君に栞を
爽やかな色のジャケットに、黒いパンツを合わせて。
君が褒めてくれた鞄を、肩に引っ掛ける。
女は準備が遅いっていうけど……僕も君と出かけるときは、ちょっと迷うよ。
……と、と、いけないや、忘れ物してた。
これだけは、絶対持っていかないと。
さーてと。行きますか。
君の待っている所へ。
約束の時間、5分前。
にも関わらず、君はもう、待ち合わせ場所に居る。
木影に隠れたベンチに座って、木漏れ日を光に、本を読んでいる可愛い女。
1つに結った、艶やかな長い黒髪が、そよ風に揺れる。
黒縁眼鏡と対極的な白い肌に映えるのは、ぷっくりとした紅い唇。
可愛い可愛い、僕の君。
読書中、下手に邪魔すると、君は1日中唇を尖らせて拗ねるから、気をつけなければいけない。……まぁ、拗ねる君も可愛いんだけどさ。
でも、読書が終わるまでずっと待つと長すぎるから、僕はいつも、必殺技を用いる。
君の読んでいる本を覗いて、話が一区切りつくタイミングを待つ。
チャンスは1度だけだから、油断ならない。
お? もうそろそろ章が終わるな?
君が次の章の頁をめくる前に、僕はスッと、右手に隠していたものを、頁と頁の間に忍ばせた。
ふつ、と集中力が途切れた君の意識が使うのは、急に視界に飛び込んで来た、それ。
「……押し花?」
鈴を転がすように愛らしい声が漏れる。
もうそろそろ話しかけても良い頃合だろうと、僕はそっと口を開く。
「お待たせ。待った?」
「ん? んー、待った」
君は、その白い手で押し花を優しく持ち上げて、くす、と笑った。
「綺麗なアネモネ」
「だろ? 従姉妹の女の子と選んだんだよ」
「……む」
君のほっぺが、ぷぅ、と膨らんだ。
……あれ? 僕、なんかヤバイことでも言ったかな?
「……従姉妹ちゃん、可愛い?」
「え? うん」
「……わたしと、どっちが可愛い?」
「ん? ……君?」
「なんでハテナなの」
ぷぅぅ、とほっぺを膨らませる君。
まさかこれは、
「……嫉妬した?」
「なぅっ?!」
あ、ほっぺが赤くなった。
「違うもん違うもん違うもん! 違うんだからっ」
「うんうん、そっか〜、可愛いなぁ」
「ち・が・う・の!」
「そうだねぇ」
「もぉぉっ、絶対信じてないでしょ!」
「はいはい」
もう、やめて欲しい。嫉妬とか……ニヤけて堪らないんですけど。
「もうやだっ、今日お出かけやめる、帰るっ」
「え? 家にお邪魔して良いの?」
「違ぁぁぁうっ」
顔を真っ赤にさせて怒る君に、僕はさらに追い討ちをかけた。
……好きな子って揶揄いたくなるんだよなぁ。
ちなみに、従姉妹は幼稚園児なんだってことを、君は知らない。