の中での永遠を望みますか」
「簡単に死ぬからこそ死に抗う。死んでも何かの形で自分を残したい。思い残しというやつだね。だから人は物語を作る。物語を作ることにしか人の価値は無い。己にとってはね」
「物語を書かない人も大勢いるようですが?」
「彼らは彼らで人が群れで生きる社会を作る一員だ。彼らの作る人の世界を苗床にして物語は生まれて花開く。物語を作るのに役立たない人はひとりもいないよ」
「なるほど、人は全て一人残らず主様のお楽しみのお役に立っているのですね」
分体が本を抱えて持ってきました。
「主様、『魔術師の脳髄』全16巻お持ちしました」
もう一人の分体がおやつを乗せたトレーを運びます。
「主様、今日のおやつは焼きプリンです」
「いただこうか。紅茶を頼むよ」
「はい、主様」
ティーポットにお湯を注ぎ茶葉が開くのを待ちます。その間に主様が訪ねます。
「地上の方はどうだい?」
「人の科学の進歩は一時に比べると低迷しているようですね。そろそろ終わりでしょうか」
「人が人と未来に希望を抱ける物語を描けるなら、もう少し続くだろうよ」
主様は焼きプリンをスプーンで一口お食べになります。
「うん、今日のおやつも美味しいね」
主様の笑顔を見ると胸が歓喜で熱くなります。
私=私達は今日も主様のお世話をし、主様の為に地球上の本を集めます。様々な本を、ありとあらゆる物語を。
なので人は物語をどんどん作りなさい。
主様の娯楽となる物語を。
歓喜に悲哀、希望と絶望、愛に恋に友情に、平和も戦争も、成功や失敗でも、望みも恨みも、願いや呪いも、心の内にあるものも、身体の外にあるものも、目に映るもの、眼では見えないもの、耳に聞こえる音、耳では聞こえない歌、手に触れるもの、人には触れえざるもの、実存概念取り混ぜて、その世界の全てを糧として、その命を苗床にして。
主様のために物語を書きなさい。
人はそのために生まれ、そのために生きる種なのだから。
全ては主様の喜びのために。
人よその手で物語を紡ぎなさい。
あなたの物語を主様に捧げるために。
読了感謝




