10:すごいなエーヴィル、どうやったんだ?
神帝歴45年――オーリ10年
盛の月
残暑厳しき折、北伐が終わった。
終わらせたのはロッソア魔術国王子・エーヴィルであった。
大事なことなのでもう1回言おう。
ロッソア魔術国建国以来の悩みの種、神帝オーリや開闢魔術師イルギィスや絶対無敗の剣豪ヴォーディですら終わらせることができなかった北伐に終止符を打ったのはロッソア魔術国王子・エーヴィルであった。
わずか9歳にして終止符を打ったのはエーヴィルであった。
やっぱり我が長男は天性のものを持っている。
ずっと持っている持っていると言われてきたけれど、やっぱり持ってた王子エーヴィル。
こうなっては北伐は秘密裏にする必要がなくなった。
むしろ宣伝しまくるべきだと広告代理店よろしくトゥーリが言ったので、俺たちは全力で宣伝した。
そのことがロッソアに広まると、
天才じゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
傑物じゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
と国中がお祭り騒ぎとなり、北伐が終息した盛の月の18日を祝日にしよう(残念ながら土日祝日の概念は異世界にはない。強いて言うなら半の月自体が祝日みたいなものだが)とまでする女帝シーマの喜びようを筆頭に、パーティ内も得も言われぬ高揚感に包まれていた。
もちろん、俺とイルギィスが国でいちばん騒いだ。
神帝オーリの祝福を受けた王子であり、イルギィスの第1王子であり、女帝シーマに育てられた王子であり、そして、神帝オーリすら成せなかった北伐を完遂させた王子であるエーヴィルの株はストップ高である。
満悦どころの騒ぎではないのである。
……とまあ、軽薄なノリばかりでもいられない事情もありはする。
いわゆるアレ、正確に言うならジビルガフの妨害がまったくなかったことは懸念点である。
エーヴィルの活躍ばかりに目をとられ、というかエーヴィルの活躍しか見ていなかったが、深夜どころか朝まで続いた祝勝会でさんざん吐き散らかしたあとに、ふと冷静になって明けていく夜空を眺めていると、あんなに面倒くさかったじゃん、と俺は冷静になって思った。
「おい、ヘンじゃないかイルギィス」と俺は言った。「なんでアレいなかったんだ?」
「いまさらか」とイルギィスは言った。
「俺のときにはきっちり出て来たくせに」
「そんなことを嘆くよりも」とトゥーリがやって来た。「オーリ、あなたは早くシーマと仲直りしなさい」
「向こうが怒ってるんだからしょうがないだろ」
そうだ。
俺とシーマは絶賛夫婦喧嘩中である。
去年、間違いなくこの世界の歴史に残るであろう壮絶な反乱が起きた。ロッソアの乱と呼ばれたその反乱の首謀者はシーマだった。
オルドラ市国推進派のシーマと慎重派のほか5人の意見が割れ、結果的にシーマは反乱を起こした。
ちょっとやりすぎではないかという意見はあった。
アレが裏で糸引いている可能性も考慮されたが、シーマの真意はいまだよくわからない。
ロッソーナから遷都予定だったロッソア市という街を壊滅させた。計画的に作って遷都しようとした都市で、住人はまだひとりもいなかったので、被害は建物だけだったが、たった2日でロッソア市は壊滅し、遷都計画は白紙になった。
「オルドラはやはり認めたくはありませんが、シーマの精神的なダメージは我々が思うよりもずっと大きかったということでしょうから、認めざるをえないかもしれません」
「そう言うけど、これで認めるわけにはいかないだろ」と俺は言った。
「やむを得ないと言っています。いまはあなたがさして使えない状況ですから」と世界最強に対してひどい言い草ではあるが、事実でもあった。
俺はシーマとの壮大な世界を割る夫婦喧嘩の結果、死んだ。
18年ぶり通算5度目の異世界における死亡だった。
シーマに殺されたのは26年ぶりのことだったので、意識がある死後の世界は少々嫌な気分にもなったが、これ自体は俺がシーマを支えきれなかったのだから仕方ない。
もしこれが俺もシーマも元世界にいたとしたら、死んでも生き返ると知っていなかったら、たぶんシーマは俺を殺さなかったと思う。
そう、信じてる(でも、ちょっとは覚悟もしている)。
問題があるのは、俺の力がさして回復していないことだった。
もちろん、チート転生者も成長する。
そして、転生者同士は殺しあうことはできない。できないというか、転生者が転生者の命を奪うことが、この世界においてはできない。ペナルティがあるが、復活はする。
経験則から言うと、異世界転生者同士の戦いでどちらか死亡するとレベルが著しく下がるくらいのニュアンスだ。
レベルの概念自体はないのでもののたとえだが、もともと俺がレベル60で転生していて、そのあと100まで伸ばしたところで転生者に殺されたとするとだいたい80くらいまで下がる。それまでの成長分の半分が消えるということだ。
2連続で殺されたらたぶん70くらいになる。3連続だとたぶん65くらい。もうこうなってくるとほぼ転生初期の状態だが、もともとがとんでもないチートなのでレベルが70でも80でも100でも異世界民からするとたいした違いはない。
だが、転生者同士ならそうはいかない。
チート同士なら成長分が半分になることはパワーバランスが明確に変わる。
チート同士は戦力を減らすことはできるが、世界から退場させることはできないし、戻っても初期状態までなので、それでも充分にチートだ。
そういうわけで、一時期、俺が3回も立て続けにシーマに殺されたときは、おそらくシーマが世界最強だった。
今回は20年くらい死なずに積み重ねてきたレベルが一気に半分減るのだから、それなりに戦力の低下は避けられないことは覚悟していた。
だが、そういうレベルではなかった。
シーマに倒されてから3日くらいで俺は復活したが、そのときの俺の魔力はイルギィスと互角か、むしろやや劣っているくらいだった。
もともと転生チートと現地異世界民のあいだには大きなレベルの開きがある。
たとえ開闢魔術師イルギィスであってもその差を埋められるようなものではない。
と俺はこれまで思ってきたが、そうでもなかったのかもしれない。
思いのほか、俺とイルギィスの差が紙一重……であった可能性はやっぱりない気がする。
しかし、初期状態の俺といまのイルギィスでも俺のほうが強いと思ってきたが、それは間違いだったのかもしれない。
経験値も大きく加算されていて、イルギィスも思い切り強くなっていた。つまりは異世界の魔力のインフレ化によって転生初期状態なら、さすがに俺のほうが弱いという状態になったのだろうという非常に根拠レスな仮説に行き着くこともできなくはない。
今回は1度しか死んでいない。これまでの経験からすると初期状態以下になったとは考えにくい。
だからそういう仮定をせざるをえないのではないか。
いやしかししかし。能力的にたしかに初期状態のような気もしないでもないが、それでもさすがに初期状態よりは強いのではないかという諦めの悪いプライド的なものが、判断を鈍らせている可能性もある。
となるとなんらかのこれまでとは違う事情が……。
とまあ、要するにわからなかった。
とにかく、俺はたしかに明らかに強くはあったが、圧倒的ではなくなったという残念な事実が残っている。もしかすると時間経過でどうにかなるかもしれないという楽観的な見通しはもう期待できる時期ではない。
この死亡はトゥーリたちにも伝わったため、転生についてパーティに打ち明けるかどうかでも、シーマとはモメた。
結局、生死の境をさまよったことにして、打ち明けないことにしたものの、その選択も正しかったのかどうかわからない。
トゥーリはまったくそれを信じていなかったし。
とかく問題は山積で、そして、解決手段が見えていなかった。
「オーリ、なにかあなたは隠してませんか?」とトゥーリが言った。
「……言ってないことはある。それが言えるかどうかがわからない」
「今回のシーマとのイザコザはそれが関わってますか?」
「いや。ほんの一部はあるかもしれないが……。オルドラについてシーマは反抗していると思ってる」
「まあ、寵愛者には言えないこともあるでしょうから詮索はしませんが……どうにも私にはシーマが単独で反乱したようには見えないんです」
「でも、シーマがアレの仲間になることはないはずだろ」
「ええ、それはないでしょう。そういうふうになっていますから」
「オーリの力が戻ってないことをジビルガフは知ってるよな?」とイルが言った。
「おそらくは。いや、知っていると考えるべきでしょう」
「しかし、そうなるとこんな状態でもジビルガフは狙ってきていないことが異様に見える」とイル。
「いや、もうアレに情勢をひっくり返すだけの力はないでしょうね。制限が多すぎますから、ひっくり返すならもっとずっと姿を見せていないはずです。ひっくり返すつもりなら、姿を表しすぎています」
「それが狙いなんじゃ?」と俺は言ってみた。
「それが狙いにしても、です。手間をかけすぎていますから、裏でなにかやるにしても手数が足りません。アレには仲間が持てないわけですから」
「操ることはできるんじゃないか?」
「神帝オーリや開闢魔術師イルギィスですらひとを操ることはできないのに、アレにはできると?」
「ソタルの例があるだろ?」
「あれは魔法で説明がついたじゃないですか。意識を失っていれば人形と同じです。操られていた状態のソタルは色欲に目がくらんでいない限りは罠にすら使えませんよ」
色欲に目がくらんだバカはそうはいないので問題ない。
もちろん、たまにはいるかもしれないから、あまり責めてはいけないと思うが。
「時間遡行みたいに対価でできたりはしないのか?」
「オーリはどう思います?」
「無理だと思う。そんなことは――いや、時間遡行もそうだったんだが。まあ、でも意識のある人間のこころを完璧に操るなんて、魔法でできることじゃない。それにもしそんなことができたら、アレの払った対価の価値がほとんど意味のないものになる」
「ええ、それがいちばん大きいでしょうね」とトゥーリはすこし悩んだ。「私たちの子孫という大きな対価とつりあっているんですから、仲間を持てないという対価は、それなりに致命的であるはずです」
「でも、魔法じゃなくても、操る方法はあるだろ?」とイルは言った。
「もちろんそれはありますが、それなら相手はひとですからね。対処の方法もまた、いくらでもあります。恐れることはありません」
それからしばらく話したが、やはり結論は出ず、空が明るくなった。
イルはとりあえず寝ると言い、トゥーリは仕事をしなくてはと戻った。本当にトゥーリがいつ寝ているか俺にはわからない。
ふたりが去ったあとも、俺はジビルガフについて考えていた。
「父さん」とエーヴィルがこちらに向けてかけてくる。
「なんだ、こんなに早く起きたのか?」
「うん。今日は母さまのところに行くから」
シーマはオルドラ建国のために夜更けにロッソーナを立っていた。
シーマはたしかにエーヴィルの活躍を喜びはしたし、主賓を中座させるといった無粋なことはしないだけの冷静さは持っていたが、それでもオルドラ建国にすこしでも多くの時間を使いたいという意志は明白だった。
「そうか。そうだったな。ワイゼンやルーファーにもお兄ちゃんの活躍を話してやるといい」と俺は言った。
「うん。本当に父さん行かないの?」
「父さんはこっちでお仕事が残ってるからな」
「そう」とエーヴィルは言った。「お仕事頑張ってね」
「ああ」
「ぼく、頑張ったから、母さんもお願い聞いてくれると思うんだ。だから、父さんと仲良くしてもらうように母さんに言っとくね!」と元気に走り去って行った。
いい子すぎて全俺が号泣した。




