2:世界はそれを魔法と呼ぶ
ダニア歴205年――神帝歴3年
異世界初手を大幅にミスった俺は両親から微妙に腫れ物扱いされながらも、魔法の理解に努めようとした。
が、バレないように読むような魔法関連の書物は都合よくあるわけもなかったので、独学を諦めた。
1ヶ月くらいで体の感覚がわかってきて、動けるようにはなっていたが、赤ん坊がどれくらいで動いたりしゃべったりしていいのかはわからなかったので、とりあえずはなるべくじっとしておいた。
体力の関係からかやたらに眠くなるので、それはまあまあ都合がよかった。
なにもできずにずっと意識だけはあるのはつらい。
ことばをしかたなく3ヶ月くらいで話して、ミークスやルーナに魔法についてできるだけ幼児っぽく尋ねた。
まあ、幼児っぽく尋ねたところで意味はないが。
3ヶ月の赤ん坊が話し(やっぱりそれは平均よりうんと早かった)、聞いたことすぐに理解し実践してしまっているわけで、口調だけが幼児っぽいことがなんのカムフラージュになろうというのか。
ミークスとルーナは必死に父母たらんとつとめて誠実に俺の問いに答えてくれはしたが、もうその表情はどちらかと言えば恐怖というより諦めだった。
俺は2歳までにシュイン族の一般的男女が持つ魔術のことわりについてはほぼ理解していた。
まず魔法は3系統ある。
攻撃魔法、防御魔法、回復魔法。
もっともよく使われる花形は攻撃魔法。
初級攻撃魔法はウィッカー。中級攻撃魔法はマイド。というような名称がついている。
上級攻撃魔法はなんの特性もつけずに撃つやつはまずいないが、いちおうハイワーという名称はある。
これらは単体で使ってもただの打撃と大差ない。
力強く殴ればより痛い。
それとまったく同じことだ。
初級中級上級の攻撃魔法になんらかの属性や特性を加えることによって、名のある魔法になる。
ウォッカとホワイトキュラソーとライムで雪国になったり、ウォッカとジンとテキーラとコーラともろもろでロングアイランドアイスティーになったりするのと同じだ。
たとえば風の属性をつければ、初級攻撃魔法はカマイタチ状になり透明な切っ先。
属性は4つ。火、風、水、土。
4大属性のいずれかひとつだけを付与した中級魔法がもっともスタンダードなので、これはバニラと呼ばれる。だから、バニラは4種類ある。
4種類もあったらもはやバニラではないではないかと俺は思うが、まあ、そういうものらしいので仕方ない。
風の攻撃魔法の属性は、「切れ味」と「視認性の悪さ」、「到達速度の速さ」にあり、球形という属性はない。
だが、透明な切っ先に球形の特性付与すれば押し寄せる球体になる。
丸くしたいなら丸くなるよう特性を付与する。これだけだ。
付与できる特性は魔術師の才能次第。
思いついて、それがことわりに反していなければだいたいできると俺は理解したが、ことわりがなんなのかはひとによるので、なんとも言えない。
俺にできて他人にできないことは山ほどある。まあ、このあたりがチートなのだろうと解釈した。
一般的な特性はある程度共有できるため、丸くしたり、四角くしたり、速くしたり、遅くしたりといった特性はだいたいの魔法につけられる。
防御魔法は攻撃魔法のアンチテーゼとして存在している。
アンチテーゼとして、とか俺2歳なのに、カッコいいとは思った、正直。
だからまあ、アンチテーゼというのが正しいかどうかはどうでもいい。
球体の風の攻撃魔法を防ぐにはどうすればいいかを判断すれば、それが完璧な防御魔法だ。
硬くて厚い土壁でも防げるだろうし、同じ風属性で気流を変えても防げる。
高温の火の攻撃魔法に対しては、水の防御魔法が有効だろう。
注意すべきは魔術師のレベル差があるときは、このことわりは無意味だということだ。
無意味というか、強さが優先であるというより上位のことわりによって書き換えられるといったほうが正確かもしれない。
とんでもなく高温の火の玉はきっと水の壁を蒸発させるだろうし、とてつもなく鋭利な風の刃は土壁でも切り刻むということだ。
相性が悪かろうとなんだろうと、魔力強者は魔力強者であるという容赦のないところが魔法だ。
回復魔法も防御魔法と似た部分はある。
ただ回復魔法は初級中級上級のくくりがほぼすべてで、属性や特性は異常状態に合わせて適切な治療を行うくらいの意味合いしかない。
「固形」「球状」「甘味」などの特性をつけて、回復魔法をタブレット状にしてみたりというようなチート行為をするのはたぶん俺くらいなので、
と、まあ、そのくらいのことを両親に恐怖心を植え付けながら学んだわけだ。
もちろん彼らはそんな知識を体系化していなかったし、まったくわからずにとにかく詠唱すれば使えるというような知識しかないということもあった。
ただあまりに魔法に関する知識の体系化を彼らに強要すると、怯えるどころの話じゃなくなりそうだったので、やめておいた。
いや、俺だって「この子は天才じゃああああああああああああああ」みたいに扱われたくはあった。
だから徐々に、3、4年かけて徐々に才能を小出しにしていって、ミークスやルーナがついてこられるくらいのスピードで成長したように見せかけてやればもっと俺と両親のコミュニケーションは円滑なものになったはずなのだが、いかんせん初手をミスったのでどうしようもない。
せっかく生まれた長男なのに、ミークスとルーナには悪いことをしたとは思っているが。
だから、同世代の村の子供と遊べるわけもなかった。
幼なじみとか必須じゃん。
異世界来たら幼なじみってたいていいるだろ、と言いたくなる気持ちは理解できるが、親ですら恐れているよその子に自分の子供を近づけたいと思う親はいないのである。
一方で、ミークスとルーナの不安は拭っても拭ってもどうにもならなかったようで、俺が魔法について熱心に質問しはじめると完全に手に余ると判断し、ロッソーナの中央政府に上申した。
上申した内容は正確にはわからないが、ルーナがときどき泣いていたり、ミークスが俺の頭をすまなさそうに撫でていたりすることから察するに、俺を手放したいというところだったのだろうと思う。
まあ、何度も言うが、俺はそれも仕方ないと思っている。
ただしそれはうまくは行かなかったようだ。
劣悪な通信網のおかげで、首都ロッソーナから返事が来るまで半年。
おまけにその半年経って来た返事は、とてもわかりやすく言えば、
んなわけあるかボケ。
くらいのニュアンスだったらしい。
「いくら皇帝陛下とはいえ、嘘つき呼ばわりされる言われはない」とミークスが手紙を見て怒っていた。
結果、俺をなんとか育てていくしかなくなり、ミークスとルーナはほとほと困り果てていた。
もちろんミークスとルーナは最低限の親としての体裁は保ってくれていたし、愛情もあったのだろうと思う。
当たり前のように飯も服もくれたし、仕事の合間に遊んでくれたりもした(いや、まあ、精神の年齢が20を過ぎている俺にとっては楽しいわけもなかったが、いちおう喜んでおいた)。
ただ俺に興味があるのは魔法だったし、魔法については脅威となるレベルだったのだから、両親が困るのも無理はないのだ。
まあ、簡単に言えば俺は両親にとってなんの益ももたらさなかった。
それは申し訳ないとも思う。
そんなわけで、2歳のときに俺が好きだった遊びは、コスマウル狩りと山賊討伐です。