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2:こっちでは大いなる父とも呼ばれています

 世界を統べる3王子の父である王はそれぞれ違うが、3王子を庇護している大いなる父はひとりきりだ。

 世界を統べる者を統べる者、神帝オーリ。

 絶対君主。

 絶対的すぎる権力ゆえに、その存在がもはやフェードアウトしたような異次元の存在。

 つまり俺だ。


 現在、世界を統べる3王子はすべて女帝シーマの子供である。

 シーマが産んだ3王子はそれぞれ父が異なる。

 ロッソア魔術国王・イルギィスとのあいだに生まれた子は、エーヴィルと名付けられた。

 名前をつけたのは家臣だった。

 メカリア神聖国皇帝・シューゼンとのあいだに生まれた子は、ワイゼンと名付けられた。

 名前をつけたのは父親だった。

 ヤポニア技術国議長・トゥーリとのあいだに生まれた子はルーファーと名付けられた。

 名前をつけたのは大詩人だった。


 というのは見かけの話で、3人の子の実父は俺である。つまり、3王子すべては俺とシーマの子だ。

 イルギィスもシューゼンもトゥーリもそれぞれが天寿をまっとうしているので、王子はすでに事実上王だ。

 だが彼らは王子と呼ばれる。

 そうだ。彼らのもうひとりの大いなる父である俺がまだ生きているからだ。

 なので、彼らは施政者であっても王子と呼ばれる。


 ***************


 養子はまあ、そのときは政治的事情が絡んでましてね。

 神帝を名乗り始めたばかりだったので、神々しさが必要だったんです。

 アジテートというか、デマゴーグというか、まあ、ひとっぽく(・・・)あってはならなかったんです。

 老いにくい状態でしたし、圧倒的な戦闘能力を持っていましたけど、なにかもうひと声欲しかったんです。

 それが「神帝」を作るために必要だった。なので、スキャンダラスなネタはNGでした。

 あとは私と妻の子は絶対に殺されるに決まってましたから。

 敵対勢力が残った状態で無理に統一を宣言しましたから、敵はいたんです。子供にどれだけの力があるかはわかりませんでしたが、赤子のときに隙を見つけられたら対処のしようがない。

 私たちのパーティはたしかに人外レベルの強者揃いでしたが、それはパーティが強いだけで国としてはまだまだ脆弱でした。

 そうです。暗殺は防げなかった。

 神帝と女帝の子。まちがいなく将来的には脅威になるでしょう。

 私は個人としては最強であることは疑いの余地がなかった。敵対勢力にとっては、この世でもっとも生かしてはおけない子供ですよね。

 それと別に事情もありましたけどね。

 イルもシューゼンもトゥーリも世界統一の過程で子孫を残せなくなっていました。ちょっとした取引で、というよりも俺の命を救うために。

 だから3人にも父親になって欲しかったって、そんな自己満足もたしかにすこしありました。子供にとって父がふたりいることは、それほど悪いことじゃないんじゃないかとも考えていました。

 実際、イル、シューゼン、トゥーリの3人はもう死にましたけど、最期まで彼らは父でした。

 最期まで実の子のように接してくれた。

 ああ、ですから、もちろん。抵抗はありましたよ、そりゃ。政治的事情と個人的事情があったにしても、誰にとっても歪でよくないことのように思いました。

 でも、俺にはその選択しかできなかった。

 イルもシューゼンもトゥーリも自分の子は抱けないんですが、それを俺の子供で埋められるかってなると、話は全然別なんです。

 政治的事情をいいわけに使っていたのかもしれないです。

(『異世界の神としての私』央利一著、架空書房、20**年)


 ************


 神帝歴38年――オーリ3年


 戦慄というのは突如として訪れるものである。

 だから、戦慄は「する」か「走る」以外の表現を聞いたことはないだろう。

 すなわち、そのときメカリア神聖国大聖堂には6人の人間がいたが、そのうち5人までもが怯えていた。


「で?」とシーマは言った。

「はい」と俺は言った。

「今度は5人並んでるからセーフみたいな話?」

「いや、数の問題ではなくてですね」と俺は言ってみたが、当然聞いてもらえない。

「じゃあ、なんの問題? 政治? 宗教? 軍事? やっぱりここが大聖堂だから神に誓う? ねえ? その神をぶっ飛ばしてるあなたが神にいまさらなにを聞くわけ? またぼくは愚かな選択をしようとしていますが、妻は許してくれるでしょうか、みたいな話? ねえ? とっても興味深いわ、私」

「はは、手強い」と俺は言ったがもちろんそのセリフはミスだ。


 この場合はなにを言ってもミスになるので、とくになにも言うことがないのだが、しゃべらないはさらに最悪のミスなので、大きなミスより小さなミスを選ぶために、俺はなんとかことばを絞り出しているにすぎない。


「ところで、まあ、この際だからもうひとつ議題があるのだけれど」とシーマは言った。


 トゥーリが逃げろ、と震える小声で逃げろと言ったような気がしたが、震える小声で言っていいのは会いたいか愛してるか好きだよだけなので、きっと逃げろと言ったのではないと俺は思うことにした。

 というよりもトゥーリ、逃げられると思ってんのか、おまえ。


「やだあ。トゥーリったらそんなに震えてー。西野カナかしらー」とシーマは言った。


 もちろん転生者である俺とシーマ以外には意味がわからない。

 意味がわからないだけに怖いだろうと思う。西野カナが恐怖の対象となるのは異世界だけだろう。


「ははは、シーマ、それこっちデェッワッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 魔法が炸裂した。

 エルフの得意とする風魔法に異世界転生チートの魔力が加わった強烈な風の壁が俺を襲った。

 凧みたいに吹き上げられ、大聖堂の天井にメリ込んだ。

 万が一に備えて魔力障壁(アンチマジック)を張っていてこの威力。

 特殊効果が一切ないただの中級攻撃魔法(バニラ)でこの威力。

 風の神(ホワソン)の野郎が確実に力を貸している。あとで抗議せねば。


「なにかしら? なにかしゃべったかしら」

「シシシシシシシーマ、お、落ち着こう、ね、話せばわかるから!」とトゥーリが必死に訴えている。


 どうした世界の叡智。

 おまえの知識をもってしてもその程度の説得しか出来ないのか。

 ああ、ダメだ。ヤツの手のひらに強大な魔力の集積を感じる。

 その詠唱を聞かずともわかる。風の最大究極魔法(グラン・ウィーゼ)だ。


「わー、ストップ! ストップ、シーマ! シャレにならない」とシューゼンが言った。

「シャレじゃないわよ!」とシーマが言った。


 そうだ、シャレじゃない。

 サヨウナラ、異世界の皆さん。


風の最大究極魔法(グラン・ウィーゼ)エエエエエエエエエエエエエエ!」


 視界がなくなる。

 完全に視界がなくなる。

 目を開けていられない。

 風の刃が無数に俺を切り刻み続ける。

 いつもなら魔力絶縁体とまで言われる俺の魔力障壁(アンチマジック)がクソの役にも立たない。

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 痛いとかってレベルじゃねえ!

 神帝オーリ、夫婦喧嘩で死亡、なんてニュースが明日はメカリア中を流れんのかな、なんて俺はヒトゴトみたいに考えた。

 終わらない究極魔法、グラン・ウィーゼ。

 対象にとんでもなく長時間、とんでもなく大ダメージを与え続ける風の究極魔法。俺が使えない究極魔法。

 火の神(フレアム)や、水の神(アウロリーテ)とちがい、風の神(ホアソン)は俺ではなくシーマに寵愛者の祝福を与えたがために、シーマにのみ使える究極魔法。

 冷静な状況分析で気を紛らわ――せるかあああああああああああああああああああああ! いでえええええええええええええ! いでえよおおおおおおおおおおおおお!


「こっちの声、聞こえるかしら! あなたの声は聞こえるの。藤原竜也みたいになってるわね!」とシーマは言った。


 ああ、俺の命はどれだけ残っているのか。

 あとどれくらいこの究極魔法に耐えられるのか。

 反撃する力はあるのか。

 そんなことを考えながら、俺はシーマの怒りに満ちた笑い声を聞いた。


 と。

 突如風が弱まり、俺の魔力障壁(アンチマジック)が効果を打ち消せるほどになった。

 つまり、ヤツだ。


「ほら、いい加減になさい。シーマ」とホワソンのクソ野郎が現れた。


 野郎と言っても、見目麗しい銀髪の女性だ。

 神になる前はエルフだったという風の神は、シーマと並ぶとふたりのエルフがいるようにしか見えない。


「だって聞いてよ、ホワソン」とシーマは言った。

「知っています。この浮気者(オーリ)が息子をそこのシューゼンの養子にするという話ですね」


 いやに説明口調で俺を責め立ててくる。

 だからこいつは嫌いだ。だいたい浮気なんかしたことがない。できるわけがない。

 たしかに見た瞬間にホワソンは口説いた。

 というか、風の神(ホアソン)だけじゃなくて、水の神(アウロリーテ)も口説いた。

 でもどっちにしてもシーマにぶちのめされて未遂に終わっているので浮気ではない。

 エルフはもちろん人間も獣人も口説いたが、そのたびに全力で俺が死にかけたので、これはもしかして神々ならだいじょうぶなのではという淡い願いだったが、当然のようにNGだった。

 どうして女神ならだいじょうぶだと思ったのか、その根拠が知りたいわね、と至極まっとうな責めを受けたのだ。

 だから、俺はいまだかつて浮気をしたことがない。

 神帝なのに。世界を統べようとしているのに。側室すら認められない。


「政治的にはコレクトですね」と意外なことにホワソンは俺の肩を持った。


 いや、これだけ痛めつけておいて、肩を持ったとは到底言いがたいが。

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