Redundant:比較的致命的な失態
神帝歴50年――オーリ15年(シーマ3年)
流の月
こっちで生まれ育った土地だからか、やはりロッソアがもっとも落ち着く。
統治しているのは魔王・イルギィスだが、そのイルギィスは長男の反抗以来すこししょげたままだったので、ロッソアにはいまあまり活力がない。絶対後継者エーヴィルの乱心は国民の大いなる落胆を呼び、統治者魔王もそんな感じなので当然と言えば当然である。
もっともイルギィスの落胆は先月まで俺が神留地で引きこもっていたことも原因だったようで、俺が顔を見せてからは徐々に立ち直っている。
魔王なんていかつい名前のわりにナイーヴな野郎である。
国民が落ち込んだときに支えずして、なにが君主か、と叱られていた。
もちろん、俺ではなくトゥーリに、だが。
この時期になると昔のことをよく思い出す。
「知っていることを知らないと言えるスキルをお持ちの方、いらっしゃいませんか?」と路傍に立つマッチ売りの少女が言った。
「姉ちゃん、マッチ買うたらなんしてくれるん?」と酒くさい息を吐きながらおっさんが言った。
「私はマッチをお売りしているだけですので……。ただ、この中にあるマッチの箱のうちマッチではないものが入っていることが稀にあります。それをたまたま、とても欲しがっている女の子がいるかもしれません」
「なるほど。個人の嗜好だからねえ。でも、製品の不備はよくないな。どのくらいの割合?」
「これまでの傾向からすると、だいたい50箱に1箱程度です。製品に不備がありまして、申し訳ございません」
「まあでも、不備ならしょうがないな。うん。それなら、とりあえず50箱もらおうか」
「お買上げありがとうございます」
「ちゃんとお姉ちゃんだよね? 陰からモンスター出て来ないよね?」
「なんのことかはわかりかねます。ただ個人的なことですが、私も欲しいものがあります」
「お姉ちゃんはなにが欲しいの?」
「マッチの中身とはいっさい関係ありませんが、私は赤い羽根が大好きです。あちらの子は、これも偶然ですが青い羽根が大好きです。好きなものを尋ねるだけのことですから、お尋ねいただければ、どの女の子も答えてくれると思いますよ」
「赤い羽根はどのくらい入ってるの?」
「これもいままでの傾向では150箱に1箱くらいですね」
「途方もないな」
「ただ、私はマッチも好きです。なにしろ、マッチを売っているくらいですから。マッチが100箱くらいあれば、羽根の色などささいな問題だと考えています。あくまで個人的嗜好ですし、製品にたまたま羽根が入っていることが多いだけですけれど」
「マッチだけだと?」
「羽根が好きですね。ただ、今日のノルマは200箱ですので、それ以上私には売るものがないので暇になります」
「なるほど」
というようなやりとりを完全にきっちりと眺めてから、チートな俺は制止に入った。
なんとなく風紀が乱れそうな空気を感じたからだ。
もちろん、製品の不備をあらかじめ説明し、個人的嗜好を自由にしゃべっているだけなので、一概に問題があるとは言い切れない。
たまたま俺もマッチを集める趣味があったりしたが、それでもロッソーナの住人としていかがわしい香りのする行為を見て見ぬふりをすることはできなかった。
おっさんはなにか不満そうにしていたが、当時すでに名の通っていた俺には逆らえなかったようである。
「事情はあるんだろうけど、他の方法を考えた方がいいな」と俺は言った。
「でも……」
「全部くれ」
「え?」
「マッチを全部もらおう」と俺は言った。
もちろん、そこでシーマに止められた。
「あらー、オーリ。マッチは魔法があるからいらないわよね?」
「……いや、慈善事業です」
「そうなの。それなら、買うだけで帰るはずよね?」
「そりゃあもちろんですよ!」
「いま、肩を抱えようとしていたように見えたんだけど?」
「いや、ぽんぽんと叩いて労をねぎらうつもりだった」
「それもセクハラねえ」
「ああ、これはいけない」
「ねえ、茶番はいいから、その前になんか言うことあるんじゃない?」
そして俺は高速で土下座した。
やましいところはいっさいないが、謝ってすむならそれでいい。
世界は平和になる。
でも、中には謝ってすまないことも多々ある。
「父さんは不誠実だ」とワイゼンが言った。
俺は通りから視線を室内に戻す。
ぶすっとした顔のワイゼンと、9歳ながら落ち着き払ったルーファーが俺のほうをじっと見ている。
「兄さん、事情があるのです。忖度するかしないかはべつとして」とルーファーがなんのフォローにもなってないことを言った。
嫁が知らないうちに妊娠しており、今月のアタマに出産したようである。
鬼女でも気団でも即離婚案件として重宝されることであろう。
そんな俺がなぜ責められるのか。
かくも不思議な世である。
「それでなんで父さんが責められるんだ」
「そんな母さんを放っておくからだよ」
「生まれた子の顔を見てないから信じられない」と俺は言った。
「エーヴィル兄さんは見てるらしいですよ」とルーファー。
最近、絶賛反抗期中のエーヴィルはこの場にはいないのが、父としては悲しいがやむを得ない。
俺は神帝である。
子供の襲撃なんて気にするようなことじゃないのに。
「だいたい父さんに報告しないあたりがもうダメじゃん」とワイゼンは言った。
「兄さん、あきらめましょう」とルーファーは言った。
「あきらめるようなことじゃないだろ。母さんは許されないことをした。ただそれだけのことだ。父親がだれであれ、問題だろ」
「問題の質を見極める必要があります」
「いつもはおまえが決まり決まりうるさいだろ。母さんだと話はべつなのかよ」
「魔法かもしれません」
「だれの?」
「それはひとりしかいないでしょう」
「おまえもトゥーリ議長もそれにこだわりすぎる。俺は世界を回ってみたが、あれの名前は聞いたことなんてないぞ」
「それが逆に異常だというのはご理解いただけていないんですか?」
知力チートのないワイゼンはしっかりしているとは言え、12歳である。
大人を超える知力を持つ9歳のルーファーに対しては口では分が悪い。
「もういいよ。おまえはいつもそうだよ」
「まあ、待て」と俺は言った。「ケンカするな」
「ケンカはしてない。だいたい父さんがよくわからない引きこもりしてたのが悪いんだし。母さんがいちばんいけないけど、父さんだって充分ダメだ」
「容赦なさすぎるだろ」
と。
「盛り上がっているところ申し訳ないが、ひとこといいか?」とエーヴィルが言った。
まさかの登場である。
俺が襲われて以来だが、そんなことはまるで気にする素振りもなかった。
「兄さん、なにをしに?」とワイゼンが言った。
なかなかケンカ腰である。
「すぐ帰るよ。弟ふたりが父親と会うって言うからその話だろうと思って顔を出しただけだ」
「なんだよ、兄さんも母さんをかばうのかよ。俺、ウソはついてないぞ」
「わかってる。母さんはぼくたちの弟を産んだ。父親はわからないけど、子供の名前はコルマ」
「興味ない。弟だとも思わない」とワイゼンはあくまで強固な態度である。
ここまで徹底的に無視されている、神帝オーリです。
清々しいほどに無視である。
なんだか最後に和解した気になっていたのは俺だけなのかもしれないと不安になる。
そう言えば魔法教えてなかったけど、それは俺引きこもってたし、しょうがなくね?
っていうか、もうちょっとなんかこう、あるじゃん。
「生まれてきた子に罪はないよ」
「それはそちらの理論です」とルーファーは言い切った。
「どういうことだ?」
「この場において持ち出すべきことばではないということです」
「言うことだけはえらそうだな」とエーヴィルはバカにしたように笑う。
「言うべきことを言っているだけです。真偽はともかく、いま母上は父上になにか言える立場ではありません。だから、事情を聞くのです。事情を聞いたあと、私が母上を母だと思わないことにするかもしれません」
「大層なことだな。だいたいさ、本当に母さんだけが悪いのか?」とエーヴィルは食い下がる。
なるほど、一理ある。……ように見えて一理ない。……と言いつつじつは一理ある。
現実世界ならば、不倫がなぜ悪いかという問いに対しては極めて簡単な答えが用意されている。
それはパートナーの裏切り云々の話ではなく、そもそも法によって規定されているからであり、それに対して愛だのトキメキだの思いやりだのと言った論理はすべて無意味である。
法律で決まっているから悪なのである。さらに言えば法律は禁止せずに罰則のみを提示しているわけであるから、その刑罰を負う覚悟があるなら、実際不倫は悪ではあるが禁じられてはいない。
つまり、悪かろうがよかろうがなんだっていいし、この国にはもちろん不倫を禁ずる法律などあろうはずもないので。
だいたい、ハーレムだって言ってしまえばそのうちのだれかと結婚していたら不倫だ。
不倫だけど、俺は不倫してないし、ましてや隠し子もいない。
「父さん、面倒なこと考えているのが丸わかりだけど」とワイゼンが言った。
「いろいろあるんだよ」
と言ってはみたものの。
とてつもなく身もフタもないことを言えば、この妊娠と出産はキルシュリーゲン(の本体?)の得た対価であろうというのは想像に難くない。
おそらくシーマの時間遡行に対する対価である。
俺の信頼あたりを捧げようとしたのだろうと思う。
もしくは子供たちからの信頼を捧げたのかもしれない。
世界の民からの信頼かもしれない。
なにはどうあれ、妊娠、出産という結果だけがある。顔を見たこともない四男は対価なのだ。
おそらく子供たちからの信頼は2度とは元に戻らないだろう。
じつのところ、俺にしたってそうだ。
キルシュリーゲンへの対価だということは予測はついているが、シーマは対価としてそれを払ってる。
言及すればペナルティが生じる。全知全能の神のペナルティはもちろん即座にゲームオーバーだ。死ぬならまだいい。ただあれはそんなにやさしいことはしない。
だから、シーマは四男がだれの子でもないことを俺には伝えることができない。
俺はそう思うことにしているが、じっさいにシーマの浮気であるかどうか、真偽の程はたとえシーマが死んでもわからない。
今際の際でも伝えることができない秘密だ。
彼女は父の名をだれにも告げることができない。
糞ゲーの始まりである。
よくそんな選択をしたものだと思う。
でも、逆に言えばそうまでしてなにかを変えるためにシーマは時間遡行をしたのだ。
だから、俺はこの場をなんとかとりなす義務がある。大団円にするために。
「とにかく、事情はシーマに話を聞いてからだ」と俺は言い切った。
ら、ルーファーに軽く、もとよりそのつもりです。ですから出産を待ったわけですし、といなされた。
先月からさっさと問い質してこいとせっつくワイゼンを食い止めていたのは俺よりむしろルーファーである。
俺の大団円への決意が霧散する。
「俺は行かないぞ」となぜかワイゼンは言い切った。
いや、おまえは行こう行こうとうるさかったが、まあ、年相応のあれだろうとなぜかちょっとほっとする俺がいた。
「私も行きませんけど?」とルーファーが意外なことを言った。
「え?」
「確認するのは父上の仕事です。私は生まれるまで待ったほうがよいと申し上げただけです。父上の判断に従います」
唐突に外されるハシゴ。
驚きしかない。
「さて、エーヴィルさま」とルーファーがトーンを明らかに変えて言った。
マズい予感しかしない。
この9歳児はなにを言い出すかわかったものじゃない。
「なんですか、お父様が大好きなルーファーさま」とエーヴィルも応戦する。
「エーヴィルさまの主義主張はよくわかりました。母上――いえ、女帝シーマさまのとられる立場もよくわかりました」
「なによりだよ。俺も母さんも間違ったことはなにもしていない」
「左様ですか。ですが、クーデターではなかったとおっしゃるのなら、王子の座を降りられてはいかがか」とルーファーは冷たく言い放った。
「久しぶりにあったのに随分なやつだな」とエーヴィルは弱々しく言った。
「内情はどうあれ、エーヴィルさまが父上に剣を向けたことは事実です」
「それを言うならトゥーリもだろ」
「義父はその責務を負い、すでに国家の首長は私に譲っています」
「名前だけの国王を譲っただけだろ。議長は続けてるじゃないか」
「私が神帝オーリの許可を得て任じました。私が成人するまでのあいだです。そもそもの話をすればあなたとは違って、養父は危害を加えていません」
「弱かったから許されるのかよ」
「最初からそのつもりがなかったのかもしれませんよ。そもそも殺意はなかった」
「まあ、殺意はなかったかもな」と俺は認める。
殺す気はなかったけど殺意はあったと言うか、殺意はなかったが殺す気はあったと言うか、まあ、俺が死ぬかもしれないけど、死なないで欲しいとは思っていたから、ギリギリセーフみたいな論理だ。
「どうだかな。親子揃って神帝さまを騙してるのかもしれない」
「待て、エーヴィル」
「構いませんよ。なんであれ、筋は通しました。我が義父トゥーリは責めを負っていて、神帝オーリ直々に許されています。なし崩し的に母上の庇護だけで居座っているあなたとはちがう」
「いや、待て。ルーファーも待て。その件は許す」
「許す? 許してもらう立場じゃないけど」とエーヴィルが見事な脊椎反射をキメた。
「でしょうね」とルーファーが言った。「ですから、もう待てません。道理が通らない。いささかエーヴィルさまは民をないがしろにしすぎました。私はヤポニア技術国王子として汚れた冠を民に見せびらかす気にはなれません」
俺もエーヴィルも言わされた感がある。
返す返す見事だった。
そして、ルーファーは決定打を浴びせる。
「ヤポニア技術国最高議長トゥーリの全権代理として申し上げます。女帝シーマの暫定政権にはヤポニアはこれ以上従えません。次期筆頭君主には神帝オーリの重祚が妥当かと思われます」
「おい、なにをしたかわかってるのか、おまえ」とエーヴィルは言った。
「ええ。世界を割りました」とルーファーは涼しい顔で言った。
「待て。落ち着け。兄さんも、ルーファーもケンカをするな」とまさかのワイゼンがとりなす形式である。
「いえ。ロッソア魔術国王子の凶行と、女帝シーマのその後の対応についてはすでに全世界が不信感を持っています。我らは世界を割ることで、せめてヤポニアの民だけは救うことにしました」
「トゥーリもそう言っているのか?」と俺は尋ねた。
「全権代理だと申し上げました。ただ、この件については私と師父の意見は一致しました。エーヴィルをこのまま放置することもできませんし、シーマの愚行を施政者として認めるわけにも行きません。母だから、兄だから、仲間だから、ということは仮に勘定に入れたとしても到底かばえるようなものではありません。どんな状況であれ、それはダメです。原因があろうとなかろうと、越えてはいけないところを越えれば、私と師父は戦う以外の選択肢を選ぶことができません」
「……なら、皇帝に確認する」とワイゼンは言った。
「わ……我が国の……」とエーヴィルは絞り出すように言った。
エーヴィルはこの世界をもっとも思った主人公だぞ、と俺は思う。
俺のことなんてどうだっていい。
だから、エーヴィルを許してやって欲しい。
と言えたらどれだけいいことだろうか。ルーファー、エーヴィルはお兄ちゃんだからな、もう少し優しくして。
しかし、3歳で20歳並と計算すれば、ルーファーはすでに20代後半くらいの意志を持っている。
ほかのふたりに比べてあまりに一個人としての意志が確立しすぎている。
なにしろ世界を割るとまで言ってきているのだ。
ここでなんの理屈もなしにルーファーに退けというのは簡単だが、それ以外にエーヴィルを救う方法がない。
ジビルガフはおそらくこの状況を狙ったのだろう。
あの世界の叡智ですらも、子供と国という責任で実質無力化してしまった。
もはやトゥーリもルーファーも世界のためには動けない。ヤポニアのために動くことしかできない。
そして、いまの俺ではそれを圧倒的な力でまとめることはできない。
詰んだ。
詰まされた。
ジビルガフには力がないのだ。
第3勢力を使うか、概念を変えるか、同士討ちさせる以外に相手の戦力を削る方法はない。
そんなことはわかっていた。
わかっていたが、なにかに脅えた俺たちはなにもできなかった。
滑稽だった。
まさかキルシュリーゲンがジビルガフにここまで肩入れするとは思いもしなかった。
「待て。それはおんしの選択だの。わっちのせいにするでない。肩入れはしておらんわ。まあ、もうあれの状況も詰んでおろう。さっさと決着でもつけるがよかろ」と投げやりな声がした。
「くっ!? アタマに直接!?」
「なにを言うておるか。わっち降臨。絶対神キルシュリーゲンさまによるデウス・エクス・マキナだの」
そう言ってキルシュリーゲンはゆったりと天井から降下してきた。
親方ァ! 空から女の子が! というような顔をしている3人の息子たちの視線がさりげなくそのスカートに向いていることを俺は父として見て見ぬふりをすることにした。
異世界だからと言って、鉄壁のスカートは存在しない。
「こ、これはキルシュリーゲンさま。御自らご降臨とは」
「アホウ。わっちが実体化したら大事であろ。おんしもよくわかっておるだろうに。そこいらの娘の体を借りたまでよ。こう使ってみるとアウロリーテもホアソンもあれでなかなか扱いやすいものよな。さすがは神よ。ひとの体は使い心地がすこぶる悪い」
ふわりと着地して、長いスカートの裾を直した。
「さて。オーリの子らよ。おんしらは争いを始めるかの?」
「やむを得ません」とルーファーが臆さずに言った。
「ほう。さすが叡智のチートよな。たしかにやむを得まいよ。そういう流れだからの。あれは本当に小賢しいことを考えおるよ。しかしな、子ら。おんしらの代ではおそらくその争いは終わらぬぞ。シーマが生きておるうちは、決着をつけることはできんだろうの」
「私は我が民を私が信ずるままに導く。それだけです」とルーファーは言い切る。
「見事だのー。まあ、仕方ないかの。愚直だが、それに勝る道理はじつのところないのやもしれんの。ならばもうよいわ。好きなだけ争え」
「え!?」と俺は思わず言った。
「なんだの?」
「いや、それならなにしに来たんですか」
「いちおう、止めておこうかと思ったが、まあ、それはそれで致し方ないかと思ったのでな。それを見るのも愉しいかもしれんしの」
「なんと……」
どこがデウス・エクス・マキナか。
完全にかき乱しただけじゃねえか。
説得されるの早すぎるわ。
「まあ、わっちは全知全能ゆえな。ゆえに無能であることも可能である」
「なんのために出て来たんです?」
「意味などないわ。絶対神とはワガママで気まぐれであるものよ」
そして、この世界は3国による争いの歴史を刻み始めた。




