僕と女の子の日常
「先に振り向いたら負けってゲームしない? 目線だけならありよ。首を動かしたら負けってルールで」
「別にいいけど。僕本読んでるから負けないと思うよ」
「自信あるじゃない。じゃあやりましょうか。はい、よーいどん」
何故か僕の安住の地、文学部に物好きなのか毎日やってくる女の子は勝手にゲームを始めた。まぁ好きにしゃべらせておけばいいだろう。
「あなたの本に青虫付いているわよ」
「嘘つけ。そんなの付いてたら真っ先に僕が気づく」
「しかもその青虫腹ペコ青虫よ」
「嘘つけ。どんだけ腹ペコでもあんなに食いもん食える青虫なんているもんか。しかも甘いもんばっかだし」
「あなたの本の内容に青虫出てくるわよ」
「嘘つけ。この本は恋愛小説だ。この本の内容に青虫なんて出てこないよう。なんつって」
「あなたのダジャレおもしろくないよう」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
せっかくちょっとお茶目なこと言ってやったのに、その返しはないよう……
「ところで私はどこを見てると思う?」
「そんなの知らねえよ。そっち向いたら負けになるじゃん」
僕は本から目を離さずに答えた。本の次のページを繰ろうとする。
「だから尋ねているんじゃない。どこ見てると思う?」
「うーん、本棚とか?」
「残念。惜しくもないわ」
「いちいち一言がうぜえんだよな」
「そう。じゃあ言うね。答えはね、あなたよ」
僕はその言葉で本のページを繰るのを止めてしまった。
「どういう意味だよそれ? ていうかそれだと負けにならないか?」
「負けだと思うならこっち見れば分かるわよ」
それ以上女の子は何も言わない。気になる。けれど振り向いたら負けてしまう。頑張って横目で確認しようとするも、机に座っている女の子と椅子に座っている僕とでは高さが違い、女の子の足しか見えない。でもよく考えてみたら、仮に僕のことを見ているとしたら、女の子の負けである。他を見ていたら上手くいけば気づかれない。やってみるしかないか。
僕は恐る恐る女の子の方を振り向いた。
目が合った。それもバッチリと。ちょっと気恥ずかしい。
「あなたの負けね」
「いや、先に僕のこと見てた君の負けだろう」
「そうかしら? でも面白かったわ。あなた頑張って横目で確認しようとしてたでしょ」
「うるせぇ。変な勝負を僕に仕掛けてくるからだ。僕の勝ちなんだから僕をおちょくるな」
「あなたほんとに勝ったと思ってるの?」
「まあそりゃ」
「そう、じゃあ教えてあげるわ。私最初からあなたのこと見てたから振り向いてないのに、今も」
「はっ? それって、僕のこと……?」
「あっ、顔赤くなってるわよ」
「う、うるせぇ。見てんじゃねえよ」
「あっ、また顔逸らした。これで負け二回目ね」
「まだ続いてたのかよ……」
僕はまた本に視線を戻した。女の子は相変わらず僕を見ているのかもしれない。
「あなたの本に蝶々ついてるわよ」
「青虫、無事蝶々になれたんだな」
こんなどうでもいい日常が、僕は案外好きだったりする。