4:一角の人物(5歳)
ダニア歴208年――神帝歴6年
元世界の話だが、リョコウバトという絶滅した鳥がいる。
その肉が美味であったために捕獲対象となった鳥である。
リョコウバトは繁殖力こそ高くなかったものの、18世紀には50億羽といたとされている。
にもかかわらず、乱獲につぐ乱獲で、人間に獲られるようになってからものの100年で絶滅してしまった。
最後の1羽は1914年にアメリカの動物園で死んだ。
つまり、リョコウバトは人間にうまいと思われたという、ただそれだけの事情で死に絶えたのである。
俺は魔法の理解と遊びの狩りを続けて5歳になっていたが、このときの俺は少々疑問を抱えていた。
つまりたしかに俺は前世というか転生前の記憶はあるし、両親に不気味がられたり、村人に「鬼」とあだ名をつけられたり、同世代には遊んでもらえなかったりという程度の力は持っている。
が。
果たして、本当に自分はチート級スペックなのであろうか、ということである。
少なくとも生まれて2日目の記憶はあるのだから、やっぱりこれは異常なことだとは思うが、それだけではただ記憶力のいいひとである。
生後3ヶ月で両親に魔法について尋ねはじめたのだから、やっぱり成長がとてつもなく早いと思うが、速度は違えどいずれみんな成長する。
大人でもなかなか狩れないコスマウルを狩っているのだから、やっぱりそれなりに魔法力はあると思うのだが、べつにそれで世界を制覇できたりはしない。
というような解決しようのない疑問。
そもそも村では強大な魔法を見ないのだ。
土の防御魔法は道を作ったり、水路を作ったり、家を建てたりするのに大活躍。
水の攻撃魔法は雨を降らせたり、皿を洗うのにも、洗濯にも必須。
火の攻撃魔法は暖炉の火を一瞬でつけるし、回復魔法は火傷にぴったり。
風の攻撃魔法は眠れぬ夜のBGMや、子供をあやしたり、鳥よけ虫よけなんにでも使える。
村で魔法はそうやって使われる。
たぶん、いちばん強大な魔法はゴミの焼却のときの火の攻撃魔法だ。
あれはすこし安定していないが、火の属性中級攻撃魔法だろうと思う。
定期的に全力で上級攻撃魔法や、中級攻撃魔法を放っているのは俺くらいなのだ。
相変わらず友達はいなかったし、両親は俺に対してやはりどこか異物扱いをしているわけで、俺はそういった感覚のすり合わせがうまくできずに、とりあえず転生してるし、チートなのだろうと思うことにしていた。
毎日が、本当は俺は前世の記憶があると思っているだけの痛い野郎なのではないか、と自身に問いかける危機だ。
結果、魔法のスキルを確かめるように、コスマウルが中級攻撃魔法で狩られていく。
生後2日で初めてコスマウルを狩って以来、合計何羽狩ったのかは覚えていない。
これはもちろんよくよく考えると(いや、よく考えなくてもそうなのだが)、あまり褒められた行為ではない。
いまだからそれは褒められたものではないと言えるが、そのときの俺にはわからなかった。
俺がコスマウルを狩ったときには必ずミークス家の食卓にはコスマウルが並んだし、量が多いときには村に分け与えた。
コスマウル独特の肉の硬さとケモノ臭さはルーナがなんとか食えるくらいまでに調理した。時間と労力のわりにはそれほどうまくはなかったが、肉ではあった。絶品ではないが文句はなかった。
実際問題、あまり裕福とは言えないアドレルにおいて、比較的大型のコスマウルの肉が定期的に手に入ることは、たすけにはなっていたと思う。
無駄にしたわけではない。「※スタッフがおいしくいただきました」を地で行ったわけである。
だが、俺自身が遊んでいたという感覚があったのは事実である。
だから、褒められた行為ではない。
もちろん俺が遊びで狩りをしているとルーナに言ったら叱られただろうが、ルーナは素直なひとなので息子が狩りをしてくれているくらいの感覚だったのだろう。だから時間と手間をかけてマズいコスマウルをなんとか食えるように調理していたのだ。
それはミークスも同じようで、俺がコスマウルをとってくることに対しては、ケガに気をつけること以外のことばをかけられたことはない。
俺はと言えば、そんなことはまったく考えていなかった。
ただ撃っては鳥を落としていた。
他のケモノよりはコスマウルのほうが狩りにくかったのでおもしろい、というだけの理由だ。
さて。コスマウルはロッソアにおいては名物と言える鳥である。
力強く、速く、高く飛びまわり、人間には飼いならされない。
年に1羽産めばいいほうであり、それほど繁殖力が強くはない。
食料としては優秀ではない。
マズくて、空を高く飛び、ひとに近づかない。リョコウバトの対極に位置しそうな鳥である。
唯一、繁殖力が高くないという点のみが共通点だが、リョコウバトと違って、基本的に人間には益をもたらさない。
個体数がものすごくて生態系を乱すわけではないし、ひとを襲うこともないので害もない。
そう。わざわざコスマウルを狩る理由がない。
だが、そのコスマウルは、絶滅の危機に瀕した。
原因は俺である。
それまで外敵がほぼいなかったコスマウルは初めて現れた天敵のせいでなす術なく激減した。
もともとアドレル近郊にしか生息しない鳥なのだが、保護野鳥となってロッソア国内での狩りが禁止された。
誰が上申したのかは知らないが、まあ、当然村の誰かだろう。
ルーナがコスマウルの肉をわけたりしていたが、それとこれとは話が別だということだったのだろう。
俺が初めて役人を見たのはこのときである。
狩りの禁止が決められる際に、こんな辺境の村まで調査団が派遣されたのだ。
さして高官ではないチビとデブのコンビだった。
「で、きみが狩りの名人?」と見るからにいい服を着た調査団員Aが言った。
「ぼく、ですかね」と俺は言った。
「何歳?」
「5歳になりました」
「ああ、これはほら、あれだ。いただろ子供に変体できる種族」
HAHAHAHAHA、ナイスジョーク、みたいなことを調査団員Bが調査団員Aに言った。
子供にそんなことができるなら、変体できる種族がいたほうがまだ可能性がある。
「ご期待に添えず申し訳ないですがシュイン族です」と俺は言った。
「なるほど。もうわからんね」と調査団員Aはサジを投げた。
「ですね」と調査団員Bはその豊かな腹部で返事をした。「まあ、できるというなら、やらせてみますか」
「なにをお見せすれば?」
「5歳という設定を仮に信じるとすれば、祝福はまだだね?」とチビはしたり顔で言った。
「まだです。父の方針で来年までは受けられないので、仕方ないです」
「なるほど。それなら火の属性は付与できない。どうやって、きみがコスマウルを焼くというんだ?」
「おふたりに撃っていいんですか?」
「HAHAHAHAHA、こいつァ、おもしれえぜ。いいよ、やってみたらいい。俺ァ防御魔法が得意なんだ」とチビがいった。
もちろん俺はめったにない対人戦のチャンスにわくわくしたが、これでもしふたりに危害があったらコトなので、しかたなく初級攻撃魔法を撃っておくことにした。
球状と小型化の特性を加え、ピストルの弾みたいにして頬を掠めるみたいな感じがやってみたいと思ったのである。
なるほど、フラグだと思っただろう。失敗して大事件に発展する、と思っただろう。
だが、残念。
それはフラグではなかった。
俺が放った初級攻撃魔法はデブがおざなりに出した土の防御魔法を簡単に貫き、打ち砕いて、デブのうしろの岩もついでに砕いた。デブにはかすりもしなかった。
「ひゃ、ひ、は、ハズれた!?」とデブは言った。
「違います。ハズしたんです。人聞きの悪い」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、坊や。本当に5歳?」
「父や母がそう言ったでしょう? それでもご不満なら村のひとにでも」
「いや、村人はきみについて話したくなさそうだった」
泣いた。
ドヤったのに。
オチ着けなくていいんだよ。次は外さんぞ。
「いったいどうやったんだ、この威力。信じられないな。いや、中級攻撃魔法を撃てることも信じがたいが」とチビが言ったので、俺はマイドを上空に向かって撃ってあげた。
わかりやすいチビとデブのコンビは、わかりやすく狼狽した。
「フハハハ、さっきのは余の最弱攻撃魔法だ」
やった、ようやく言えたこのセリフ。
異世界転生して魔法が使えるようになってからずっと言ってみたかったセリフである。
だが、ふたりはそんな小さな俺の念願成就を完全に無視して、
「きみはちょっと放置できないね」と言った。
調査団はなにやらミークスとルーナに話をして、急いでロッソーナに帰って行った。
帰るときに緊急でコスマウルの狩りを警告されたが、それが俺がロッソア中央政府から初めて受けた警告だった。