2:長い話は罠しかないから気をつけろ
神帝歴45年――オーリ10年
終の月
命の値をつける。
ことばにしてみると大変にゲスいが、極まってゲスいが、しかして、まあ、この世界においては、命が命だけで命だというからもはや俺の中で命がゲシュタルト崩壊している。ゲスくてゲシュい。
「ようはさ、その俺らが命だ――」
「で、なんの話からする?」
相変わらずである。
ここで俺があと4回死ねる話以外にすべき話があるだろうか。いや、ない(反語成功)。
「死ねる話が気になりすぎるけど」
「じゃあ、そうね。ループのルールを教えてあげるわ」
なるほど、あるらしい(やはり反語失敗)。
いつものことながら、まったく意味のない質問と通告だった。
だが、これくらいでくじけていてはシーマとは会話できない。
「ありがたい」
「素直ね」
「時間はいっぱいあるんだろ?」
「そうね。意味のない時間がね」と自虐的にシーマは笑った。
「100回も繰り返してるとね、いろいろわかってくるわけよ」から始まるシーマの話はじつにわかりづらかったので、敢えて俺は箇条書きにすることにする。敢えてね。
・どうやっても防げないことはある
・連動しているイベント(?)がある
・ひとの生き死には変えられないわけではないが影響が大きい
・ありあまる戦闘能力はあるだけで意味があるが実際に使うことはほとんどない
・キルシュリーゲンは神
驚くべきはしゃべるだけしゃべって、死んだらどうこうの件についてはいっさい教えてくれなかったことである。
なかなかだった。
右往左往しながら、およそ30分しゃべってこの箇条書き5行。
返す返すもなかなかだった。
「それで、なんとなく成り立ちはわかった?」
「空気だけね。まあ、正直よくわからん」
「あなたはだいたいそうよ」
これはだいたいなにを言ってもダメなので黙っておくにかぎる、と思っていたが、なぜかシーマはやさしかった。
「じゃあ、お待ちかね。あなたはなんで死んでもリスタートできるか、ね」
ウチの嫁は底なしにやさしい。
なにしろ、質問に答えてくれるのだ。
ずいぶん回り道をしたが、聞きたいことを聞かせてくれる相手と結婚すべきだということだけは広く伝えておきたい。
「正直、いまから話すことは、全部キルシュリーゲンのさじ加減ひとつだから、正確じゃない」
「そんなに神様なの、あのひと」
「そうよ。ハンパないわよ。ルール全部決められるんだから」
ふと、俺に心の底にわずか沈殿していた疑問が浮上してくる。
深海は宇宙より未知であるので、どんな感情が眠っているか知れない。
「……待って、それ勝てなくない?」
シーマが聞こえなかったフリをするか、聞いたけど聞いてないことにするか、答えに意味がないので省略するか、微妙な表情を見せる。
「あのね、あなた、キルシュリーゲンに勝つつもりだったの?」
「ジビルガフ倒すにはなんとなく。やっぱ流れとしてラスボスがキルシュリーゲンさまかと」
「勝てるわけないでしょ。バカじゃないの」
「流れ的にラスボスっぽくない?」
「アホね。正真正銘のアホよ、オーリ。いい? よく聞いてね。簡単に言うと、キルシュリーゲンにはステータス設定とかされてないのよ、あれ。私たちがどれだけ圧倒的なチートだったとしても、上限があるわけじゃない。最高の魔力はこんなもんです、腕力はここまでしか定義されてません、みたいな。上限が果てしなく先にあるから無限に思えるけど、最高値は存在するわけ。数値化もたぶんできると思う。膨大な処理が必要だろうけど、たぶん可能よ。でも、キルシュリーゲンにはそれがない。だから勝てるわけがない。勝負にならないのよ」
「でも、影響を与えられる以上は、なんかないの?」
「ない。断言するわ。それはムリ。ちょっと想像してみなさいよ。RPGの中のキャラクターがステータスマックスだとして、製作者に攻撃して勝てると思う?」
「いや、それはたとえがおかしくない?」
「おかしくないわ。影響はつねに一方的なわけよ。キルシュリーゲンは私たちを行動させてなにがしかの結果を得ることはできるかもしれないけど、それは私たちがキルシュリーゲンに影響を与えてるわけじゃない。思い返してみて。つねに一方的なのよ。キルシュリーゲンが私たちになにかを与える。で、私たちがなにかを得ていく。対価って言ってるからまぎらわしいんだけど、じつは対価に見えて対価じゃない。私たちが差し出すものと、キルシュリーゲンが得るものが等価なんじゃないのよ。私たちが差し出すものと、私が得るものが等価なの」
「キルシュリーゲンさまにとってはどっちでもいいってこと?」
「そうね。キルシュリーゲンは対価なんてとろうがとるまいが、同じ結果を私たちに与えられるわ」
「そんなのチートだろ」
「チートじゃないわ。神よ、神。それに比べて便宜上同じ呼び名だけど、フレアムとかはステータスがあるわけよ。寵愛を受けたときに戦えたでしょ?」
「昔のことすぎて覚えてないけど、たぶん戦った気がする」
「キルシュリーゲンとは戦闘が成立しない」
俺はちょっとなんだかやりきれない気持ちになった。
もしかしたらレベルでの最終決戦だったので、まあそれはいいが。
「勝てないのかあ」
「戦えない、よ。勝てる勝てないで考えてるから同じステージにいると勘違いするわけでしょ。よくそれでここまで来たわね」とシーマは呆れ果てた。
でも、こういうのってセオリーじゃん、さいごは絶対神と戦うパターンでしょ、と言いかけてやめた。
根拠がなさすぎる。
「わかったよ」
「わかったよ、じゃないわよ。なにしょうがない、みたいな顔してんのよ。絶対神と戦おうって考え自体がアホよ、アホ。いい? RPGのキャラはプログラマーとは戦えません」
「はい」
ということらしかった。
まあ、俺は完全には納得していないが、そう言われればキルシュリーゲンと戦えたことはないので、シーマの説に一理あると言わざるをえない。
そもそも俺が倒したいのは(まあ、ハーレムのためだけど)、ジビルガフであってキルシュリーゲンではない。
キルシュリーゲンは存在そのものは脅威だけど、ジビルガフみたいに危害は加えてこない。
「ようやく本題よ。まったく」とシーマはいかにも疲れた表情でつぶやいた。
いや、なんか俺が理解力が低い、みたいな流れになっているが、流れ上そう見えるだけで、いいわけする点はいっぱいあるがしかし、いいわけする機会はやはりない。
機会はないが、そんな疲れた表情をするなら、30分よくわからないループの気づきを述べたシーマのほうが疲れるわ! と俺だっていいたい気持ちがココロの深海魚である。浮上したら死ぬ。
「この世界には命より優先されるスキルが14コあるわけ。キルシュリーゲンが増やさないかぎりね。それに寵愛者の資格を足せば22。私の知るかぎり、このスキルを奪い合ってるのよ、この世界の人物は。死んだら殺したひとにスキルが移る。スキルを持ってないと命を消費しておしまい。そんなテキトーな世界なのよ」
「いや、テキトー……かな?」
「テキトーでしょ。命は本来ひとつよ」とシーマは言い切った。「それでその22のスキルで世界の覇者を目指す、というのがキルシュリーゲンの作った枠組み」
「世界の覇者ってなんだよ」
「エンディング条件みたいなもんよ。キルシュリーゲンは教えてくれないけど、いくつか条件はあるらしいわよ。おんしらがそれを気にしてもしょうがなかろ、だって」
「世界が変わって見えるよ、シーマ」と俺は言った。
「その年でなによりな体験ね」
「それで、俺はあといくつだっけ? 4つ? あるわけ?」
「そうね。まあ、なにがあるかは教えてあげないけど。そこそこ役に立つのは残してあげたわ。さいしょは9コあったんだけどね。私が5コ奪ったから4コ」
「俺、5回も殺されてたっけ?」
「まあ、そうなるわね」
なんだか嫌な空気が流れた。
被害者と加害者が確定した瞬間だった。
「だいたいね、たとえばあなたが本来持っていたはずの【ハーレムの王】なんて、私が真っ先に奪ったけど、私は浮気はしてないわ」
「いや、待って。その方向はよくない、俺もしてないぞ!」
「シャータップ。そんな話はいましてないわ」
「いや、むしろ、シーマが夫をスキルのために殺していたというほうが問題だ!」
「むしろ、確証なしに夫を殺してたらそっちのほうが問題じゃない」
いや、それはそうなんだけどそういう問題ではない気がするが、なんだこれ。
なんでこうなるのかはわからないが、とにかくこの流れはおかしいと思います、俺は。
「だからまあ、なりゆき上、あなたにはもういろいろ転生当初のスキルはないわけ」
「なりゆきはともかく、いや、まあ、なんだ。じゃあ、俺なにがいまできるの?
「あなたはいま、超級の回復力も、無尽蔵の魔力も、超級の魔法回路や魔法工具を作ることもできないし、言うほど物理攻撃も強くないわ。言うなればそのへんはスキルなしのチートってところかしら。もともとの能力自体が世界最強なのはいまもそうよ。それでもイルや私に魔力では勝てないわけ。どれだけスキルが優秀かわかるでしょ」
「そうね」と俺はゲンナリした。
「だから、スキルを巡る争いなわけよ、この世界っていうのは」
「それループに入る前の話? その4コとか5コとかの話は」
「そうなるわ。4コはもう奪ったあとから100回ループに入ってるけど、5コ目はループの中で奪ってる」
「それ、どうなるの?」
「言ったでしょ、平均値よ。いまは私が持ってる。まあ、ここまでの100回でたぶん奪えなかったことは1回もないけど」
「待ってそれ、俺5回じゃなくて105回くらい殺されてない!?」
「言ったでしょ! 平均値よ。だから4.999999回くらいよ」
その理屈はおかしい。
「で、まあ、これは私の推測なんだけど」とシーマは前置きした。「ジビルガフはそういうスキルなしで世界を制覇できるかやってるんだと思う」
「唐突すぎるんだけど」
「たぶん、ジビルガフはもともと全部のスキルを持ってたのよ。これはトゥーリに確認もしてないから、100%私だけの推測で、あんまりアテにならないけど」
「わからん。さっぱりわからん」と俺は言った。
そもそも前提がちがいすぎるのだ。
俺はシーマに比べて100回ぶんも記憶がない。
そんなものが対等に会話できるはずもない。
と言おうか言わまいか迷っていると、
「いいわ。もうちょっと100回の中で印象的な出来事を伝えたげる」とシーマはなんだかやさしさのようなものを見せるらしかった。
「あー、俺の知らない思い出、ね」と俺はちょっと納得できずに意地悪な言い方をした。
「だから無理やり教えるのよ」
無論、通じなかった。
「俺の忘れる思い出ね」と再度やり返すが、
「私も忘れるわ」
そうして、忘れられる話が始まった。




