【バレンタイン】あの日見たラノベと噓偽りない源氏物語
バレンタインだし何か投稿しようと思っていました。
当日になり、様々な作者の恋愛小説が投稿され、すっかり忘れていました。
つまり、少し時代に乗り遅れた少年の恋愛談です。
「君が好きだ」
「……何の冗談かしら」
二人の交わした第一声が、これだった。
「この気持ちは本気だ」
「だったら一層気持ち悪いわ」
「君の気持ちを知りたい」
「気持ちは悪いと言っているのよ」
「君の、僕の告白に対する答えが欲しい」
「あら、今のは嫌がらせじゃなくて、告白だったの?」
「俺としては君と付き合いたい」
「………」
「男子高校生が自分の青春をかけて気持ちを伝えたんだ、何か言って欲しい」
「なら言ってあげるわよ。二度とこんなことしないで」
「それは『他の女性にも同じように告白するなんて、許さなんだからねっ』ということか!」
「そんな隠喩を含んだ覚えはないのだけれども」
「ありがとう、君を一生幸せにしてみせるよっ!!」
「それは私の視界に二度と入らないでくれるということね」
「そんな隠喩を含んだ覚えはないんだがな」
「分かってるわ、直喩でしょう」
「君の国語力を疑うよ」
「私は貴方の発想力に呆れるわ」
休み時間に廊下の隅でやり広げられる会話。
勿論他にも生徒はいるし、好奇な視線を送り続ける人もいる。
しかし大半は、またかと溜め息をつき、呆れた顔を作っていた。
2人の告白劇は、既に一ヶ月以上繰り広げられているからである。
その男子生徒は、愛を含んだ熱い言葉を毎日投げ掛けている。
対して女性は終始ツンとした態度で、男に棘のある言葉を返す。
ではここで、この女子生徒の魅力を言わせてもらおう。
爛々たる深紫の目に、紅い紐で結わえた茶髪。
良く通るクリスタルボイスで紡ぐ言葉は、荊棘のように尖った毒舌。
身長は小さめだが、スラリとした足は誰にも引けを取らない。
男子生徒の方は……適当な好青年にしといてくれ。
ともかく、
男子の名前はタケトリ、女子はムラサキと言い、共に我が校の名物キャラとなっていた。
ちなみに俺は、男子生徒タケトリその人だったりする。
今の時代、男子はコッソリ女性に告白するのが主流らしい。
俺はと言えば、感性が180度ズレてこうなった。
友人いはく、俺は一時代考え方が遅れている、みたいだ。
最初は先生にも止められたが、段々と黙認される始末。
と言っても、先生に反抗する不良ではないぞ。
「彼女は友達が少ないから、お前はピッタリだろう」と言われたのだ。
嘘ではないぞ。偽る理由はないからな。
「そもそも、何で貴方は私に付き纏うのかしら」
「さっきから言ってるだろ?俺は君のことが……」
「じゃあ私と距離を置いといて。そうすれば貴方をミジンコ程度には好きになるでしょうから」
「おいおい、初っ端から遠距離恋愛はハードル高いな」
「愛に障害は付き物でしょ?」
「そう、君の素直になれない心の壁とかな!」
「……一番は、私の心を理解できない貴方の頭脳よ」
こんな会話をするうちに、時はドンドン過ぎ去っていく。
彼女がチラリと時計を見た。
その仕草で、俺は休み時間が終わるのだと気づいた。
流石に授業を邪魔してまで話すつもりはない。
俺は慌てて教室へもどりつつ、彼女に手を振って別れを告げた。
ああ、二人が同じクラスならと常々思う。
「じゃあ、またな」
「本当に何なの、貴方。まあでも……またね」
彼女は小さく返事をくれた。
清らかで可愛らしい、俺の心臓を撃ち抜く声だ。
囁きを録音したかったぜ。
だがそんな猶予はないし、学生の本業は勉学である。
俺は自分の教室に帰って行った。
■■■
全く彼は何なのだろう。
校舎の廊下の中央で、私、ムラサキは考える。
風のように去って行く彼を、目で追いかけながら。
初対面から今まで、タケトリ君の印象は変わらない。
気付けば彼に告白され、私が断るやり取りが日課になっている。
もちろん世間話や意味のない会話だってした。
私に異常な愛を告げる以外は、至って優しい生徒だ。
相手の感情をよく察して、不快にしたと思えばすぐに謝る。
友達の少ない私にしてみれば、彼と話すことが別段嫌というわけでもなかった。
「けれど……」
--彼の告白に、私が肯定することはない。
昔も今も……多分これからも。
彼を疑うわけではないが、その言葉を受け入れられなかった。
私なんかが誰かに好かれるわけない。
だって……私の身体は……
考えようとして、胸の奥が痛くなるのを感じる。
ああ、何時もの感覚だ。
気付けばタケトリ君の姿は、廊下から消えていた。
「……戻らなきゃ」
私は教室に戻り、その扉をソッと閉めた。
その先に地獄があることを、彼に気付かれないように。
まだ私は耐えられるから。
□□□
それは、彼女と会話した数分後である。
「なあ、タケトリ。お前って今日も彼女に告白したのか?」
授業中、俺は友人に話しかけられた。
誰も知りたいと思はないだろうが、彼の名前は畑中である。
今は英会話の時間であり、教室で英語や日本語が飛び交っている。
当然、少しの雑談も気にされない。
その機会を使って、隣の席の友人は俺に質問してきたのだ。
特に偽る理由もないので、普通に肯定する。
「そうだけど」
畑中は眉間にシワを寄せ、俺を疑いの目で見つめてくる。
そして見つめて見つめて見つめてから、彼は大きな溜め息を吐いてきた。
「相変わらず懲りないなあ。お前ってヤツは」
「何だよ、その言い方。俺だって毎回やり方を変えているんだぞ」
前回は昼食に誘い、その前は借りた古典の教科書にラブレターを挟んだ。
恋人を詠んだ和歌のページに挟んだあたり、洒落てると思う。
未だ気付かれてないようだが。
そして今回は久しぶりに王道で告白してみたのだ。
失敗したわけだが。
すると、またもや溜め息を吐かれた。
そんな仕事疲れの会社員みたいな仕草をされても、俺は困る。
「良いか?俺がお前に言いたいのは……そうだな」
畑中は数秒間を置いてから、壁際の席を指差した。
そこには色白の女子がいる。
「あの娘のこと、どう思う?」
「どうって……思慮分別のある大人びた人、かな」
「じゃあ、あそこの水泳部は?」
「運動のできる天使爛漫な人」
「こっちの文学部は?」
「おとなしいけど、思いやりのある人。……おい、さっきから何なんだよ」
意図の分からない問いかけに、俺はたまらず質問した。
なんで俺が女子を一人ずつ評価しなければならないのだ。
俺が女性について悩むのは、ムサラキさんだけで十分なのに。
ムスッとする俺に、友人は呆れた顔をする。
「まだ気付かないのか?俺たちの学校には魅力的な女子が沢山いる。それは今お前が語った通りだ」
「……まあな」
「つまり俺が言いたいのは、もっと視野を広げろってことだ。一人に固執してフラれ続けるより、別の女子も見てみろ。意外と気の合う人がいるかもしれないぜ」
「はあ?……あり得ないな。俺が恋するのは彼女以外であるわけない」
「その割に、彼女の態度は冷たいままだが?」
「知らないのか?それはツンデレっていうんだ。ラノベを読めば一人は出てくる、テンプレ属性の王道だ」
「……ラノベ?よく分からないけど、良い加減彼女を諦めろ。付き合えたとしても、ロクな目に遭わないぞ。何しろ彼女は……」
キーンコーンカーンコーン
話の途中で、授業終了を告げるチャイムが鳴った。
先生が教壇の上で、締めの挨拶がなされる。
畑中は口を止め、身体を前方に向けた。俺も同じく姿勢を正す。
3秒後、学級委員の号令がかかり、全員が起立した。
外から他クラスの喧騒が近づいて来る。
そして先生に礼をする直前、友人が呟いた。
「……とにかく、たまにはムラサキさんと距離を置いてみろよ。」
俺が顔を向けると、既に彼は廊下へと向かっていた。
ムラサキさんに会うため、俺も席から離れようとした。
けれど……友人の言葉を考える。
立ち上がった身体を、また椅子に下ろした。
「押して駄目なら引いてみろ、とも言うしな」
試しにやってみるか。
■■■
夕暮れが映る放課後の校舎。
部活も課外授業も終わる時間帯。
私は帰宅の準備を終え、玄関に立っていた。
靴入れの周囲は生徒が集って賑やかだ。
彼らの多くは、談笑しながら校門を抜けていく。
「……」
もちろん私も帰るのだけど、少し気がかりなことがある。
(タケトリくんが、いない)
昨日までなら、放課後は必ず会いに来た。
一言だけでも会話をして、彼は笑顔で帰っていった。
けれど今日は、彼がいない。
何か事件でもあったのだろうか。
彼には用事があったのだ、と考えれば別に不思議なことでもない。
むしろ毎日会いに来る方がおかしいのよ。
けれど、そうなのに、妙にソワソワとしてしまうのは何故かしら。
切ない気持ちになるのは、彼の所為なの?
「……バカみたいね」
散々自分から避けておいて、彼を心配するなんて。
けれど、やっぱり気になってしまう。
そんな葛藤を繰り返していたら、随分と時間が経ってしまった。
きっと彼は先に帰っただけなのだ。
そう無理やり納得して、私は校門を出ようとした。
灰色に汚れたブロック塀に、影が差している。
同級生の女子たちが未だ雑談する間を、私は通り過ぎた。
ふと、視線を感じる。
私が顔を上げた。
彼女たちが私を凝視していた。
□□□
1時間前。
俺と畑中は図書館にいた。
大きめの机に、二人並んで座る。
目的は当然だが読書だ。
ちなみに、目の前には本数十冊分の山。
全て小さなサイズで、表紙に少女のイラストが描かれている。
そう、ご存知ラノベである。
「いやあ、うちの学校って凄いよな。源氏物語からweb小説の書籍版まで取り揃えてるんだもの」
俺の称賛に対して、友人の目は虚ろだ。
折角集めた本のタイトルを見ては、溜め息をついている。
「……なあ、タケトリ。確かに俺はムラサキさんと距離を取れと言った。だがしかし、誰もラノベを紹介しろとは言ってない」
「つまり不言実行ができる俺は素晴らしい、ってことだな」
「傲慢すぎる解釈だ……」
「たまにはラノベだって良いものだぞ?最近は古い文献をアニメやゲームにするのが流行ってるそうじゃないか。だったら、色んな知識を含んでいた方が楽しめるに決まってるさ」
「いやでも、このイラストは今の時代の流行と掛け離れてるし。世間で流行ってるのは時代が千年違うし。俺は色白に細い目の和服美人が……」
ブツブツ文句垂れ流す前に、俺の集めた本を読んで欲しい。
特にこの、異世界召喚の長編小説は面白いぞ。
ピンク髪のツンデレ少女との恋愛も、王道を行く展開も一流だ。
21世紀の傑作とも言える。
「はいはい、読めばいいんだろ。一冊だけだからな?……俺はこの本より十六夜日記でも読んだ方がときめく気がするけど」
「いや、随分と違うから。とりあえず読めば分かるさ。意味不明な単語の解説もしてやるから」
10分後。
そこには夢中になって本にへばりつく友人の姿があった。
ラノベの世界に入り込んだ彼は、次々と本の山を切り崩す。
俺も隣で一冊を手に取る。
お気に入りの学園恋愛モノだ。
懐かしいな……最近見てなかったっけ。
ツンデレなヒロインが特に大好きで、最終巻で泣いてしまった。
(それに……これがなかったらムラサキさんを好きになれなかった)
後で借りようと思い、俺は本を胸元に入れといた。
外を見れば、夕暮れに影が濃くなっていく。
友人を洗脳し終えた俺は、新鮮な空気を吸いに図書室から出た。
「……そう言えば、ムラサキさんに帰りの挨拶をしてないや」
友人からは一度身を引くようアドバイスされたが、どうするべきか。
よく考え抜いた末、俺は軽くさよならを言うことにした。
毎日挨拶をする友達が突然いなくなれば、誰でも困惑するだろう。
人として、他者を不安にさせることはしたくない。
「……サッと行って、風のように去る。これぐらいなら許されるよな」
問題は俺の口が勝手に愛を歌ってしまうことだが。
それでも意識すれば、ムラサキさんを不快にはさせないだろう。
俺は玄関に向かって歩き、下駄箱を確認する。
ムラサキさんの靴があったので、まだ彼女は校舎内にいるらしい。
だったら少し探し回って、彼女を見つけようか。
「そうだな、まずムラサキさんの居そうな場所を探していこう」
俺は階段に向かって歩き出した。
■■■
ここは校舎突き当たりの教室。
確か正式な名称があったのだが、埃を被った未使用部屋のために誰も知らない。
ただ雑然と机や椅子の並んだ、陰気臭い物置となっていた。
(……ここに来たのは、何回目だったかしら)
私は進んでこの空き部屋に来たりしない。
来るのは、例えば目の前にいる同級生たちに連行されるとき。
彼女たちは、常に私のことが気に入らないらしい。
気付けば机に油性の落書きがあり、物が捨てられている。
それでも憂さが晴れないのか、私をこうして呼び出すのだ。
「……ねえ、アンタ。また調子乗ってるわよね?」
睨みながら質問するリーダー格。
五人が私の前方を取り囲み、後方は窓のため逃げられない。
しかもカーテンのせいで、外の人間はこの現場に気付けない。
「何か言いなさいよ!昼間からタケトリとイチャついて、うっとしいんだよ!!」
無反応な私に、彼女たちの怒りが募る。
けれど私が口を開いたところで、結局は反感を買うのだ。
理不尽極まりないと思うけど、手の打ちようがない。
「はしたないと思わないの!?」
「穢らわしい!!不潔!!」
「身の程をわきまえなさい!!」
「まあ、しょうがないわよね……」
リーダーはククッと嫌らしく笑った。
「アンタの顔、見た事もないほどブスだからねええ!!!」
はあ、結局そうなるのね。
いちゃもんを散々つけた挙句、彼女たちはいつも同じ台詞を吐く。
私が何をしようが、いや何もしなくとも、こう悪口を言うのだ。
「声も甲高くて煩いし!!」
「身体もガイコツみたいに痩せ細ってる!!」
「目なんて、野良猫の目より濁ってるわよ!!」
私だって。
そんなことは知っている。
声も小鳥のさえずりみたいに煩くて、幾ら食べても身体は小さい。
それは変えようとしても変わらなかった。
だから勉強を頑張り、少しでも立派な人間になろうとしてるのに。
彼女たちはこうやって、私の心を傷つけていく。
私の顔が歪むのを見ては、更にからかって嘲るのだ。
それでも私は耐えてこれた。
私を好きだと、心から言ってくれた人がいたから。
けれど彼もきっと……目が覚めたのだろう。
私と付き合えば、周囲から笑い者になるにきまってる。
こんな醜悪な顔と付き合うとは物好きだな、なんて。
だから、離れてくれて良かったのだ。
傷付けられるのは、私だけで十分。
だから、これで良かったの。
良かったの。
……良かった、の。
「え?なに、もしかして泣いてるの?ギャハハ!!」
「醜い顔が、更に歪んじゃってるわよ!?キャハハハ!!」
「「「アハハハハハハ!!!」
この悲しみが見られないよう、私は下を向く。
私を嘲笑う声が、教室に響く。
「……もう、嫌だよ」
『そうか。じゃあ終わらせよう』
突然聞こえた声。
それはよく聞き慣れたあの人の声。
私は顔を上げた。
そこに、タケトリくんは立っていた。
□■□
おいおい。
やたら騒がしい教室だと思ったら、ビックリだよ。
どうみてもイジメの現場じゃないか。
しかも見知った顔ばかり。
特に涙目な女子生徒なんか、俺の大好きなムラサキさんじゃない?
……ああ、これが怒髪天に昇るって感情か。
昂ぶる気持ちが抑えきれない。
だが相手は女子だ、本能のまま殴り掛かってはいけない、
俺は深く息を吐いた。
すると、女子の一人が声を上げた。
怯えているが、声を張って俺を笑い者にしようとする、
「タ、タケトリじゃんよ!キャハハハ、彼女さんを助けに来たってか!」
「……………殺すぞ?」
「ヒッ!!?」
ガタンと女子は腰を抜かし、その場に倒れこんだ。
俺が視線を合わすと、顔の色がサーっと青白くなっていく。
そのまま固まったかと思うと、白目を向いてバタリと倒れこんでしまった。
突然のことで、他の女子はその場で固まったまま動かない。
気絶した女子を助けようとする奴らはいない。
俺は部屋をゆっくりと見回す。
その視線をムラサキさんに戻すと、右足を出した。
ギシリ
彼女たちとの距離が、歩幅一歩だけ縮まる。
それだけで、皆が更に強張った。
ムラサキさんだけが、唖然とした表情で俺を見る。
目には涙の流れた跡が、クッキリと残っていた。
「タケトリ、くん……?」
彼女は小さく声を出した。
そこには恐怖より疑問の感情が篭っている。
「なんで、ここが……?」
「言ったろ、俺は君が好きだって。だから君の居そうな場所を探してみた」
朝も、昼も、夕方も。
気付けば彼女を目で追いかけていた。
教室の席も、お気に入りの場所も、俺は理解し知っていた。
だから当然、彼女がこんな扱いを受けているのも分かっていたんだ。
「俺は、ムラサキさんの嫌がるようなことはしたくない。だから君が相談するまで、俺はイジメについても我慢していた。助けを求めれば、すぐに動けるよう準備もしていたんだ」
「え……」
彼女は動揺する。
感情が追いついてこないのだろう。
何かを言いいたそうにするも、口ごもっているばかりだ。
「だから、 俺は君を助けない。君が呼ぶまで、これ以上追求はしない」
そう言い切ると、俺はリーダー格の女の方を向く。
唐突に睨まれた彼女は狼狽え、壁際まで後ずさった。
口をパクパクと動かしているが、威勢のある声一つ聞こえてこない。
「俺の目的は、お前だよ」
低く冷淡な口調で、逃げた女子に迫っていく。
ようやく声を取り戻したらしく、精一杯の虚勢を張ってくる。
「な、何なんだよっ!来んな、ゴミが!!」
「お前らに、一つ正してやることがある」
「きき消えろお、変態があ……!!」
「黙って聞け」
俺はハッキリと示さなくてはならない。
彼女たちと俺の、認識のズレを。
「良いか、俺はな。
--お前らみたいな平安時代の顔が嫌いなんだよ」
「……え?」
目の前の女子はポカンと口を開ける。
その顔は、どうみても珍妙な光景だった。
真っ白に厚く塗られた、フックラと膨らむ太り顔。
毛を剃り、黒筆で描いた大きな嘘の眉。そして細い目。
髪をこれでもかと伸ばし、床を引きずる程長くなっている。
口紅を異様なほどベタリと塗り、強烈な匂いの香水で体臭を誤魔化す。
そもそもこの格好を麗しいと思い、わざわざ平安の絵巻物から姿を似せる意味が分からない。
その姿はまるで、三千年前の平安貴族のようだった。
対して俺が好きなのは、千年前の萌えキャラ文化なのだ。
尽く相反している。
「そもそも、何で今更になって古風な格好が流行っているんだ?皆は学校で源氏物語や十六夜日記を読み出すし、ラノベを古臭いと罵ってくる。どう考えても時代錯誤だ」
「は、はあ?そんなの私たちの勝手でしょ!?ていうか、ラノベだって千年前に廃れたジャンルじゃない!!私たちのファッションと一緒にしないで!!」
「ああ、そうだ。お前らの美意識は、俺に関係ない」
理屈は分かる。
白肌は純潔を、太った様子は裕福な姿を象徴する。
細い目は聡明そうに見えなくもない。
長髪も、口紅も、相手に自分を十分に印象づけられる。
美しいと思う感性は様々だから、俺がそれを咎める必要はない。
「けど、彼女を虐めるなら話が変わる」
俺は胸元から本を取り出した。
それは図書館に積んであった本の一冊。
ラノベである。
俺はページをめくり、細いタッチで描かれたカラーの扉絵を開く。
それを怯える彼女の前に突き出した。
「これを見ろ」
そこに印刷されていたのは、一人の少女。
「……これって、ムラサキさん?」
俺のお気に入りの一冊だった。
■□■
タケトリくん。
私を好きになった男子。
私が素直になれない男子。
意地っ張りな女の子を、それでも好きと言った男子。
(なぜ、彼がここにいるの?)
彼が私を助けに来た。
けれど、素直に喜べないのだ。
なぜ私の元へ、助けに来たのだろうか。
外からも廊下からも、誰も私たちの姿を見てなかったのに。
そもそも今日の昼くらいから、私に関わろうとしなくなったのも不思議だ。
(何か仕組んでいたの?)
と一瞬だけ疑ったけど、彼の様子は演技でない。
その姿は、今まで見た誰よりも怖く見えた。
凍りつくような声色で、彼はイジメっ子たちを睨んでいる。
顔は至って無表情なのに、殺気が肌にヒシヒシと伝わってきた。
変に動けば本当に殺されてしまうかも、とすら思えるくらい。
それでも、私は彼を見ていた。
泣き出す悲しみを忘れて、彼の姿に魅入っていた。
そして彼が手に持った本に注意が向く。
目を疑った。
「これって……私?」
そこには、同年代の女の子が描かれている。
ムスッとした小さな顔。目は大きく、眉は細い。
茶髪を紐で縛る髪型は私のソレと変わらないし、華奢な身体も、瞳の色まで私に似ている。似顔絵と言われても疑わないレベルだ。
もちろん絵柄のせいもあって、大過ぎる目や小さすぎる手足は全然違う。
けれど、不機嫌そうな態度で
『私に告白?……何の冗談かしら』
と書かれていることに、何より驚く。
これって、私が何時もタケトリくんに言っている台詞だ。
「俺は昔からラノベが好きでな。千年前の文化だろうが、ハマってしまったんだ。そして最初に読んだのがこの本だった」
ペラペラと本をめくり、タケトリくんは懐かしむように本を眺めた。
西暦3016年の今、確かにラノベというジャンルを読む人は少ない。
それよりも、今は平安時代の小説が一周回ってブームとなっているのだ。
私みたいに髪色や体型の全く異なる女性は、醜さの象徴。
大和撫子が一番に求められる時代となっていた。
「初めてムラサキさんを見たとき、俺はシビれたね。絵から飛び出したとは、まさにこのことだって思った」
「もちろん、それはただのキッカケにすぎない。無愛想ながら相手を気遣う優しさも、滅多に見せない笑顔も、涙もろいのを隠す仕草も、彼女を知れば知るほど好きになっていった。彼女の魅力は本に収まりきるはずもなかった」
聞くだけで恥ずかしくなる言葉を、彼は真剣に語り出す。
ああ、顔が熱い。紅く染まってしまう。
手を当てて表情を隠すので精一杯だ。
「だから、言っておく。お前が彼女の顔を非難する権利はない。彼女の顔を好ましく思う人がいるからだ。何より……」
胸の鼓動が速くなる。
彼から視線を反らせない。
緊張しているのか、息が止まりそうになる。
もう私の心は、熱い感情ではち切れそうだった。
カーテンの隙間から夕焼けが差し込み、彼を鮮やかに染め上げる。
「……俺は、ムラサキさんに恋をしている。噓偽りなくだ」
心臓を矢で射抜かれた気分。
私の意識はここまでしか耐え切れなかった。
□■□
「ああ、そんなこともあったな」
俺がムラサキさんを助けた日から数日後。
注意深く釘を刺したおかげで、彼女へのイジメはなくなったようだ。
俺は俺で自重することを学び、むやみやたらな告白を避けることにした。
あの時の言葉を最後に、愛や恋といった単語を胸の奥に留めておく。
すると、周囲から受ける視線の数も減る。
畑中の話によれば、俺とムラサキさんの噂も少なくなったそうだ。
代わりに、彼を起源としたラノベの再流行が始まっているらしいけど。
「その後に突然ムラサキさんが気絶して、俺は担ぎ出したんだ。イジメっ子たちは唖然としたまま動かなかったな」
「……その通りよ」
ムラサキさんは、ムスッとした態度を見せる。
(おかしいな、俺が何かしたっけ?)
考えてみるも、思い浮かぶことはない。
まさか昨日担ぎ出したとき、ボディタッチしたのが不味かったのか?
取り敢えず謝っといたほうが良いだろう。
そう決心し、声を出そうとしたが、先に彼女が話し出す。
「ねえ、貴方って……本当に私のことが好きなの?」
「今更何言ってんだ?俺はムラサキさんが大好きだよ」
「そう……そう、よね」
あれ、いつもと反応が違うぞ?
頬を染めながら顔を背けるとか、まるで照れてるみたいだ。
「だったら……その、放課後、校舎裏で待っててくれないかしら?」
「え、何で?」
「……貴方って、ラノベが好きなクセに鈍いのね」
「ごめんなさい?」
「謝らなくていいの、とにかく待っていなさいよ」
そう言うと、ムラサキさんは立ち去った。
耳が真っ赤になっていたのは、どうしてだ?
恥ずかしいことをしたわけでもないのに。
それにラノベを読んでいるのに、鈍いって?
理解不能と思いつつ、必死に本の内容をたどってみる。
放課後といえば決闘?未知との遭遇?いやいや、異世界転生?
もっと何か、他の視点から探るべきだろう。
例えば今日の日付けとか……あ。
「2月14日……もしかして」
千年前の日本では、この日は特別な時間だったらしい。
確かチョコパーティーをする行事があったはず。
ラノベの中でも、「バレンタインデー」という言葉で記載されている。
そうか、彼女は俺にお菓子を渡そうとしているのだ。
多分、昨日のお礼だろう。
だから少し恥ずかしがっていたのか。
慣れないことをするのは緊張するもんな。
こうして俺は、放課後をワクワクしながら待つのであった。
■■■
彼は私を好きと言った。
もちろん嬉しかったけど、それが怖くも思えた。
誰もが私を嫌うのに、貴方が私を褒めたこと。
まるでそれが運命だったかのようだ。
けれど、彼は一つ勘違いしている。
それは私たちの運命は、一冊のラノベから始まったということ。
確かにそれは驚くべきことだけど、それはほんの些細なこと。
古典を読まないタケトリくんには気づかなかったでしょうけどね。
入学式の名簿を見たときから、私は貴方を意識した。
放課後の校舎裏で、あの日見た奇跡を思い出す。
貴方の名前は「タケトリ ゲンジ」
私の名前は「ムラサキ カグヤ」
本当はね。
貴方が私に会う前から、私は運命を感じてたのよ。
ちょっと未来の、価値観が変わった世界の話でした。
そう、コレを狙ってワザとバレンタインから投稿日をずらしたんですよ。
伏線だったんですよ。……本当ですよ?
ご視聴ありがとうございました。