5:ちっちゃなころから要注意、6つで脅威と呼ばれたよ
ダニア歴209年――神帝歴7年
流の月
俺はこの年、6歳になっていてミークスと半の月に祝福を受けるという約束をしていた。
6年も生きていれば(という表現もおかしな話だが)、世界の常識は比較的わかってくる。
逆に言えば元世界での20年間があったので6年もかかったと言えるかもしれない。
もっとも慣れにくかったのは月である。
元世界と違い、この世界の1年は9つの月に分かれていた。
初の月、継の月、流の月、萌の月、半の月、盛の月、行の月、暮の月、終の月。
半の月以外の8ヶ月が40日。半の月が20日。340日で1年だ。潤年や閏月はすくなくとも6年間では存在しなかった。
この世界の1年は冬から始まり、実りの秋を迎えて終わる。
初と継が冬、流と萌が春、盛と行が夏、暮と終が秋。
半の月は初夏くらいの位置だが、微妙に初夏とも違う。季節感がない月である。
寒くもないし、暑くもないし、暖かくもないし、冷たくもない。
暖かな春を終えて、夏を迎える前のぽっかりとあいた空白のような時期である。
そしてたいていの儀式はこの半の月に集約されている。
入学式も、祭りも、結婚式も、驚くべきことに葬式さえも、ありとあらゆる儀式が半の月に集約される。
神々の祝福を受けるのも半の月に限定されており、それ以外では祝福をそもそも与えない。
だから、この20日間はこの世界の一切の日常がストップする。言うなれば毎日が特別な日なのである。
大から小まですべての国々の予算は半の月を基準に決まり、仕官していた場合の給与も半の月にまとめて支給されることが多い。
異世界の1年はそうやってすぎていく。
さて。
コスマウル絶滅危機以来、俺は名実ともに遊びを取り上げられた子供だった。
そうコスマウル狩りは禁じられた遊びになったのだ。
禁じられた遊びという響きはすこし淫靡なので言ってみたかっただけだ。
というわけで俺に残されたのは魔法を実感することだけだった。
だが、独学と村のおとなの知識では限界を迎えてしまっているところでもあり、コスマウル狩りのほうがまだマシだった。
ありていに言えば、俺はヒマだった。
もうこの村で俺に対して残されているのは祝福しかない。
そのやり方ははっきりとはしていないが(浴びるだの、飲むだのよくわからない単語が出てくるが、中身を正確には誰も教えてくれなかった)、どうやら祝福を受ければ4大属性の魔法が使えるようになるらしかった。
そうだ、俺はこの段階では偉そうに4大属性魔法を使えなかった。
どれだけその知識を得たところで、使えないのだ。魔法耳年増と言ってもいい。
もちろん、俺は何度もミークスに祝福をしてもらえるように掛け合った。
ただ、それについてなかなかミークスは首を縦には振らなかった。
ようやく仕方がないと頷いたのが、初の月のことだった。
「ほんとは俺なんかがおまえの祝福を後見するよりも、もっとちゃんとしたところでやってやりたかったんだけどな」とミークスは申し訳なさそうに言った。
「だいじょうぶよ、ミークス。オーリならオトアの滝でも神さまの祝福をちゃんと受けられるわ」
「オトアは火の神以外の祝福はあまりよくないとも言われているから、そこが心配なんだよ」
「だいじょうぶよ。だいじょうぶ」
「でも、ロッソーナの滝は他の国と比較しても遜色ないらしいからな。なあ、ルーナ、やっぱりいまからでもなんとか……」
「いいの。ミークス。もうオーリは私たちでなんとか出来る限りのことをしてあげようってことにしたでしょ」
「それでもなあ」とミークスはぶつくさ言っていた。
だからロッソアは弱小国なんだ、とか、話を聞かないのに上申になんの意味があるんだ、とか、たぶんロッソアに対する批判をぐちぐちと言っていた。
ルーナはそれをたしなめてはいたものの、同じような不満を抱えている気配があった。
どうやら祝福は滝で受けるものらしい、というのが俺の感想である。
ただし、俺もそれなりに祝福を受けられるのは楽しみで、これで初級攻撃魔法や中級攻撃魔法や上級攻撃魔法を岩山や中空に向けて目的もなく撃ち続けてみるという不毛としか思えない実践からは開放されると信じていた。
流の月もなかばをすぎて、もういくつ寝ると祝福の滝、みたいな高揚感が俺にはあった。
まあ、もちろん6歳児らしさを追求した結果、ためしにそわそわしてみただけだけどね。
「最近、いつも嬉しそうね、オーリ」
「うん。半には祝福だからね!」
「言ったが、オトアの滝だからな、そんなに期待するなよ。おまえの期待してるような――」
「もう、ミークス。オーリは楽しみにしてるんだから」
「ああ、そうか。すまない」
というようないつもの食卓だった。
ノックが響いた。
去年見たデブとチビの調査員コンビだった。
「ロッソア帝国調査団所属、エスカータと言う」とチビが言った。
晩飯の最中だということはまるで考慮するつもりはないらしかった。
「同じく、ランパサールと言う」とデブが言った。「ミークスで間違いないか?」
「ええ」とミークスが言った。
「では、これを」とデブが紙を渡す。
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ロッソア帝国ブレーシャ伯領アドレル村 ミークス子息オーリ
上記人物について、ロッソア帝国調査団は下記の通り通告する。
記
警告レベル:極めて強大で危険傾向。
能力は極めて絶大。
危険思考の傾向がある。
特記:再審不許可
以上。
以上の通告に基づき、ロッソア帝国中央政府はロッソア帝国ブレーシャ伯領アドレル村ミークス子息オーリについて、「重要指定監視学徒」とする。
身元引受人ミークスは本書を持った帝国役人の指示に速やかに従い、諸手続きののち、子息オーリをロッソア中央政府へ送り出すこと。
ロッソア帝国ブレーシャ伯 ラドレル3世
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「なんです、これは?」とミークスが機嫌悪そうに言った。
「字も読めないのか?」とデブ。
「読めるが、意味はわからない」
「……帝国への反逆か?」とデブが強めに言った。
「いや、納得できないと言っている」とミークスはまるでひるまない。「そんな処分みたいなことをうちの子に適用するのはやめてくれ。だいたい俺はオーリが2歳のときに言ったじゃないか。こうなる前にちゃんと教育環境を与えてやってくれって」
「ええ、ですがねえ。あの上申書ではイエスとは言いにくいんですよ」とチビがとりなすように言った。
「仕方ないだろ、私には学がないんだ。でも、オーリは違うぞ。ルッソアの宝になる。だからちゃんと国で最高の環境を手配してくれ」
「ええ、ですからこうやってお迎えにあがった次第で」
「お迎えに来るやつがそんな妙な……重要指定監視学徒だっけ? そんな変な名称つけるのか?」
「そもそもロッソア政府としても、お子さんの力は前代未聞でして……ついこのあいだ現れた少年がロッソア建国以来の天才と言われているんですが、お子さんはその少年よりも数段魔力が高いようで、しかも4つも歳下なのに、ですよ。こうなってくるともう我々のものさしでは計りきれないというようなですね……」
「そうは言うがね――」
このあと俺が受けた説明によれば、ロッソーナの中央政府は俺を「重要指定監視学徒」に指定しようとしたらしい。
元世界で言うところの、保護観察と特待生がセットになったようななんとも言えない措置だということらしかった。
だいたい俺は6歳で、学校に通う前だったので(ロッソアではだいたい10歳くらいから魔術学校に通い始める)、学徒という呼び名自体がおかしいのだが、まあ、そこは言わないでおいてあげた。
ミークスはなんだかその怪しげな聞いたこともない身分が気に入らないようで、迎えに来た役人と長らくモメていた。
途中でルーナが俺を連れて部屋から出たので詳細はよくわからない。
ただ、結局のところミークスとルーナの希望通り、俺はロッソア中央政府に引き取られることに落ち着いたみたいだった。
散々モメたので、肩書はロッソア中央政府専任技術研修魔術師ということになったらしい。
いや、その肩書もよくわからねーよ、と俺はツッコミたかったが、ミークスの得意そうな顔を見るとそうとは言えなかった。
ルーナさえ「あら、すごいわ」みたいな感じだったので、まあ、すごいんだろう、くらいの感想だ。
その実、ロッソア中央政府専任技術研修魔術師についての説明はミークスもルーナもロクにできなかった。
直接の上司は皇帝ではなく、皇帝の許可を得て政治を取り仕切っている政府であるというような曖昧な説明。
技術研修とついているので戦うことはないが、専任魔術師でもあるため、働いてはいるという扱いという微妙な説明。
無試験、授業料免除でロッソア中央政府の魔術大学に通って魔法の研鑽ができ、卒業後はロッソア政府に正式雇用されるということは完全に理解していたが。
まあ、要するに青田買いみたいなものなのだろうと俺は理解した。
俺としてはリハル4世の家臣ではなく、政府付きというところが魅力といえば魅力だった。
リハル4世の家臣というのは、汚名と言えば汚名のような気がする。
村に1枚だけある肖像画を見た限り、どうみても瞬殺される悪役にしか見えなかったからだ。
「いつから?」と俺が訊くと、
「向こうで祝福を受けさせてもらえるらしい。だから、さっき来たお役人といっしょにロッソーナに行くことになる」
「そんなに早く!?」と俺よりルーナが先に反応した。
「ああ。2日後だそうだ。今年の半の月を逃せば、来年になる。オーリにとっては1年は大きい」
「でも……いくらなんでも急よ!」
「まあ、ルーナ。落ち着いて。そもそもこの子は私たちの元にいるような才能ではないんだから」とミークスは言った。
俺はその安堵した表情を忘れない。
まあ、6年暮らしてはいるものの、両親には俺に対する恐怖は拭い切れないだろうということだ。
どこかでどうしても俺は異物であり、いくら自分の子だと思ってはいても、安心感を与えるようなものではないのだ。
だから俺はその表情を忘れはしないが、その表情になったミークスの心情は理解はできる気がした。