6:俺、魔法大学デビューしたかったのに、ナルシシストとしか出会えなかった
ダニア歴209年――神帝歴7年
萌の月
流の月にアドレル村を経って、1ヶ月――つまり40日で、ロッソアの首都ロッソーナに着いた。
俺にとっては初めての馬車移動だったが、これがじつに遅かった。
山道に弱すぎたし、そもそも平地でもウマが貧弱だった。走っている子供にすら速度で負けることが多く、移動手段としていろいろ問題がありそうだった。
「気に入らないか」とランパサール(デブ)が言った。
エスカータ(チビ)よりは、ランパサールのほうがフレンドリーだった。
「遅くないですか?」
「まあ、このへんのウマなんてこんなもんだ。ほんとは2ヶ月かかるんだぜ」
「2ヶ月」
「まあ、今回は皇帝様のお計らいで直行便だから1ヶ月かからないくらいだろう」
「ウマがダメなんですか?」
「ああ、そもそもこのへんのやつは、走るのに不慣れな種だからな」
それはウマとしてどうなのか。
「となりのヤームポートなんかにはもっといいウマがいるって話だが、まあ、ロッソアでウマと言えば、こんなのしかねえ」
「おい、あんまりランパサールしゃべりすぎるな。帝国への不信ととるぞ」
「ああ、いやすみません。そんなつもりじゃ」
ヤームポートとはまあ、のちのち俺が潰す国家なのだが、中央大陸東側の北部ではもっとも発展している国だった。
ロッソアはヤームポート、グレム、チェインキーなどの国家と戦争中だった。いや、戦争中というよりは、侵略を一方的に受けていると言ったほうが正しいが。
道中は決して楽しくはなかったが、俺は村の外のことを知ることはできた。
たとえば首都ロッソーナからアドレル村までは本来2ヶ月近くかかるが、そのうち半分くらいは関所での停留義務や、定期便の連絡待ちで、正味の移動時間ではないということ。
たとえばロッソアには「帝国への不信」や「帝国への反逆」と言った抵触条件のよくわからない罪が腐るほどあるということ。
たとえばロッソア中央政府仕官者の9割が世襲で、残りの1割はだいたい権力者の愛人絡みで、真に能力のある者の登用などは1年に2、3人。だから、卒業後の政府仕官が確約されている俺は相当に特別扱いだということ。
まあ、帝政ならではのくだらなくて非効率的な取り決めと腐敗の実態が知れたと言ってもいい。
そういったことをしゃべるのはもっぱらランパサールのほうで(こう見えてランパサールは世襲でも愛人絡みでもない稀有な例らしい)、完璧なる世襲のエスカータはふたことめには「帝国への背信」「帝国への反逆」「帝国への不信」を口にする。
ミークスに対してランパサールが高圧的な態度に出たのは、エスカータが可能ならば俺のロッソーナ行きを阻止したがっていたためだったらしい。
結論を言えば、意外にこの若いデブはいいやつだった。
そういう嫌になりそうな1ヶ月の旅程を終え、ロッソーナにつくと俺は宿舎を与えられ、ランパサールに細々としたことを世話してもらった。
「なにか困ったことがあったら言え。あと面倒は起こすなよ。たぶんおまえはこの首都でも指折り……いや、俺の見た限りじゃ最高レベルの魔術師だから捕まったりはしないだろうが、父や母に迷惑がかかる」
「わかりました」
「あと村ですこし話した天才を紹介するよ。おまえより4つ上で、こいつも問題があるが、おまえらふたりで将来はロッソアを引っ張っていくことになるだろうからな」
もは余計だが、6歳児に対してじつに過度な期待だった。
だが、すでに言ったように俺はもう「ほんとに俺って強いんですか? モード」に入っていたため、話半分で聞いていた。
与えられた宿舎は8畳くらいで、窓がひとつ。
小綺麗だが質素なベッドがひとつ。
簡単な調理ができそうな台所とトイレとシャワー。
ボタンを押せば水が流たり、湯が出たりするが、これは電気的な力ではなく、すべての動力は魔法だ。
まあ、悪くはない環境なのかもしれなかったし、せっかく用意してくれたランパサールの手前、とくになんの要望も述べなかった。
そして俺はその3日後に、生涯の友と出会うことになる。
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「……」
「……」
「おい、しゃべれ」と俺とイルギィスを引き合わせたランパサールが言った。
「なにをしゃべったらいいんですか?」と俺は言った。
目の前にいたのは、キレイな金色の髪に、白い肌。
着ているものはそれほど上等という感じはしないが、歳の割に背は高いので着映えしている。
顔かたちは整っていて、ちらりとすれ違いざまに振り返るようなひともいた。
そう、このすましこんだクソ野郎がイルギィスである。
のちのロッソア開闢以来の天才魔術師と呼ばれ、俺とともにロッソア最大版図を築き上げた俺の親友である。
が。
このとき俺はこいつのことが大嫌いだった。
「ああ、もう。合わねえとは思ってたが……おい、イルギィス。おまえのほうが年上なんだ」
「目下の者からあいさつするべきでは?」
「そういうのはもうちょっと成長してからやれ」
「私はロッソア中央政府の専任魔術師です。すでに立場があります。そして聞いたところ、それもロッソア中央政府の特別専任魔術師だとか。……私を差し置いて、特別などと……っ。特別……などっ!」
とてつもなく面倒なやつだった。
「ブレーシャ伯領アドレア村から来ました、オーリです」と俺は言った。
まあ、もうべつに俺はパワーゲームとかNARIAGARIとかするつもりがまったくなかったので、どうだっていいと思ったというのが本音だ。
こんなやつと仲良くなることはほぼ諦めていた。
「ブレージャ伯領……あんな、あんな辺境の地のアドレアなんて聞いたこともない村から……。なんたるっ、なんたるっ!」
「こら、名乗れ、イルギィス」
「いや、だいじょうぶです。イルギィスという名前はわかりました」
「さんをつけろよ! さん! をつけろ! よ! 俺のほうが年上だぞ、イルギィスさんだ!」
「……イルギィスさん」
「そのいかにも言ってあげました、みたいな感じが気に入らない、そうだ。勝負だ。魔法で決着をつけようじゃないか!」
「やめとけ、相手にならん」とランパサール。
「ええ、おとな気ないと思われるかもしれませんがね、ランパサールさん。俺はこういう自分がいちばんだと思っている輩がいっとう嫌いなんです」
いっとう嫌いという点にだけは同意しておいてやろう。
「いいか、いくら俺より4つ下だからって手加減しないからな。そしておまえは私にひれ伏すんだ」
「いや、待て」とランパサールが言った。
「待ちません! こいつのためにもなる」
「いや、だから。おまえじゃ勝てないと言っている」
なんと面倒なことを言うのか、このデブは。
絶対狙っただろ。
これは絶対こうなるってわかってたに違いない。
その証拠に、イルギィスがこれだけ興奮していても、ランパサールはしてやったりみたいな顔で俺にウインクまでしてくる始末だ。
いいか、少女以外のウインクはいらねえんだよ。
「あの、やりたくないんですが」と俺はそのウインクに対して言った。
「手加減がわからないか? なら、オーリは初級攻撃魔法で充分だろう」
「ウィ!? 初級攻撃魔法? 初級攻撃魔法と言いましたか、いま。ちょっとランパサールさん。いま、初級攻撃魔法と言いましたか」
「ああ、うるせえ。言ったよ、言った。それくらい力量差がある」
「ああ、もう許せない。いいでしょう。いいでしょうとも。私の最大魔法、中級攻撃魔法で粉砕してあげます」
「いや、そうじゃなくてですね」と俺はしゃべり続けるイルギィスを無視して言った。
「勝てるかどうかっていうことか?」
「いまいち、自分の強さに自信がないというか、よくわからないんです」
「そうだろうと思って、こういう場を設けた」とランパサールはドヤった。
なるほど。
つまりこれで俺があっさり勝てば、イルギィスはすこしは落ち着くだろうし、自分の能力に持つ必要のない疑いを持っている俺の自信もつくだろうというような配慮らしかった。
というか、そもそも自信とかじゃなくて、ああ、まあ、いい。
たしかに俺は自分の強さを試してみたくもあったのだ。
すごいすごいと言われたが、言ってくれていたのは主に親だ。
だから、英検5級で、やだー、たっくんったら天才じゃないかしら! と騒ぎ出すやつや、足し算ができたから、タカシったら賢いのねえ、と褒めまくるやつと変わらない可能性があるのだ。
「まあ、そこまで言うなら」と俺は覚悟を決めた。
そして俺たちはせっかく待ち合わせたそこそこうまそうな飯屋から、大学の敷地内にある演習場へと移動した。
さて。
イルギィスはいまとなっては親友なので、彼の名誉に多少は配慮して決闘の結果を伝えることにする。
イルギィスの中級攻撃魔法は見事なものだった。
俺は完全に追いつめられて、初級攻撃魔法を撃たずにはいられなかった。
決してイルギィスの詠唱速度に逆の意味で驚いて、とりあえず待ってみるかと余裕を出したわけではない。
そして、俺が放った初級攻撃魔法とイルギィスの放った中級攻撃魔法の衝突。
結果は、紙一重であった。
イルギィスのコンディションが悪かったのか、怒りであまりコントロールが正確ではなかったのか、とにかく俺には命中しなかった。
まるで俺の初級攻撃魔法にいとも簡単に弾き飛ばされたように見えたかもしれないが、それはそういうことだ。
そして、俺はたぶんコントロールをミスっていたのだが、イルギィスの強力な中級攻撃魔法によってイルギィスにとっては運悪くその軌道が変わってしまい、イルギィスに直撃した。
これももちろん、俺の初級攻撃魔法の弾道がイルギィスの中級攻撃魔法で微塵も軌道が変わらなかったということではないに決まっている。
イルギィスは即座に対応して中級の防御魔法を繰り出したが、さすがに急ぎすぎたのか強度が足りず、俺の初級攻撃魔法がそれを砕いた。
もちろん。もちろんのことだが、イルギィスの中級防御魔法はベストなら俺の初級攻撃魔法に劣るわけがない。
そして、イルギィスはなおも戦闘を続けようと思えば続けられたし、おそらく逆転はできたのだろうが、自分が年上であり、また俺の力を限定的ながら認めてくれたため、その場に寝転がって負けということにしてくれた。
決して即気絶してぶっ倒れたわけではない。
まあ、ぶっちゃけ圧勝だった。
そして俺はやっぱり最強チート転生したのだと、このとき実感した。