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神帝歴41年――オーリ6年
半の月
目隠しをとったとき、そこは荒野だった。
完全に動きを封じられた俺は目隠しがとられただけでなんだか助かった気になったものの、視界が反転していたので即座に絶望した。
まあ、目隠しされたまま氷の柱に逆さ吊りにされたのはわかったので、驚きはなかったが絶望はした。
わかりきったことであっても、情報が増えるたびにひとは絶望できるとでも言っておけばなんだかそれっぽい。
そして、シーマがいた。
トゥーリの姿はない。
やつは神留地で察したのだ。ここにいるには戦闘力が足りない、と。
散々ヤポニアで言われたことばを、彼はシーマの殺気立った目を見たときに思い出したのだ。
――嫁は話が通じる相手じゃない。
かくして、トゥーリは神留地に留まった。
なに、それでいいのだ。
きっとテンヤワンヤの金行神の役に立つことだろう。
適材適所というやつだ。
なにより。
なにより。
いま、俺は、殴られるべきだ。
「ねえ、さっきも言ったんだけど、私、聞いたわ」とシーマが言った。
無論、ルーファーを養子に出すという件である。
ちなみに、言ったわ、とは俺は言えない。
俺は言っていないからだ。
正直に言えば、いま2国を統治している、子供が2人いる。どちらも養子で王子にした。いま3国目ができ、3人目の子供ができた。あとはわかるな、と言えないこともないが、母親にその悟りを期待するのは無意味であるというか、酷である。
ひとごとみたいだが、俺だってできれば3人とも養子に出したくはないのだと言うことはできるが、シーマにはまちがってもそれは言えない。
かつて俺のために子孫を捨てた仲間をカタチだけでも父にしてやりたいという気持ちがないわけじゃない。
上の2人を養子に出したのに、3人目を養子に出さないのは上2人になにかうしろめたいという気持ちがないわけじゃない。
異世界の覇者としてベターな選択なので私心を捨てるべきだ(そしてそれがカッコイイと思う)という気持ちがないわけじゃない。
だから、俺はそういうつらい父親感を出すことは許されないと思うのだ。
神留地でもだいたい同じようなことを言ったが、「シーマに言ったのは私です」とトゥーリが答えた。
もっと具体的に言うなら、俺が凛々しく「ね、ねえシーマ。なんだか、すでに驚いてるんだけど、俺」と言ったあとの話だ。
あまりに恐怖心を掻き立てるため、あえてこの件の仔細は思い返さずやり過ごしたい。
しかしまあ、いつもならさっさと避難しようとする参謀家が、俺とふたりで怒られてくれようというあれで、なんだかむずがゆくもあった。
というか、怒られることが俺の仕事であって、逃げることは仕事ではないのは充分にわかっていたが、少々期待はした。
もちろん通じなかったが。
あなたからもまた話は聞くけど、まずはこのひとね、と俺を目隠しで拉致した。
「ねえ、なにか言いなさいな」
もちろん俺はなにも答えない。
「ダンマリ、ね」とシーマは言った。
言った瞬間、魔法が俺の顔面を直撃する。
魔力障壁があるが、チート級のシーマの魔法はとてつもない痛みがある。
「しゃべりなさいよ」
まるでなにか魔法の復習でもするかのように、風魔法をキレイに撃ち分ける。
右足に透明な切っ先、左足に押し寄せる球体、右腕に風の中級魔法、左腕に風穴、たまに上級魔法を織り交ぜつつ、キレイにキレイに撃ち分ける。
左足、風の中級魔法。
右腕、透明な切っ先。
右足、風穴。
左腕、押し寄せる球体。
リズミカルに、小気味よく。
マトがもし人体じゃなかったら、感心できたことだろう。
同じ部分に正確にあて続けるコントロールと、息もつかせぬスピード、適切なダメージを負わせる魔力量。
イエス、パーフェクト、と。
「ねえ、なにか言いなさいよ、私がイジメてるみたいじゃない?」
右足、透明な切っ先。
「……い、いえ、イジメてるぶわっ――」
左腕、風の中級魔法。
「しゃべる前は?」
左足、風穴。
「……ひゃ、ひゃい。シーマさん、しゃべってもいいでしょうか?」
「ダメ。悲鳴すら聞きたくないのに」
右腕、押し寄せる球体。
しかしまあ、ちょっとシャレにならなくなり始めている。
たしかに俺は殴られるべきだし、シーマだって加減はしている。
何度かあった俺を本気で殺しに来たときよりかは良心的なダメージだし、なにより殺意を感じない。
気配に鈍い俺のカンなどなんの役にも立たないところだけが不安点だが。
攻撃は続く。続く。続く。続く。続く。続く。続く。続く。続く。続く。続く。続く。
「ねっ! ちょっ! がふっ! いだ! いや、ちょ、カンベッ! いで! ぐあああああああああああ」
「……あのなシーマ」と奇特な立会をしてくれている神々の一柱、火の神フレアムさまが見るに見かねてことばを発する。
「なにかしら、フレアム。この世界でもっとも猛々しく、そして理性を備えた勇猛と秩序の神様フレアム、なにかしら?」と神を凌ぎ、鬼に迫る女帝シーマは視線すらくれてやらない。
「……いや、なんでもない」
ほかの立会をしてくれている神々も若干ヒキ気味である。
俺の自動回復魔法よりもシーマの与えるダメージのほうが大きいため、蓄積されたダメージはすでに俺の視界を目隠しもなしにぼやけさせているが、たぶんそんな感じだ。。
「なんだかみなさん揃いも揃ってそんな目で見られると、私が悪者みたいじゃないですか」とシーマは言った。
「そんなことはないぞ」と土の神が言った。「それはオーリが悪い」
「ひゃん! いでッ! ちょっ、ちょっと! なんか、だっ! やめ、やめて! 微妙なダメージをッ! がっ!」
キレイな上級、中級、初級の風魔法の撃ち分けから、連打に変わる。
押し寄せる球体がみぞおちを正確に何度も何度も捉える。
自動回復でタダチニ致命傷にはならないが、シーマほどの魔力になると魔力障壁があってもダメージは食らう。
「その、あれだな。我らは来たはいいが、なにもすることがないな」と申し訳なさそうに火行神が言った。
大丈夫、そもそも期待などしていない。
所詮、ヤバイヤツ以外は能力的にも俺より下だ。
だから悲しくなんてない。
でも、トモダチじゃん、俺たち……。
「……なに恨めしそうに見てるのよ」とシーマが言った。
いつの間にか攻撃は止んでいた。
俺を拘束していた魔法も解ける。
氷柱がくずれ落ち、ただの荒野になった。
半の月は暑い。
熱帯夜だ。
熱帯夜の荒野。
すこし離れたところにクムズポートのあかりが見える。
意外と近かった、と俺は思った。
「……ごめん」と俺は言った。
シーマは泣いている。
溶け出した氷と彼女の目からこぼれる涙とでは、どちらが多いかわからないくらいに無茶苦茶に泣いている。
それはなにより俺に効く。
「これで最後よね?」とシーマはたぶん自分でも最初からわかっていたことを言った。
「うん」と俺は言った。
「私はずっとあの子たちのお母さんよね?」とシーマは最初から決まりきっていることをお守りみたいに確かめた。
「うん」と俺は言った。
「もう、嫌よ」とシーマは最初からずっと思い続けていたことをなにか悪いことでも言うかのように言った。
「ごめん」
俺は謝った。
シーマはこくり、こくりと頷いてまだ泣き続けた。
彼女が泣き止むころ、空は白み始めていて、クムズポートのあかりが太陽がのぼりはじめるのと混ざって、ぼやけていた。
魔法なら数分かからない距離だ。
「歩くとどれくらいかかるのかな」と俺は言った。
「……ねえ、あの子たちみんな、私とあなたの子供よ」とシーマは言った。
それぎり、ふたりして黙って、なにも言わずに魔法を使わずに歩き始めた。




