Redundant2:夫婦喧嘩の犬野郎
神帝歴47年――オーリ12年
暮の月
カタン。
と暖炉で燃えていた薪が音を立てた。
俺はその音で目を覚ます。
目を覚ますと俺は微妙な気持ちになっていることに気づく。
どこかでこんな感情を抱えていたことがある。
「どこかで」とあいまいに言っているのに、「ある」と断言する。
つまり俺はそれをどこで得た感情かすでに知っている。
知っているが思い出したくはない。
20年……いや、21年前のことだ。
それは現況の元凶であり、そこから始まったと言えるし、そこではすでに始まっていたとも言える。
その状況と、いまは違う点もいくつかある。
敵の姿が見えないのは同じだが、敵を敵だとわかっている。
敵にあった情報のアドバンテージがない。
まあ、思い出したくないのでこの話はここでおしまい。
長いし。回想編突入とかするレベルの長さだし! 回想編とか主人公かよ! というスタンスの俺には必要ない。
古今東西、回想編に入ることは主人公以外にとっては死亡フラグである。すくなくとも大怪我はする。俺はこの世界の主人公でないかもしれないので(いや、たしかに最強チートが主人公でなければ一体なんなのかという説はわかるが、アンチ王道モノだったら主人公じゃないじゃないか)、回想編と思われるような長い思い出しはしない。
いいか、思い出すなよ、絶対思い出すなよ、俺!
ノックが響いてすぐに、ギイと音を立ててドアが開く。
「父さん、なにしてる?」とエーヴィルがひょこりと顔をのぞかせた。
11歳になったエーヴィルはもうひとりで行動することも多くなった。
王子としての存在感というか、さっきの回想編の話ではないがエーヴィルがもし20年後くらいに長い回想になってもきっと死なない。もはやなんというか主人公なのである。
これでもかというくらいエーヴィルは主人公だ。
たしかに単純なステータス的なもので言えば、俺(は最近ちょっと不調だが)やシーマには遠く及ばないし、魔法の才能という点においてはやはりイルギィスにも及ばないだろう。
かと言って、剣技を鍛えても全盛期のヴォーディ並の強さには到達しないだろうし、シューゼンのように特殊な強さは手に入れられないだろうし、トゥーリのような知力を手にすることも難しい。
俺たちは武力で世界を統一できたが、エーヴィルにはそれは難しい。
弱くはない。魔法の才能は確実に上から数えたほうが早い。
それでも、世界で指折りの戦闘力を持つ人物にはおそらくなれない。
だが。
世界ナンバーワンの戦闘力を持っていた俺はと言えば、6歳のときにはボッチだった。
学校ではイルギィスとは仲良くなれたし、ランパサールともそれなりに友情みたいなもの(友達というにはあのデブは歳をとりすぎていて気恥ずかしい)はできた気がするが、それだけだ。
そのあとはパーティを作るまで、怖がられたり、嫌われたりすることはあったが、俺がいくところにひとだかりができたりはしなかった。
しかし、11歳のエーヴィルはヘタをするとロッソア国内で俺やイルギィスより人気がある(まあ、こんなことを自分で言うのは虚しい気もするのだが、でも自分の息子だと虚しいどころか自慢する気持ちしかないのだから不思議ではある)。
首都を散歩すれば両手いっぱいに土産とも貢物ともわからない品々を持たされてくるし、去年くらいからは女の子に花をもらったりしている。
女の子から、花。
……なるほどいよいよ我が積年の計画をスタートさせる土壌はできつつあると言える。
待たせたな、俺! ようやくだぞ、俺!
「ねえ、父さん!」とエーヴィルがまた俺を呼んだ。
「あ、ああ、すまん。ちょっとぼーっとしてた」
「めずらしいね。もしぼくが刺客だったりしたらどうするのさ」とエーヴィルはなんだか主人公っぽいことを言った。
「ははは、父さんはなかなか強いぞ」
「知ってるよ。でもいつか勝つから」とまたまた主人公っぽいことを言った。
ダメだ。エーヴィルがもうなにを言っても主人公っぽく感じてしまう。
これが持って生まれた主人公的力である。
やっぱりウチの子は特別だからしかたないね。
「それでどうしたんだ? エーヴィル」と俺は言った。
「明日から10日ほど、オルドラに戻るのでご挨拶です」とエーヴィルはちょっとかしこまって言った。
シーマが無理矢理建国したオルドラ市国は、俺とシーマと3王子のために作られた小さな小さな国だ。
シーマは基本そこにいる。
俺は基本そこにはいない。
「ああ、母さんによろしくな。来月は父さんも行くから」
「きっとだか――」とエーヴィルが止まる。
「どうした?」
「なにか」とエーヴィルは言った。「……いや、誰か、来る」
マジかよ。すごいなエーヴィル。
とはいえ、俺が誰かの接近に気づいていないかと言うと、まあ、気づいていなかったんだけど。
ぶっちゃけ俺はあんまり気配とか感じられないのでヴォーディみたいに早急にエンカウントに気づくことはできない。
「よくわかるな」
「ヴォーディ卿に稽古してもらってるから」と誇らしそうにエーヴィルは言った。「まだまだだけど、ときどきならヴォーディ卿からも1本取れたりするし」
もうダメだこの主人公力。我が息子ながら抱かれたいレベルである。
まあ、わかってる。わかってる。みなまで言うな、そもそもヴォーディはすでに老人の域だし、ある程度の手加減をしながら稽古をしてくれていることは俺にだってわかっている。
だが、それとこれとは別!
これはあれだ、来年、魔法大学に入れるのと同時に剣技の修行も本格的にさせなければならない。埋もれさせないこの才能。
「父さん。来るよ」とエーヴィルが言った。
「ああ、すまん」と俺は言った。
「いくら世界最強でも隙がありすぎだよ。魔力障壁は確かに強力だけど、対処法がないわけじゃないんだから」
「だいじょうぶだ」と俺は言った。「父さんのオート魔力障壁とオート回復魔法が破られることはそうないから、エーヴィルは自分のことを考えるんだよ」
あれ? なにこれフラグくさいけど。すごくフラグくさいけどだいじょうぶか、俺!?
もしかして体内に魔力障壁発動させる完全に俺殺し専用アイテムじゃないかそんなのみたいな魔法道具持って来そうな空気あるけどだいじょうぶか?
これもしいまから来るやつがしばらく動きのないアレだったりして、もしその手に魔法道具が握られてたらもうあれだろ。
回想一直線コースじゃないか!
最低でもエーヴィルは守るけど。父親だからね! いや、まあ、そもそも負けないけどね。ウチには主人公エーヴィルいるしね!
いやでもそんな都合よく――ダメだダメだ。
ダメなやつだこれ。
「父さん、落ち着いて」と静かにエーヴィルが言った。
なにこれマジ主人公。
がちゃりとドアがあいて、虚ろな目をした侍女が部屋に入って来た。
ああ、もうソタルがかつてしていた目と完全に同じだ。侍女には意識はない。
治療も必要になるだろうな。
悪いことをしたと思う。もっと従業員の安全も考えないとダメだな。
「んー、あー、テステス」と侍女からねっっっっっっっっっっとりとした不快な声がする。
「糞野郎が」と俺は舌打ちする。「ウチの侍女に汚い手で触れてないだろうな?」
「よおお、オーリィイ。久しぶりだなァ」と無視してアレは言った。
「誰だったか覚えてないが、俺の質問に答えろ」
「つれねえなァ。名前も覚えてねえやつと親しげに話す気になれないだろ」
「……地ビールデブだろ」と俺は言った。
「コロスぞ。俺はデブじゃない」
「ウソつくなよ。おまえは俺の記憶の限りじゃデブだった。165センチ、92キロと見た」
「正確にあてるな、ブチコロスぞ」
「小学生かよ、出てこいよ酒税法違反」
「地ビールは犯罪じゃねーよ」
「地ビール飲みたいだろ、さっさと元世界帰れよ」
「帰れる方法がありゃ、すぐに帰ってやるさ、神帝さま」
「帰る気なんかないくせに。動けるようになってから言え」
「そういう取引だからな。あー、糞野郎が。ダメだダメだ。そのトレードの話はすんな。胸糞悪い」
「なあ、いいか、地ビール」
「よくねえ。なあ、ちゃんとしようや。名前、ちゃんと呼ぼうやー」
「松本人志かおまえは」
「もう俺は50年近くもテレビ見てねえんだよ」とアレは言った。
なにしに来たんだろうか、こいつは、と俺は若干思っていた。
「あの、父さん、これがジビルガフですか?」とエーヴィルも俺とジビルガフの会話に生産性が皆無なことに気づいて尋ねた。
「ああ。離れたところに情報を伝える魔法道具だ。母さんが研究してるところだよ」
「まだ作れてないのか。女帝シーマや神帝オーリもそれまでよなあ」とアレが口を挟む。
「おまえみたいにヒマじゃないんでね」と俺は言った。「で、なにしに来たんだよ」
「宣戦布告だよ」
「いまさらすぎるだろ」
「だからいいんだろ」
「仲間が持てないおまえと違って、俺には異世界に仲間もいるし、この子たちもいる。おまえは老いていくだけだ。時間が経つほど絶望的になるのはおまえだ」
と俺は言いつつも、周囲に気を配る。
いっそエーヴィルだけ逃がすか?
でも俺の目の届かない範囲になにがあるかわからない。
ならば、と俺はエーヴィルの近くに寄る。
「美しい親子愛だなァ」とジビルガフ。
「なんとでも言えよ」
「父さん」とエーヴィルも剣に手をかける。
「アレがこの場にいるわけじゃない。彼女を攻撃するなよ」と俺は言った。
「わかってる。でもいちおう」とエーヴィルが剣をいつでも抜けるように力を込めたのがわかる。
油断はない。
さすが主人公。
俺はジビルガフがどう動くか、意識のすべてを目の前にぼーっと立つ侍女へと向ける。
「よく覚えておけよ、エーヴィル。アレがおまえたちが将来的に倒す相手だ」と俺はエーヴィルに言った。「ジビルガフは俺やシーマでは殺せないから」
「知っています」とエーヴィルは言った。
「シーマが言ったのか?」と俺は辟易しながら言った。
いくら夫婦冷戦中みたいな状態になっているとは言え、さすがにそんなに大事なこ――
「いえ。母さんじゃありません。ジビルガフです」
さっくりと、あまりにさっくりと短剣が俺を刺した。
は?
なんだ?
なんで俺を刺した!?
意味がわからない。
不意打ち? どこから?
どくり、と自分の鼓動を感じ――オート回復が作動しないっ!?
「すみませんが、魔力障壁を出す魔法道具です。発動条件はあなたの血液だそうです」
異物を思い切り体内にブチこまれ、回復魔法が乱反射する。
効果の発動できない行き場のなくなった魔法がぶつかり合い、魔力だけが俺の体内に蓄積され続ける。
気持ちが悪い。
どくり、どくりと脈打つのがわかる。そのたびになにかが体中をめぐって、気持ちが悪い。
これが魔力高圧化か。
いつものように刺された箇所の痛みは癒えてくれない。
ああ、完全に回復魔法が効いていない。
刺したのは?
いや、もうエーヴィルしかいない。
物理攻撃に備えるが、エーヴィルも意識朦朧の侍女も動く気配は――あった。
すこし距離をとったエーヴィルは魔法詠唱中だ。
魔力障壁が切れる瞬間を狙っているのだろう。
「こりゃァ、ちょっと意味がわからねえな」とジビルガフが言った。
「風の神ホアソンよ、なんじの名において――」
ああ、エーヴィル、おまえは父を刺す理由を語ってもくれないのか。
「ありふれた奇跡を――」
どくり。
どくり。
あと何秒だ。何秒で魔力障壁は切れる?
「ここに――」
ああ、いまか。いま、俺の魔力障壁は切れたのか。
エーヴィル、おまえにそれが見えているのか?
ああ、鼓動が遅いな。
なんでだろうな。
どくり。
「起こせ!」
魔力高圧化している俺に撃ち込めたら、たとえ風の中級攻撃魔法ですら。
風の最大究極魔法に匹敵してもおかしくない。
魔力障壁なしで風の最大究極魔法。
あんまりにひどい。
そんなものを撃ち込むことに容赦がないのか、我が息子よ。
涙がにじむ。
ああ。
マジか。
クソったれ。
こんなん、アリかよ。
どくり。
ずいぶんゆっくり脈打つ自分の心臓の音がした。
どくり。
体中を引き裂かれるような痛烈な痛み。
しゃべるどころか、まばたきの間すら痛みが押し寄せる。
ああ、エーヴィル。
ああ、痛いぞ、父さんは痛い。
どくり。




