6:バーナムの森は攻めてこない
神帝歴42年――オーリ7年
萌の月
当然のように空振った7回目の北伐について、俺はなにも述べる気がない。
なにより作戦実行者も作戦指揮者も空振りだとわかっている作戦など無意味だった。
「カタチだけでも山に行ってもらわねばなりません」とトゥーリが言うので俺は山に行く。
春を目の前にした北の山はそれなりに真冬よりはマシだったが、ロクなものではなかった。
ロッソアでエーヴィルとすこし過ごして、メカリアに行くかヤポニアに行くか悩んでヤポニアにした。
ヤポニア議事堂では堂々とルーファーとトゥーリが話をしていた。
公私混同のような気もするが、議員はみんな気さくなやつらなので、気にもしないだろう。
魔法の基礎について教えているようだが、1歳にならない子供にそれは無理筋なのではないかとも思う。
「なにを言ってるんですか。この子は兄たちとは違い、知力を持たねばなりません。ヤポニアは議会制ですから、武力や血筋だけでは抑えられません。もちろん、ハードルは下がりますが、無能であってはいけない。ですから古今東西のあらゆるケースを多角的に評価した歴史書を編纂し、内政のなんたるかを叩き込みます。のち、戦略特化した方法を私が可能な限り教え込みます。こちらは門外不出にせねばなりませんから、口伝にします。万一漏れれば大きなダメージとなりますから。そのためには時間が足りないんです。シーマはこの子を連れて行きたがりますからね。たしかによくしゃべるとは言え、まだ1歳にもなっていません。そこは理解できます。ですから、多少無理をしてでも教え込みます。早く自学できるようになれば、それだけこの子の可能性も広がります。キルシュリーゲンさまのご加護はじつにありがたい」
などとトゥーリが熱っぽく語るので、俺は反論できないが。
それに、
「難しいけど、嫌いではないです」とルーファー本人も答える。
3歳で成人同様の言語能力を有するというキルシュリーゲンのお墨付きを参考にすれば、いまのところは6歳くらいだろうか。
エーヴィルと同じくらいということになるが、どう見てもルーファーのほうがしゃべれている気がする。
ワイゼンよりは完全によくしゃべるので、見た目以外はどちらが兄かわからない。
「まあ、おまえがいいならいいよ」と俺は言った。
「はい。とうさま。だいじょぶです」とルーファーは答える。「いつか魔法を教えてね」
俺はもちろんと答えて抱っこをしてやる。ルーファーはことばが通じるので、抱き上げるのはとてもスムーズだ。
エーヴィルはもっと小さいころ、俺が抱くと必ず泣いたので、ちょっと抱っこするときには緊張した。
これはキルシュリーゲンの加護さまさまではある。
とは言え、ルーファーのその言語や思考だけの成長というのは不自然さもある。
肉体のほうはやや成長が早いと言ったくらいで、なにかに掴まって立ち上がりはするが、足元がおぼつかない。
そのアンバランスさがなんだかすごく危うい。
頭脳は子供、体は乳児はなんだか直感的に危機を煽る。
まあ、無闇に歩こうとはしなくていいというシーマの言うことを素直に聞くらしいので、それほど心配はないみたいだが。
俺が数分抱っこしてルーファーと話しているのを見て、
「そろそろはじめましょうか」とトゥーリは言った。
「そうだな」と俺は肯定して、ルーファーの頭をなでてやる。
ちょっと不満そうにしているあたりがたいへん可愛らしい我が子である。
トゥーリが侍女を読んで、ルーファーを預けると入れ違いに見慣れぬ影が議事堂に入ってきた。
引き篭もりに定評のある火の神だった。
「久しぶりだな」と火の神が言った。
「珍しいな、ヤポニアに出てくるなんて。島は嫌いだって言ってただろ」
「我とて神留地から出たくはないのだがな。アレの姿が見えなくなったゆえ」
「……なるほど。笑えない」と俺は真剣さをすこし出す。
「なんの戯れ言を。もとからジビルガフの居場所なんてわかってないでしょう」とトゥーリが冷静に言った。
「うん、まあ、ソウダケド」と俺は言う。
「ルーファーが異様に早くしゃべり始めたと聞いてな」とフレアムは言った。
「ヒッキーのくせに耳ざといな」
「まあ、我は知らなかったが、風の神がどうしてもと言うのでな」
「ホアソン?」
「あれはああ見えてそちのことを気にかけておる」
「ツンデレだからな」
「シーマに言いつけますよ」とトゥーリは言った。「フレアムさまも、本題は別でしょう」
冗談の通じないやつだなと茶化すこともできたが、実際俺はなぜフレアムがここに来たかわかっていないので、トゥーリの妙な緊張感の意味がイマイチ計りかねた。
「さすがは世界の叡智」とフレアムは言った。
「ジビルガフの動向ですね」とトゥーリ。「位置はともかく、なにをしているかは知りたいころでしょう?」
「左様」
「キルシュリーゲンさまはなにも?」
「うむ。あのお方とは、そもそも我らは何年も会っておらぬ。呼びかけられるのはオーリのみだからな」
「神々ですら、アレの所在が掴めないのは怖いですか?」
「そう言うな。世界の叡智。それゆえわざわざ我がこのような島まで訪ねたのだ」
「個人の感想をお尋ねですか?」
「それでも構わぬ。我らはもうアレをずいぶん見ておらぬゆえな。ここらですこしはっきりさせたいのだ」
「アレとは3年前に対峙したきりです。そのときもオーリしか会っていません。つまり、神々がお会いになっていないのであれば、ジビルガフはこの十数年でオーリと2回会ったきりです。もはや死に絶えているかもしれません」
「その可能性はあるのか?」
「まずないでしょうね」
「一昨年に復活はないとキルシュリーゲンさまにおことばを賜っています。タテマエがありますから、完全なウソではないでしょう。その段階では死んではいないが生きてもいないという微妙な状態であったのではないですかね。その後復活しているかもしれません。正直に言えば、世界の叡智であってもそこはわからない」
「ちょっと、ちょっと待て!」と俺は水をさす。
べつに水をさしたくてさしているわけではないが、あまりについていけないときには素直に言ったほうがのちのちよほどマシだということを俺は体感的に知っている。
そもそもいつもは筋トレしかしてないフレアムまでマジメな雰囲気を作るのはズルいと思う。
「なんです?」とトゥーリは言った。
「なんの話をしてるんだ?」
「ジビルガフについてですが」
「キルシュリーゲンが復活してないって言ったんだから、復活してないんだろう?」と俺は言った。
ふたりは見合わせて、ため息をつく。
「そちはたしかに現状では圧倒的に最強よ。もはや寵愛を与えておる我とて叶わぬ。しかし、あまりに愚かで実直だな」
「いや、唐突にディスるな」
「そちは本当にキルシュリーゲンさまのことばを信じているのか?」
「絶対神だぞ? ウソをつくメリットがないだろ」
「メリットしかありませんよ」とトゥーリは言った。
「いや、でも実際にジビルガフなんてもはやイタズラしかできてないじゃないか」
「ジビルガフが滅びかけてから、あなたしかその存在を認識していないんです。その意味をもう少し考えてください」
「わからない」と俺は正直に答える。
「可能性はみっつあると考えています」とトゥーリは言った。
「ひとつ。ジビルガフは他のすべてを捨ててあなただけを狙ってきている。
残る力のすべてを振り絞って、あなただけに姿を見せたという説ですが、これは考えても無意味です。2回もチャンスがあったのなら、すでに手は打たれているでしょうから、いまさらなにをしても後手では及ばないでしょう。ただ顔を見せる意味がわかりませんから、これであったときには手遅れです。
ふたつ。ジビルガフはあなたを孤立させようとしている。
ジビルガフとキルシュリーゲンさまに会えたのはあなただけです。したがって、そのふたりに関係していつかなにかの齟齬が起こったときには、必ずあなたへの不信感に繋がるでしょう。すくなくとも私は疑います。可能性のひとつとして、ですが。その結果、なんらかの影響が出るのは明白です。そこからはなにを狙ったところで、いまよりはずっとやりやすいでしょう。
みっつ。ジビルガフはすでに敵ではない。
これはそのままです。最悪のパターンですね。もはやなにをしたところで止まりません」
「前ふたつはともかく、最後のひとつの意味がわからない」
「文字通りです。すでに死んでいるか、もしくはジビルガフではないものがあなたと敵対しているかもしれません」
「はっきり言え」
「はっきりは言えません。とても畏れ多くて」とトゥーリはほとんど答えを言った。
思い当たるフシはありすぎた。
だがキルシュリーゲンとジビルガフのタッグだなんて最悪の可能性はあるのだろうか。
ルーファーが生まれる前にトゥーリの体を乗っ取ってキルシュリーゲンがなにか言っていたことを思い出そうとしてみるが、よくわからないことしか言っていなかったので正確には思い出せない。
概要は数年後か数十年後にジビルガフがヤバい。シーマは気づいていて、トゥーリも気づいているかもしれない、みたいな話だったと思う。
これだけ聞くとたしかに怪しさはあるが、直接的に手を貸すこともないとも言っていた気がした。
それにそもそもキルシュリーゲンと敵対した瞬間に詰みが確定する。
「でも、そんなのペテンだろ。負け試合ですら勝ちにできる。だから、直接は手を貸さないと思うが」
「それはそうでしょう。ただし、それすら見越してジビルガフが動いていたら、喜んでそれに乗る方でもありますから」
正論だった。
なんだか嫌な空気である。
「それでフレアムはなにをしに来たんだ?」
「我らは我らでジビルガフに因縁もあるゆえな。所在、動向を知りたいのだ。そちたちが敵対するかどうかは置いておくとしても我らがアレの動きをまるで把握できぬのは理が通らぬ。すくなくとも、なにをしようとしているかは知っておかねばならん。世を統べる者として、無抵抗で暴れるのを見ておるわけには行かぬ」
「殊勝な心がけだな」と俺は言った。
「そちもそうであろう。神帝オーリよ」
まあ、俺だってハーレムの前に死ぬわけにはいかないから、結果的にはジビルガフは無力化したいのだが、世を統べるとか高尚なあれはないので、そこはリゾート神とはちがう。
普段はニートしておいて世を統べるとは俺にはとても言えないあたりが特にちがう。
「私達はなんにせよ、もはやジビルガフに負けるわけにはいかないんですよ。多くを賭けすぎましたから」とトゥーリは言った。「神留地の神々はこちらと考えてもいいんですか?」
「わからぬ。確かなのは我と風の神、水の神くらいだ。金行神ももしかするとこちらかもしれんが、他は基本的には干渉するつもりはないらしい。木行神は立場上、あちらと思っておいたほうがよいだろうがな」
残念ながら、もし俺とジビルガフが世界を二分したとすれば、寵愛を与えているレグラはほぼまちがいなくジビルガフにつく。
かなり仲はいいと思っているし、レグラのことは嫌いではない。
だが、キルシュリーゲン以外の神が祝福ではなく寵愛を与えるというのはそういうことだ。キルシュリーゲンはなんでもありなので、寵愛だろうが祝福だろうが自由に与えるし、区別はないが。
「わかりました。それだけで充分です。中立であれば問題はありません。間違いなく、現状は私達のほうが有利ですから、中立は実質、味方のようなものです」
「そこはおそらくみな破るまいよ」
「ジビルガフについては、ロッソアの北部山脈にはいません。目星はついていますが、キルシュリーゲンさまの神託を堂々と破る決断ができる根拠はありえませんから、表向きは私達も動きません」
「なら、どう出る?」とフレアムは言った。
ところで俺は気づいたが、こいつらはなんだかヒリつくような戦いをしているようだ。
最近、子育てと雪山散歩しかしていない俺に対する当て付けかと若干思わないでもないが、そんなことをしていては神帝など務まらないので俺はその気持ちをシャットアウトする。
「目星を絞り込みます」
「言ってることが矛盾しているだろう」
「矛盾はしていません。私達はこの世界を制しましたからね。全世界を調査するのは必然です。そのついでにジビルガフも探すんです。なんの問題もないでしょう」とトゥーリはいい笑顔で屁理屈を言った。




