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3:こっちでは恐妻家と陰口を叩かれています

 彼の者の名を世界の民たちは、神帝オーリと呼んだ。

 神帝オーリはロッソアの極東のアドレルという小さな村に生まれたと言う。

 いまでこそロッソアは魔術国として世界の3分の1を統べているが、オーリが生誕した当時は列強各国に挟まれて滅亡寸前であった。

 アドレル村はそのロッソアの中でも極東の小さな村だった。さいわいなことに、アドレルには魔法が受け継がれていたが、それもわずかなものでオーリ以外はロクな魔術師はいなかった。

 まあ、俺のことなんだけど。

 神帝オーリは天才だった。

 まごうことなき天才だった。

 小国ロッソアの辺境の村アドレルに生まれたが、5歳にしてロッソア中央政府の専任魔術師となり、6歳でロッソア中央政府付属の魔術大学への入学を許可された。

 異例どころではなかった。我がことながら参考記録にするにも相応しくない。

 俺を除いた魔術大学への入学は10歳が最年少。それも開闢魔術師と呼ばれたイルギィスだ。

 俺とイルギィスを除くと13歳まで最年少記録は上がる。そいつだって後々中央政府の最高専任魔術師になったはずだ。

 つまり、俺は規格外すぎた。イルギィスだって充分なチートキャラだが、そのチートをさらに軽く上回るのが俺だった。

 さすが神帝オーリと褒め称えてもいいだろう。


 その後、神帝オーリこと俺と開闢魔術師イルギィスはロッソアの専任魔術師として国家拡大に大きく貢献した。

 俺が18になるころには、ロッソアは世界一の領土を持つ国家になっていた。


 ただし、いろいろあって(主に嫁の問題)18の年にイルギィスとロッソアを出奔。

 ロッソアはわずか10年で領土の半分を失った。

 もはやロッソアが俺とイルギィスなしでは成り立たない国になっているのは明白だった。

 10年後にロッソアに戻ったときには、ロッソアの国民は歓喜して3日3晩宴会を開いた。


 ***********


 生まれは葛飾区です。いまもそこに住んでます。

 ああ、そう。両津勘吉のね。いや、亀有じゃないんですけど、まあいいや。

 向こうではそのロッソアのアドレルっていう村が故郷ですけど、それよりはロッソアの首都とかのほうが馴染み深いですね。

 いや、いじめられたとかじゃないですよ。アドレルでは友達はいなかったですけど。

 それでまあ、いろいろあってまず36のときにロッソアという国を手にしました。そのころ神帝を名乗りだしましたね。

 メカリアとヤポニアという国を裏で操って、世界を3大大国で統治する計画を10代から仲間で練っていたので、ロッソアを手にしたときは世界の半分は掌握していました。

 そこからは一気ですね。41のときに名目上は全世界を統一しました。

 ただまあ、人間や獣人やエルフを従えてもね、従っていない神が残っていましたから、真の意味で世界統一をしたのは60年くらい経ってたんじゃないかな。

 ちょうどイルギィスが病気になってね、あいつは64で死んだんですけど、そのときには統一してましたから、64年はかかってないくらいですね。

 嫁も転生者です。ぼく、向こうで5回くらい死んでるんですけど、5回死んだうちの4回嫁ですからね。

 壮絶な夫婦喧嘩とかそういうレベルじゃないですよ。

 まあ、言ってしまえば異世界人――って、こっちのひとですね。異世界にとってはこっちが異世界なんで。とにかく、元世界民同士で殺しあうとノーカンなんですよ。いや、著しいペナルティはあるんですけど、死にはしないんです。

 だから4回は嫁に殺されました。いや、ぼくは1回も殺してないです。殴ったこともないですし。

 いや、そりゃ嫁のほうが強いですよ。なにしろすごい美人ですからね、嫁は。

 美人エルフですよ? もうそりゃ、殴ったりできるわけがない。

 島尾詩子しまおうたこっていう、名前はキレイなんですけどね。

 まあ、性格は……いや、でもぼくにはぴったりの嫁だと思います。

 怒られるときはだいだいぼくが悪い。

 子供を養子にするのも、完全にぼくが悪いですから。

 ただまあ、弁護するわけじゃないですが、思ったよりもふたりの父親というのは、問題ありませんでした。

 母はシーマひとりでしたから、彼女にとっては意外と抵抗はなかったみたいです。思ってるよりも、でしたが。

 なので三男のときはそんなに熾烈な攻撃はなかったですね。

(『異世界夫婦生活』央利一著、空想領土出版、20**年)


 ***********


 神帝歴41年――オーリ6年


 夜の荒野にひたすらに悲鳴が響いている。


 ――俺の。


「ねえ、なにか言いなさいよ、私がイジメてるみたいじゃない?」

「……い、いえ、イジメてるぶわっ――」

「しゃべる前は?」

「……ひゃ、ひゃい。シーマさん、しゃべってもいいでしょうか?」

「ダメ。悲鳴すら聞きたくないのに」


 俺が荒野の寒い夜に氷の柱に逆さ吊りされ、シーマの風魔法を受け続けているあいだ、この世界の神々が5柱もやってきた。

 イル、シューゼン、トゥーリ、ヴォーディの4人は次男・ワイゼンがシューゼンの養子になるときの反省を踏まえて、ヤポニアの中央議事堂に残して来た。

 なにしろワイゼンのときには風の究極魔法(グラン・ウィーゼ)によってメカリアの大聖堂が致命的なダメージを負った。

 俺を除いては人的被害は出なかったが、一歩間違えばパーティの機能に支障が出る。

 そうなっては元も子もないので、今回は俺ひとりで妻とHANASHIをすることにしたのだった。


 ちなみにトゥーリだけは今回生まれたルーファーの養父になるので、かなり強く粘った。

 ここは逃げてはいけないのでぼくも行くべきでしょう、と。

 ただし戦闘能力が俺たちパーティの中では群を抜いて低い(異世界一般常識的に考えれば超一流程度)ので、むしろ今回もっとも来てはいけない人物だった。

 もちろん、本人以外は満場一致。しぶしぶトゥーリも諦めることになった。


 しかしながら、1対1ではそもそも俺の身が危ないのではないかという至極まっとうな意見も散見されたため、世界を統べる9柱のうち、俺たちへの協力を決めている5柱が立ち会うことになった。

 また夫婦喧嘩で死なれて俺の戦闘力が落ちるのは由々しき事態であるということだ。


 結果、神々5柱を従えての夫婦の話し合いである。スケールは無駄に大きい。

 わざわざ喧嘩を見届けに来たのは、火の神・フレアム、水の神・アウロリーテ、風の神・ホアソン、土の神・ベスカと火行神・カカである。

 異世界の神は9柱。

 いわゆる物質を司る神が火行神、水行神、土行神、金行神、木行神で、これらの神は戦闘能力がそれほど高くないどちらかと言えば内政向きの神々である。

 対して魔術、つまりは戦闘部門に重点を置いた神々がフレアムたちだ。

 通常、火の神と言えばフレアムを指し、火行神と言えばカカを指す。

 戦闘を生業とする者たちはフレアムを信仰し、鍛冶職人などはカカを信仰する。

 そう。

 そんなこの世界を束ねる神々が9分の5もここにいる。

 いかに俺が、この神帝オーリの生命が案じられているかわかると言うものであろう。

 さあ、そして、なぜそんなことを滔々と俺は考えるのか。

 もちろん、そうでもしなければこの苦行を乗りきれないからである。

 だが、シーマから愛情(・・)を受けているときのこの乗り切り方法はマンネリ化しつつある。

 そしてなにより――


「がふっ! いだ! いや、ちょ、カンベッ! いで! ぐあああああああああああ」


 まるで効果がない。

 5柱は揃いも揃って俺とシーマの牧歌的な夫婦のやりとりを眺めている。

 いい加減に助けてはくれないものだろうか。

 と俺が哀愁ただよう目で見たからか、フレアムが仕方なさそうにシーマにことばをかけた。


「……あのなシーマ」

「なにかしら、フレアム。この世界でもっとも猛々しく、そして理性を備えた勇猛と秩序(・・)の神様フレアム、なにかしら?」

「……いや、なんでもない」


 フレアアアアアアアアアアアアアアアアアアアム!

 どうした、世界最強の神。烈火の闘神フレアム。

 ウチの嫁(エルフ)の睨みで怯むとはなんたることか!


「なんだかみなさん揃いも揃ってそんな目で見られると、私が悪者みたいじゃないですか」とシーマは言った。

「そんなことはないぞ」と土の神(ベスカ)が言った。「それはオーリが悪い」


 そんなことは俺だってわかっている。

 3人目ともなれば慣れるだろうなどとは微塵も思わなかった。

 だからこれは俺が悪いので、もうこれでシーマの気が少しでも晴れるならそれはそれでいいよう――


「ひゃん! いでッ! ちょっ、ちょっと! なんか、だっ! やめ、やめて! 微妙なダメージをッ! がっ!」


 ダメだ。これはダメだ。

 まだ大ダメージのほうがつらさは少ない。微細なダメージを与え続けられるのは非常に厳しい。

 もはやこれは攻撃というよりは拷問に近しいのではないかと俺は思う。


「その、あれだな。我らは来たはいいが、なにもすることがないな」と申し訳なさそうに火行神カカが言った。


 そして、薄情にもやつらは帰っていった。

 なんと信じがたい。おまえらは俺に従ったではないか。従属したじゃないか。


「……なに恨めしそうに見てるのよ」とシーマが言った。


 ああ、なるほど、と俺は思った。

 まあ、これならさすがに神々も帰ってしまうだろう。


 シーマは泣いていた。


 たぶん俺が受けたどんな苦痛よりも、強い苦痛がシーマをさいなんでいるのだ。


「……ごめん」

「これで最後よね?」「うん」

「私はずっとあの子たちのお母さんよね?」「うん」

「もう、嫌よ」「ごめん」


 そんな感じで俺の三男はヤポニアを治めるトゥーリの元へ養子に行った。

 もちろん、彼女が泣いたからと言って俺へのお仕置きは終わるわけではなく、だいたいそのあと1時間くらい続いた。

 ここでいい加減にシーマにヘイトが集まりそうなので、言っておくと、そのあと無茶苦茶セ――


 まあ、だいたいにおいてうちの嫁はいい嫁である。

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